Show Reports
第51回NHK紅白歌合戦(2000年12月31日・NHKホール)
かつて驚異的な視聴率を誇った古き良き時代の紅白とは違い、現代の紅白はとうに「国民的番組」としての実体を失ってしまっている。今さら言うまでもないことだが。最大の原因としては、やはり世代間の分裂が進み、もはや「みんなが楽しめる番組」など成立しないという事実が挙げられる。若い世代は自分が興味のあるアーティストをちらっと見るだけで、演歌など端から無視だろうし、オヤジやオバハンは若いアーティストを見ても「またワケの分からないヤツが出てる」ぐらいにしか思わない。こうした分裂状態を認識してはいても、あくまで「大晦日の定番」としての体裁を繕わざるをえない作り手は、もはやなりふりかまわぬ手段で視聴率獲得を狙ってくる。恐ろしい数の(一貫性のない)出演者陣、早い時間帯には子供向けのキャラクター、ミュージカルだろうと民放のドラマだろうと、流行ればなんでも取り込む姿勢、年々ショウアップ化が進む演出…。金もかかっているしそれなりに力も入っていて楽しめるが、このてんこ盛り状態はまさに「芸能人満漢全席」であり、全編通しで見たりすると胸やけを起こすこと間違いなしだ。
このレヴューは、出演者の中から気になったものをポツポツと拾いながらコメントしたもので、取り上げていない歌手も多い。もちろん全出演者のレヴューなどは、量的にもムリだし、どれをとっても同じような(ほとんどの)演歌など、やっても意味がないとも言える。それでは行ってみようか。
■藤井隆 「紅白に出られるかどうか」というのは歌がヒットしたとか人気があったなどという要素だけでは絶対に決まらない。逆に、「なぜこいつが」という歌手が出るのはよくあることで、この藤井隆もそうだ。もちろん、お笑い芸人としての藤井は今年の紅白には絶対外せないだろう。しかし応援などではなく、歌手として出場したのは「そういや、あいつ歌も出してた。そこそこヒットもしたみたいだ。なら歌手として出しちゃえ」というテキトーな理由からに他ならない。いいかげんなものなのだ。歌も曲も悪くないが、だからといって「紅白に出るほど」の歌手とはとても言えない。もっとも、「芸人」としては期待にそぐわずきっちり仕事をしていた。和田アキ子とのからみなど、特に面白かった。
■ホワイトベリー どうでもいいがヴォーカルの女の子の顔が怖い。しょうがないのかもしれないがこのバンド、生で演奏しているのを一度も見たことがない。こんなんでいいのだろうか。まあ、みんなガキで、容姿にやや障害がある割にはがんばっているという言い方もできるが。曲はいい。おれの子供も大好き。ま、人の曲だけど。
■aiko 大学の軽音楽サークルでアイドル的存在になって男を手玉にとったりするタイプか。コケティッシュな面が表に出ているが、その実「恋の表も裏も知り尽くした」とでもいうような、手練れの女の一面もあるように思う。この人の声質はヒジョーに粘っこくて、そこがいい。曲作りも実にうまい。うーん、こういうタイプに弱い男は多い。おれも弱い(その後TOKIO国分との「熱愛発覚」)。
■DA PUMP 彼らの曲って今年ヒットした?まあいいけど。でもいつまでmcATの曲で行くのだろう。もうそろそろ飽きてきたし、音楽的にも頭打ちという気がするが。
■19 キライだ。なぜ売れているのだろう。意味もなく力が入っていて暑苦しい。フォークをやること自体に文句はない。だけどその歌世界が、昔ながらの日本的情緒に根ざしたウェットなものに過ぎないのだ。若いヤツが孤独に陥ったり、落ち込んだりするのは昔も今も同じだと思うが、そういうヤツらに向けて「イマドキ」の彼らが提示するメッセージは、個として自分自身の心の闇に対面することなどではけっしてなく、「みんながいる(=一人じゃない)」などという、なんの確証もない単なるなぐさめ言葉でしかない。昔から繰り返されてきた戯れ言だ。こういう言葉にイージーに寄りかかって、なんとなーく安心感を得ているようなイマドキの若いヤツらも含めてイヤなのだろう。あー、気持ち悪い。
■大泉逸郎 CDの売り上げだけでいえば、この日出演していた演歌歌手の中ではダントツだろう。ここ何年かでは最大の演歌ヒットとなったわけだ。これだけ売れた訳を考えてみる。演歌が本来のリスナーとして想定している40,50代層は、若い頃ビートルズやグループサウンズを経験しているだけに、なかなかすんなりとは演歌に入り込めない。なんの抵抗もなく演歌を聴ける層というのは、実は60,70代にシフトしているのだ。それにも関わらず演歌の作り手は「男と女」だの「酒場」だの、60,70代にとってはすっかりリアリティを失ってしまった世界をこねくり回しているだけだ。要するに作り手の意識がどうしようもなく低いのだが、そういう状況に対して大泉がいきなり「はぁー、孫ってのは、ほんにめんごいなあ」という、いわば身も蓋もない感情をぶつけてきた。飾らない、等身大の自分をさらけ出したアーティストなわけだし、そういった意味で大泉は、ゆずや19のような「ストリート系」演歌歌手なのかもしれない。実際孫を持つ60,70代にとってみればこれ以上に普遍的で、かつシンパシーを寄せやすい感情はないわけで。このように考えると「孫」のヒットも当然の結果ということができる。しかし彼以外の演歌歌手を見渡してみれば、誰も彼も相変わらず歌う世界は昔ながらの「あなたがいないとダメな弱い女」「かわいくて、いじらしい女」像のオンパレードだ。いつまでそんな夢にしがみついているのだろう。もっと現実を見ろ。
■TOKIO もう彼らはいいんじゃないの?という気がする。お笑いの曲の割に衣装がハデハデでダサい。相変わらずの「なんちゃってロックミュージシャン」ぶりには辟易するが、ジャニーズファンを取り込むためには毎年出しておく必要があるのだろう。つんくの曲は当たりはずれが多いと思うが、この曲はねらいすぎていて駄作。
■長山洋子 昔ユーロビートを歌うアイドルだった長山洋子。彼女は石川さゆりになろうとしているのだろうか。歌い方、身のこなし、感情の込め方…長山の表現するものは、どこをとっても「まさにこれが」と前置きをしたくなるほどコテコテに「演歌」なのだが、彼女がそれをうまくこなせばこなすほど、それは演歌のパロディになってしまっている気がする。それが現代的といえばいえるのだが、「旧来的」演歌歌手石川のような「自然とにじみ出る」リアルな情感は、残念ながらまったく伝わってこない。彼女はこれからの演歌界を背負っていくのだろうが、そうなると一層演歌のフィクション性が深化してしまうと思う。どうでもいいが、長山は思いっきり高級クラブの「チーママ」だな。
■西条秀樹 ブルースカイブルー。この曲は好きだ。思い入れがあるだけに冷静に論評できない。受験勉強をしていたあの中三の冬…。おお。西条の歌は、さすがに若い頃のような激しさはないが、それでもすばらしい。なんだかんだいってもこの人の歌手としての力量を十分に感じさせる立派なステージだった。あの年齢で、あの声量はすごい。
■モーニング娘。 どうでもいいけど、この「。」には何の意味があるのか。初期のグループは、そこそこ歌はいいがしょせん「アイドルに毛が生えた」程度で、「アーティストに見られたい」傾向が鼻についたりしてどうにも気にくわなかった。しかし、後藤真希が入って「LOVE MACHINE」をリリースした時点から彼女らは大きく変わった。「どうせ私たちはB級アイドルなのよー!」と開き直り、3の線を演じきることによって面白さと強さとしなやかさを手にしたように思う。「アイドル」が死滅した今の時代、アイドルのパロディを演じている彼女たちが唯一、逆説的な意味での「正当派アイドル」であり得ているのだと思う。しかしこの日のステージ、曲名がいいかげん。「ハッピーサマーウェディングなんたらかんたら」じゃなくて、はっきり「メドレー」と言えばいいではないか。
■浜崎あゆみ この人は本当にキライなのだ、悪いけど。たいして歌うまくない、たいしてかわいくない、たいして面白くない、それで?なんで売れてるの?と言いたくなる。しょせんアイドルでしかないくせに、やたらアーティストぶった態度も気にくわない。アーティストならその鼻声なんとかしろ。ところでバックでベースを弾いているのは昔バービーボーイズにいた「エンリケ」ではないのか?あとギターはおなじみのヨッちゃんだけど、以前「Chee's」というアイドルのバンドでもギターを弾いていた。昔の小泉今日子もそうだけど、アイドルロックの影に必ずヨッちゃんあり、なのか?恐るべし、ヨッちゃん。
■鈴木あみ この人の場合はややあからさまにアイドルしてるし、アーティスト気取りもイヤミにならない程度にとどまっているだけに好感は持てる。そう考えると歌がど下手なのも愛嬌だ。しかしコムロは彼女に与える曲をもう少し考えた方がいいのではないか。この曲だって、サビはキャッチーで歌いやすいが、そこまでのAメロBメロともにむちゃくちゃ歌いにくい。前の「Be Together」にしてもそうだが、なぜわざわざ歌唱力に難ありの彼女にこんなむつかしい曲を歌わせるのか。理解に苦しむ。
「氷川きよし」の前にたけし&シムケンのコント。出来はともかく、たったこれだけのために二人を出演させてしまうのは、すごい。なんという贅沢。
■小柳ゆき この人、世間では高く評価されている割にぼくはあまり買ってない。もちろん好き嫌いの問題もあるが、今回じっくり聴いてみてやはり気になる点があった。彼女、最近多い「実力派R&Bシンガー」と比べると、意外と声量がないのだ。特に「あなたのキスを 数えましょう」の所なんかはもっと声が出てなければいけないのに出てなくて、技術的にうまくごまかしてしまっている。あと歌唱力の点でも、さすがに自分の持ち歌では感じないが前半の企画で歌ったスタンダードナンバー(「星に願いを」)では、「え?」というほどひどかった。その実力に比して、どうもみんな持ち上げすぎなんじゃないか、という気がしている。若いくせに変にテクニックに頼りすぎている所も気にくわない。それに覇気がない!ブサ○クなんだから、せめてしゃきっとしろ、しゃきっと!
■美川憲一 毎度おなじみ衣装対決の白組代表。しかし、いつもそうだが超ゴージャスでケバケバな衣装に比して、歌ってる歌がいつもいつも「地味ー…」なのはどうかと思う。
■松田聖子 この人は昔からあまり好きではないのだが、なんといっても「シンガー」松田聖子の凄さに疑念を挟み込む余地はない。文句なしにすばらしい。さすがに若い頃の、掘り出したばかりの原石、といった魅力には及ばないが、それでも聴かせる。ただ個人的には「Sweet Memories」を歌ってほしかったのだが。
■布施明 しかし、この人も長いし、衰えない。この歌が流行ったのはぼくが小学4年生くらいの時だったはずだ。母親がファンだった。悪くない。
■八代亜紀 聴き飽きた感もあるが、それでも日本の「ブルーズシンガー」としてのこの人の存在感には圧倒される他ない。声質、歌唱法、どれをとってもすばらしい。例のスティーヴィー作曲「ファイア」を歌えばよかったのに。五木も。
■ピンクレディー 彼女たちはとうに「オバサン」であり、冷静に見るとはっきりいって気持ち悪いのだが、その辺を十分理解した上で、それでもあえてケバい衣装を着、足を見せて踊り狂う二人の姿はある種の凄みがあって感服させられる。ぼくなどはもろにピンクレディー世代だし、ヒット曲を聴いてるだけで引き込まれてしまう。しかし、どうでもいいことかもしれないが「ペッパー警部」というのは実に不思議な曲だ。歌の中では、おそらく婦人警官だと思われる主人公の女が、誰もいない職場で同僚の、おそらく刑事と思われるイケメンといい感じになって、さあこれからエッチでも…という時に、実にタイミング悪く現れるのが「ペッパー警部」。「もしもし君たち帰りなさい」…電話でもないのに「もしもし」などと、ちょっと次元の違う言語感覚を駆使する、主人公の女にとってはどうでもいい、ほんとにダサーい中年オヤジでしかないはずなのだが、どうしたことか歌のタイトルになってしまっている。歌の中では「せっかくいいところなのにジャマすんじゃねえ!」と煙たがられるだけの存在でしかないのに、最後にはなぜか「ペッパー警部よ!」と笑顔で叫ばれたりする。何を言おうとしているのだろう?…ほんとに不思議な曲だ。
■アリス これも冷静には論評できない。実は中学時代大ファンで、コピーバンドを組んで文化祭に出たりしたのだ。ああ、懐かしすぎる。まあ、今にして思えば彼ら(谷村、堀口)はアリスとしてバンドでやっている時から実質的には演歌でしかなかったわけだが、中学生のぼくにとっては「バンド」としてのカッコよさばかりが目についていた。当時買ったモーリスのギターがまだある。この日の演奏は、しょうもないアレンジを加えずにほぼオリジナルのままに演奏していたのがよかった。しかし、フレーズの前に「(忘れない…)忘れなーいー」という具合に歌詞をリードしたりするのはやめてくれよ、ベーヤン。
■小林幸子 衣装対決紅組代表。でも今年で封印するそう。なぜ?金かかるからか?でも「派手な衣装をやめる」=「紅白出場をやめる」ということじゃないのか?だって、そのためだけに出てるんでしょ?よしんば来年出場したとして、いまさら「普通の衣装で歌う小林幸子」なんて誰も見たくない。でしょ?
■郷ひろみ この曲を作曲したダンス☆マンのバンドがバックだったのだが、これが実によかった。黒い、エロい、ヤバい。顔黒ギャルメイク&衣装でぴょんぴょん飛び回るギターとか、アフロとかスキンヘッドとか…。小娘がダサい踊りを見せたりするよりはずっといい。彼らバンドメンバーが見られただけでも価値があったのだが、ヒロミゴーも負けずにがんばっていた。なんだかんだ言われつつ、しっかり芸能界にのさばっているヒロミゴーはえらいと思う。要するに売れてナンボ、騒がれてナンボの世界なのだ。ヒロミゴーはこれからもガンガン行くべし。
■由紀さおり&安田祥子 去年のようなワケの分からない選曲は×だが、この「赤とんぼ」のような唱歌を持ってくるなら、実にいいと思う。子供ができてからヴィデオで出ている「童謡集」を買ったりして日本の唱歌をまとめて聴く機会があったのだが、唱歌の多くは昔の農村地帯におけるハードな現実を描いたブルーズなのだ。色んな地方の「子守歌」、あるいは「しかられて」など、親元を離れて奉公に出された(要するに「売られた」)子供の心情を歌った曲などが多くて、つい涙腺がゆるんでしまう。「赤とんぼ」にしたって、2番の「十五でねえやは 嫁に行き」があるからこそ、の歌なのだ。思わず引き込まれた。「帰ろう」もよかった。
■石川さゆり この人は好きだ。肩の力の抜けた、「自然体」の演歌。かなりのトシだし、顔のしわも化粧でごまかせないくらいなのだが、今でも「かわいい」女を体現できる石川はやはりいい。もちろんそのかわいさの裏に、怨念やら情念やら「地獄の底まで一緒よ」的な激しさがあるからこそ、なのだが。「存在自体が演歌」と言ったら言い過ぎか。どちらにせよ、なかなか出ない歌手なのだと思う。
■細川たかし 「望郷じょんから」という曲を歌ったのだが、昔も何度かこの曲で出ていたと思う。いわば「ありきたりの」演歌はイヤだが、この手の曲は実は好きだ。演歌というより民謡なのだが。吹雪のSEとか、津軽三味線の響きとか、歌が物語るストーリー…出稼ぎ、つらい毎日、遠い故郷の家族…とか、すごくいい。たとえ己の趣味趣向とは違っても、良質なストーリーはジャンルを凌駕すると信じている。そういう意味では演歌だろうとロックだろうと関係ない。この曲大晦日に聴くのに持ってこい。いい。実にいい。
■和田アキ子 日本を代表するソウル・シンガー。何年か前の「マイクなし歌唱」もすごかったが、ゴスペルコーラスのついたこの日の曲もいい。「芸能人」和田アキ子はあまり好きではないのだが、「色々あったけど、がんばって生きてるよ。あんたもがんばりな」的な人柄がきちんと歌に転化されている。これはやはり、ソウルだ。いい。
■天童よしみ 初の「トリ」。当然プレッシャーは相当なものだったろうと想像するが、自分のストーリー、生き様を織り込んできっちり歌い上げてみせた力量は十分評価に値する。こういうのがプロフェッショナルというのだろう。立派。
さて、この番組の特色の一つには、普段あまりNHKを見ない層に向けての「プロパガンダ」でもあるということが挙げられる。おそらく、一年でNHKを見るのは大晦日くらい、という若い人もいるかもしれない。そういう意味では番宣に必死になるNHKの態度も分からないではないが、それにしても「お江戸でござる」だの、朝の連ドラだの、「ただ紅白が見たいから見てる」者にとってはどうでもいいような(まあ、岡本綾はかわいいが)要素に臆面もなく時間をさいてくる。他にもしつこく繰り返される大河ドラマ宣伝とか、この番組に限って言えばあからさまに「NHKこそ神」とでもいうような「全体主義」がまかり通っている。この感触はかなり気色悪い。まあ、民放でもフジとか、けっこうみんな同じよう事をしてるんだけど。
司会者について。初司会の狂言役者は、やけにうまく役目を果たしていた。まあ、本来的にプロの「パフォーマー」である以上、それくらいできて当然なのかもしれないが、逆にうますぎて気持ち悪いとさえ思えた。こういうキャラも多分にNHK好みなのだなあ、という気が。それは女子アナにおいてはさらに顕著で、「そこまで必要か」と突っ込みたくなるほど繰り返していた衣装替えでも、着ている服はことごとく国営放送的オヤジ趣味の服ばかりで、実にみっともなかった。けっきょく、ああいう「かわいいけど、どこかあか抜けていない=田舎臭い」女程度しかオヤジの狭量な趣味に適さない…ということだろう。女子アナひとつとってみても、今さらながらのNHK的「権威主義オヤジ体質」を露呈する結果になってしまっている。朝の連ドラを見ろ、なぜ主演の女性は地方在住者ばかりで、なぜみんな純真で素朴な性格で、なぜみんな方言をしゃべるのか。これだって上述の「オヤジ体質」を理解すればすぐ分かる。あーあ、ほんっとに権威主義オヤジってイヤだ。
数字的にはどうなのか知らないけど、NHKは当分現在の「派手路線」紅白を続けていくことだろう。こうした番組のあり方は、もはや「フリーク」と呼びたくなるほど滑稽でグロテスクではある。とはいえぼく自身、きっと来年も「つっこみ所」を探しつつ、全部見てしまうのだろう。
個別リンク:http://www.mine-d.com/article/archives/2004/06/51nhk.html|↑