Show Reports

ウッドストック99(WOWOW)

 RHCPがウッドストック99に出演するという噂は聞いていた。WOWOWで放映すると決まったときも、「RHCPの分だけ録画するか」くらいの気持ちでいた。なにしろ全公演を放映するというのだ、ビデオテープが何本いるか分かったものじゃない。しかし、実際に現地で公演が始まったのと同時に放映されたプレ番組を見てしまったのがいけなかった。一発目がジェイムズ・ブラウンだぜ。セイン・カミュやブラザー・コーンの出ていたその番組で見所等も紹介され、出演アーティストの顔ぶれを知るにつれて、「これは全部録るしかない」という気持ちになってしまった。

 電気店に行き、180分と120分のビデオテープを混ぜて、それぞれパックで買ってきた。8月頭に放映されたと記憶しているが、その3日間はけっこうつらかった。「朝4時に起きてテープ換え」ということもあった。それでもなんとか全公演をテープに収めることができた。思い返せば懐かしい。しかし、WOWOWも思い切ったことをやったものだ。実に潔い。

 こういったフェスティバルには、その時その時の「顔」となるようなバンド/アーティストが必ずいるような気がする。前回94年のウッドストックでの「顔」は、RHCPだったと思っている。99年版のウッドストックにもRHCPは出演したが、今回の「顔」は「KORN(コーン)」であり、「Limp Bizkit(リンプ・ビズキット)」であったと個人的には思っている。

 ぼくは94年に持っていたCDをすべて売り払ってしまってから、かなり長い間ロックの最前線からは遠のいていたので、これらのバンドの音楽、ステージングを見るのは初めてだった。昔、オンタイムで聴いていたときから、ぼくが好きなバンド/アーティストに求めていたのは基本的に強力な「ヘヴィネス」であり、「mine-D's Fanatic World」のトップページに羅列したバンド/アーティストの中の一部に、まさにそうしたヘヴィネスを見出していた。

 コーンやリンプのステージングを見て思ったのは、ぼくが求めていたようなヘヴィネスへの希求の仕方は、以前と比べてより直接的に、あからさまになっている、ということだった。90年代初頭のバンド、例えばニルヴァーナのそれが「経口摂取」だとすれば、コーンやリンプのそれは「静脈注射」であり、直接的で、速効性のあるやり方だといえる。こういうやり方でしか作用しないほど、今のアメリカ社会そのものがヘヴィーに、ハードコアに、性急に、変化してきているのだろう。

 フェスを見ていた間、いったい何回「Fuck」という言葉を聞いただろう。今の若い世代のアメリカ人の心情を一言で表すなら、まさにその言葉がピッタリだろう。いいようのない不満や孤独感に苛まされる一方、それぞれが「自己」の存在を限りなく主張しようとする彼らは、もはや中指を立てて一人で立ちつくすしか為す術がないのではないか。コーンの前に出ていた「インセイン・クラウン・ポッセ」というヒップホップユニットの「Even if you love me, fuck you」という言い回しが耳に残って離れない。

 「オリジナル」のウッドストックは、例の映画で見ただけだし、開催当時ぼくは4歳だったから、リアルタイムで体験していたわけでは、もちろんない。しかし、映画を見た感じや、「伝説」とされて色々な場面で語られてきたストーリーから判断するに、あの時、あの場所には、「ヒッピーズ・ドリーム」とでも呼ぶべき共同幻想が、確かに存在したはずだ(「幻想」が「確かに」存在した、という言い方も変だが)。ベトナム戦争という共通する大きな「敵」の存在が、人々を容易に「連帯」させ、「自分たちが社会を変革できる」と本気で信じさせた。もちろん、現実はそんなに甘っちょろいものではなかったし、しょせん幻想は幻想でしかなかったわけだが、少なくとも当時それは存在したし、まさにヒッピー世代が拠り所にしていたのが、そうしたヒッピーズ・ドリームだったのだろうと思う。甘酸っぱくて、幼稚で、愛すべきヒッピーズ・ドリーム。

 「Three more days of Love and Peace」(だったよな)と銘打たれていた今回のウッドストック。このイヴェントをオーガナイズした人の頭の中には、そうした「ヒッピーズ・ドリーム」のかけらが残っていたのかもしれない。しかし、イヴェントを通して各アーティスト/バンド、そして観客が体現したことは、ヒッピーズ・ドリームを現代に蘇らせることなどではなく、逆にそれに引導を渡し、永遠に葬り去ることだったのだ。あの炎の中にくべられていたのは、まさにヒッピーズ・ドリームそのものだったのだ。ああ、かわいそうなヒッピーズ・ドリーム。69年のスローガンが「Love and Peace」だったのなら、99年のそれは、「Fuck, Porno, Violence」とでも言うべきか。あの「オッパイ出し」。本人達は当時のヒッピーを気取ってたのかもしれないが、それっぽいバーで、檻の中で踊ってるおねーちゃんの雰囲気しか感じられなかったぜ。

 けっきょく、イヴェントはアメリカ人お得意の「暴動」という形で、その歴史的な幕を閉じた。あの「儀式」は、ヒッピーズ・ドリームという幻想がしょせん幻想でしかありえなかったことを再認識するために、また、もはやアメリカ人にとって帰る所などない、ということを自ら表明するために必要だったのであり、そういった意味ではあのイヴェントは大成功だったといえる、皮肉な言い方だが。

 それにしても、アメリカはいったいどこに行こうとしているのだろうか。そんなことは知らないし、知りたいとも思わないけど。おっと、人の心配ばかりしていられない、自分達の足許だって相当ヤバいのだから。

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