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Funk,Freak(ファンク、フリーク)

 ファンクであること、つまりファンキネスの表現は、いうまでもなくRHCPにとって重要なタームのひとつだ。それはデヴューから現在まで、基本的にはまったく変わってない、といえる。彼らにとってのファンクは、単に音楽の一形態であることを越え、「The Uplift Mofo Party Plan」の「Funky Crime」で歌われているように、まさに彼らの生き方そのものにまでなっている。ところで、「Funky Crime」には、いわば「God Monster of Funk」とでも呼ぶべきキャラクターが登場している。曲の冒頭に、電話の声で「Do it!」と告げているのがそれだ。このキャラクターは、「Mother's Milk」の「Nobody Weird Like Me」にも登場するし、デモバージョンの「Green Heaven」にも出てくる。「Blood Sugar Sex Magik」では「Sir Psycho Sexy」という名前のキャラになって、曲の中に現れている。頻繁に登場するこのキャラクターは、RHCPにとってどういう存在なのだろうか。

 一時期黒人のメンバーが在籍していたこともあるが、RHCPはデビューから現在まで、総体的には「白人の」バンドであったといえる。白人である彼らが黒人音楽のファンクをやることは、ぼくらが考えるほど簡単なことではなかったのかもしれない。コアな黒人音楽ファンから見れば「あんなのファンクじゃない」ということになるし、彼らの音楽は、白人によるエイトビートの「ノーマルな」ロックとは明らかに違う。いわば非常に中途半端な位置に置かれていたのだといえるし、白人である彼らにとって、本当のファンキネスを体現することは相当困難な闘いだったのだと思う。音楽の一形態である「ファンク」をやることは、おそらくどんなバンドにもできるだろう。しかし、RHCPがファンクに求めたのはそんな表層的なものではなく、自らの存在自体をも吹き飛ばしてしまうほどの強烈なパワーだったのだと思う。そのために、「The Uplift Mofo Party Plan」のレヴューで述べたように、先述のキャラクター「God Monster of Funk」に自らの身も、魂をも売り渡してしまう必要があったのだといえる。そこまでしなければ、白人の彼らが本当の意味で「ファンキー」であることはできなかったのだ。

 ファンクの「神」は一般的な宗教のそれとは違って、いわば「化け物」「フリーク」であり、どろどろとした魑魅魍魎の世界の支配者だ。しかし、「Sir Psycho Sexy」で歌っているように、彼らはそんな「化け物」をこよなく愛する。He's a Freak of Nature but we love him so. He's a Freak of Nature but we let him go.そして、彼ら自身もファンクを通してフリーク化すること、それが究極の願望なのだといえる。I pray the Funk will make me freak.(ファンクがおれをフリークにしてくれるよう、祈る)バンドメンバーの全身に施されたタトゥーも、自らの肉体をフリークに変容させるイメージとしてとらえることができる。

 ロックとフリークとの関係に目を向けてみたい。ぼくはロックは本質的に「サイド・ショウ」(見せ物小屋)だと思っている。そう、映画「フリークス」で描かれているような、あの世界だ。「日常」に取り込まれて、あくせくもがいているぼくらに、「異形」のものであるパフォーマーが「非日常」の世界を垣間見せてくれる瞬間であり、ロックのその部分にこそ強く惹かれてしまう。ぼくが「ロック」という言葉に期待するのはそうしたフリーキーな一面で、映画版「ツイン・ピークス」で車のフロントグラスに「Let's Rock」と書かれていた、あの感じに近いと思っている。

 TシャツにGパン姿で等身大の自分を歌うミュージシャンもいいだろうが、やはりロックには常人には理解できないようなフリーキーな部分がなければ、と思ってしまう。RHCPは「フリーキーさ」という点であらゆるロックバンドと比べてみても最も優れていると思うのだ。

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