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Is ROCK dead or not?
ロックは死んだのか?そうではないのか?「はじめに」に書いた「ロックは死んだ」という言葉に対して「いや、ロックは死んでなどいない」という反論を何度かいただいたので、ここらできっちりぼくの考えを書いておきたいと思う。
最初に断っておきたいのは、ぼくはけっして「ロックは死んだ。だからダメだ。意味がない」と言ってるわけではない、ということだ。もしそうならロックを聴くのをやめればいいだけの話で、わざわざこんなサイトを作り、ロックについて「ああでもない、こうでもない」と書いたりする必要はないはずだ。ロックの持つ力を信じているからこそ、こんな文章を書いてるわけで。だけど、今ぼくたちが「ロックだ」として聴いているものがどういうものであるかを知っていて損はないと思う。
ぼくが、ロックがいちばん輝いていたと想像するのは1969年くらい、ビートルズ、ウッドストック…あの辺の時期なのだが、あの時点で、ロックはティーンエイジャーの心情にきっちり寄り添ったものであったし、社会に大きな影響を与えうる存在であったと思う。今の時代からは想像もつかないような、イノセントな精神性を有していたのだと思う。たとえそれが幻想でしかなかったとしても、「ロックによって世の中を変えられる」、そう信じ込ませるだけのパワーを持っていたのだ。
ロックには確かにそうした純粋無垢な面があるし、そこを信じるからこそぼくだってここまでロックにのめり込んでいるわけだが、その一方で、ロックには商業主義的な一面が確実に存在することも忘れてはならない。基本的にCD(レコード)という「商品」を大量生産して売りさばくことで成り立っているのがロックというアートである以上、ロックは最初から「商売」とは無縁であり得ない。悪く言えば「バカなガキにどうやって商品を売りつけるか」を考えてばかりいるのが「ロック産業」に関わる人間だったりするわけだ。そういう側面を無視し、ないものとして「ロックは純粋だ」と言い張るのは欺瞞であり、偽善でしかない。その点はきっちり言っておきたい。
そして、その事実をはっきり暴き立てたロック・ミュージシャンが、まさにジョン・ライドンだったわけだ。徹底的に自分自身を笑い飛ばし、「中身のないロック・スター」を演じきることによって、ロックが本来的に内包していた偽善性を厳しく告発した。「お前らはありがたがってピストルズだ、パンクだと持ち上げてるけど、おれ達なんてただのクソだ。お前らはそんなくだらないものに金を払ってるんだぜ。それが『ロック』というものさ」と。そうした姿勢はある意味「誠実」だと思うのだが、ともかく、ぼくが「ロンドンパンクがロックを殺した」というのはそういうことだ。ジョン・ライドンがあれをやってしまったことによって、かつてロックにあった(あると信じられていた)純粋な精神性は激しく叩きのめされてしまった。汚されてしまった。もちろん、「ロック」という言葉に対してどういう思いを持つのかは人それぞれだ。だけど、ロックが「一度死んだ」音楽であることをきっちり押さえておくことは非常に重要なことだと思うのだ。そうでなければ、いつまでたっても狡猾な「大人たち」に騙され続けて終わってしまう。現にこの国に住む多くの少年少女が今、騙されているように。
もちろん「ロックは死んだ」と言い放ったところで、ぼくらがロックを聴くことから離れるわけにはいかない。「いち抜けた」といって、このゲームから降りることは、そう簡単にはできないのだ。それは自分自身の心情にこれほど寄り添ってくるものを他に知らないからであり、たとえ一度死んだものであれ、今聴いてるものがロックの亡霊であれ、どうしようもなくそれを愛している故なのだ。
ただ、意識的でないヤツや、死んでしまったロックをさも生きているかのように言い張って商売の道具にするヤツ、様式美的世界に逃げ込んでしまって現状と勝負しようとしない、いわゆる「産業ロック」「大衆ロック」を成立させている当事者などに対しては、はっきり「NO」を言いたい。なによりそれは、かつて奇跡的なまでの輝きを有していたロックに対する冒涜であると考えるからだ。
ジョン・ライドンにしたって、ただ単に「ロックはクソだ」と言いたいだけなら、音楽活動なんてやめてしまって他の方法でそう表現すればいいはずだ。だけど彼はずっとロックというフィールドで表現し続けてきた。そこがロック・ミュージックの面白いところで、意識的なアーティストにしたところでロックというフィールド以外で勝負しようという人はあまりいない。そう、「ロックは死んだ」ということを表現したいと思った時、最も適した表現フィールドは、やはりロックでしかあり得ないのだ。それはまさにリスナーであるぼく自身についても言えることで、「ロックが死んだ」と言わんがためにわざわざこうした「ロック」サイトを運営している。ロックに対峙するとき、常にこうしたアンビヴァレントな感情があることを理解してほしい。
もちろん、ここで述べたことはあくまでmine-D個人の考えであり、これは、いわばぼくが作り上げたロックのストーリーだ。全体的な視野から見れば、ぼくのいうロックは限定された範囲のものでしかない。また、たとえ商業主義ロックであろうと、聴き手の心情に鋭く食い込んでくるなら、それはその人にとっての「切実なロック」なのだ。他人がどうこう言う筋合いではない。よく思うのだが、こうした議論は最終的には個々人の趣味趣向のレヴェルに帰結してしまう。しかし、だからといってみんながみんな内向的になり、自分自身にしか目がいかないようになってしまってもつまらない。ぼくとしては、あくまで「個人的な」意見を発表して読み手の意識を刺激し、少しでも意味のある議論を喚起していければ、と考えている。
個別リンク:http://www.mine-d.com/article/archives/2004/06/is_rock_dead_or.html|↑