Show Reports
Limp Bizkit(2001年1月11日大阪城ホール)
結論からいうとぼくはこの日のライヴ、ほとんど楽しめなかった。理由は色々考えられるので以下に詳しく述べることにするが、とにかく次に来日しても見に行こうとは思わないだろう、きっと。
このライヴ、チケットをとるのがけっこう大変だった。先行発売日に専用番号に電話をかけたのだが、数時間ダイヤルし続けても一向につながる気配がないし、けっきょくあきらめて通常発売日に近くのローソンで「直買い」したのだった。「H」ブロックという、ステージに向かって右手のスタンド席だったのだが、行ってみると意外といい席だった。ただ、角度的に死角になる部分が生じてしまい、ドラムの人などはけっきょく最後まで顔を拝むことができなかった。スタンドから見下ろすと、ブロックに分けられたアリーナが見渡せる。椅子席なんかは用意せず、「さあ、どうぞ暴れて下さい」という状態になっていた。ぼくが大阪城ホールでこの風景を見るのは初めてだ。客層は、いかにも「mosher」というヤツに混じってフレッド・ダーストと同じ赤いキャップを身につけた人が目立つ。「もしや」と思ったのだが、ウェス・ボーランドと同じメイクをしてきているヤツはいなかった。誰かしてくりゃよかったのに。
20分オシで開始。「chocolate st☆rfish...」のオープニングをそのまま再現した流れで「hot dog」へなだれ込む。最初の3曲くらいまで、ぼくは狂ったように踊り、激しく首を振り続けていた(これをやるからライヴ後数日間はいつも首の痛みに悩まされるのだが)。やはりオープニングは盛り上がるぜ。しかし。ふと気がついて見回すと、周りがあまりノッていないのだ。体は動かしているが、全然楽しそうじゃない。「盛り上がってると思って大騒ぎしながらパーティー会場へ入っていったら、みんな静かなのに気がついて急にシュンとしてしまった人」のような状態になってしまった。確かにステージ前のモッシュピットは盛り上がってる。そこだけ見るとライヴハウスみたいだ。まるで、ステージから2,30m範囲にできた「ライヴハウス」空間を、周りのみんなで見学している、とでもいうような構図ができあがってしまっている。それはそれでいいのかもしれないが、でもそれなら城ホールでなどやらず、ライヴハウスで10日間くらいやれといいたい。
盛り上がらないのはなぜだろう、と考えてみた。単にバンドの演奏が悪かったという訳ではない。どちらかというと気合いが入ったいい演奏だったと思うし。ひとつには、やはり音が小さかったということが挙げられる。音量が小さすぎて、あんなもんじゃ全然大騒ぎできない。だいたいライヴが終わって耳鳴りがしないようじゃダメだ。ただ、今さらながら思い知ったのだが、大阪城ホールは音響が悪すぎる。あちこち反響しまくって完全に音像がぼやけてしまっていた。そういう理由もあって音をでかくできないのかもしれない。
もうひとつ。これはぼくだけがそう思ってるのかもしれないが、客側の問題。なにかもう型にはまってきているというか、ダイヴ・モッシュだって予定調和的で、まったく面白味に欠ける。まさに「日本の管理教育の成果ここに極まれり」といった感で、みんな大人しいし、行儀いいし、人の話はちゃんと聞くし…。でも、これはロック・コンサートだろ?なんでもっと自由に振る舞おうとしないのだろう。訳の分からないことを叫んだり、奇声を発してもいいし、仲間同士で輪になって踊ったり、ウェイヴをやってもいいし、恋人同士で抱き合ったりキスしたりしてもいいし、別に雑談していてもいいだろう。なんでそういうことをしてもいい場所なんだってことが分からないんだろう。ロックなのに、中身は学校の授業と全然変わらないような気がした。
もうひとつは金の問題というか、はっきりいって日本公演は手抜きじゃねえか。エミネム等と回った北米ツアーでは、ガンダムのセットやら花火やらを連発して派手だったみたいなのに、この日のステージではセットらしきものといえばバックに吊られたバンド名の看板のみだ。それに、このバンドにはもっとバカバカしくて派手なステージを見せつけてほしかった。ウッドストックの時に出ていた小人を連れてきてもよかったし、他にも色々演出は考えられただろう。なに「普通モード」で演奏してるんだよ。あんたらは現代アメリカの病理が生んだ、ポップな「フリーク最終形」じゃなかったのかよ。あ、それはおれが勝手に思ってただけか。いずれにせよ、ストイックにストレートに演奏を聴かせるだけ、という姿勢はこのバンドには似合わないような気がする。いや、本人達は大まじめにアーティストしているんだろうが、少なくともおれが彼らに望んでいるのは、そんなバンド像ではない。
フレッド・ダーストは、あきらかに客のノリが悪いのを気にしていた様子で、しょっちゅう「ハッピーか?」と確認していたし、「みんな疲れてるみたいだから、もう帰ろうか」などとすねてみせたり、最後けっきょくアンコールさえなしに終わってしまったのだ。ショウがセックス、バンドが男、客が女だとしたら、双方の気持ちがかみ合わず、気まずく終わってしまった感じのセックスだった。男はテクニックや体力を駆使して攻めまくるが、女の方はどうも気持ちが乗らない。感じている演技をしてみるが、そんなものは男に見透かされている。けっきょく最後まで気持ちがかみ合うことはなかった。「客=女」として言わせてもらえば、絶頂にはほど遠いセックスだった。しかし、驚いたのは客側に「ノリが悪かった」という自覚がほとんど感じられなかったことだ。終了後周りからはこの日のライヴについて、特に盛り上がらなかった旨の話は聞こえてこなかったし、中には「あー、楽しかった」などと言いつつ帰っていく客もいた。どこがだよ?
気になった点を挙げると、客を「いじり」過ぎること。関西では「いらう」というのだが、客のいらい過ぎは芸道では御法度だ。女の子を10人程度ステージに上げて踊らせたり、mosher風の男子を「花道」からダイヴさせたり(まあ、これは面白かったが)、最後はステージに上げた女の子と抱き合ってキスまでしていた(おいおい、セクハラじゃねえのか?ま、女はバカみたいに喜んでたけど)。なにか金をかけなかった分そういうことでごまかそうとしているように感じられて、どうにも印象が悪かった。ただ、「My Way」という曲での客いじりは興味深かった。赤いキャップに紺のTシャツ、ベージュのバギーパンツという、当日のフレッドとまったく同じ服装の男性客をステージにあげ、自分の目の前に向かい合わせに立たせて「特別…オマエは自分を特別だと思ってる」という歌詞を歌う。これは自分自身に、あるいは自分自身のパブリック・イメージに向かって歌っているわけで、なにかフレッド・ダーストのさめた一面がかいま見られたようで面白かった。
先述の客のノリの問題に戻るが、どうも気になる。この気色悪さは何に起因するのだろう。フレッドが何か呼びかければ「オー!」と一瞬盛り上がるが、すぐに静かになる。みんなニコニコして聞いているけど、ほとんどの人はフレッドが何を言ってるか分からないのに適当に歓声を送ってる。なんでそうなんだ。分からなければ分からないで何も反応しなければいいじゃない。なにかみんなロック・コンサートとしての辻褄を合わせるのに必死で、もはや自分が楽しんでるかどうかさえも分かってない、そんな感じがした。そんな偽善じみた態度は、バンド側には最初からバレバレなのに。さっきのセックスの例えじゃないけれど、「女」としてはもうちょっと気持ちのこもった態度で男を悦ばせてあげたかったという気もする。男に楽しませてもらうことばかり期待してちゃダメだし、表面的な「感じてる演技」もダメなんだよ、絶対。演技してることにさえ気づいてないんだとしたら…これはもう救いようがないかもしれないけど。
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