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意志

 あまり多くはないが、掲示板に書き込みをしてもらうことがある。サイトを運営している人なら分かるだろうが、どんなに短いメッセージであっても、自分の掲示板に書き込みしてもらうことは本当にうれしいものだ。ぼくなどはケータイで自分の掲示板を見られるようにしていて、日に最低でも3回はチェックしている。3日も続けて誰からも書き込みがないと非常に悲観的になり、「手首のひとつでも切ってやるか」という気になってくるのでこれを読んだ方どうかひとつよろしくお願いします。…いや、ま、それはいいとして(真に受けてはいけません)、書き込んでもらったメッセージに触発されて文章を書きたくなることも多い。以下の文章は、いつも書き込みしてくれているヴューワーの「アルさん」が以前残してくれたものだ。すごく感じるものがあったのでさっそくレスしようと思ったのだが、掲示板の性格上記事がどんどん流れていって古いものは過去に追いやられてしまいもったいない。そこでこうして再掲させてもらった上で、ぼく自身のコメントも併せて載せておいた。ぼくやアルさんのような比較的「古い」ファンが、最近のRHCPをどんな風にとらえているのか、何を期待しているのか、その辺が少しわかってもらえるのではないかと思う。

モヒカンになってからのブート・ビデオを、やっと見つけて観た。
「Rolling Rock Fes,La Trobe,PA Aug 5,2000」というタイトルのもの。

正直な感想。演奏は去年の来日前後のほうが良い。
ハッキリ言って生ぬるい。アレンジも若干替えてあるけど、
そんなにイイ演奏じゃない。
アンソニーは足の調子がイマイチなのか?あの軽快なステップも見られない。
そして UNDER THE BRIDGEも BLOOD SUGAR SEX MAGIKも演ってない。
でも客はノリノリ。去年の BIG DAY OUT と同様だ。
でも、CALIFORNICATION でダイブしてる奴の気が知れない。

俺が観てて感じた事を並べてみましたが、コレが悪かったかと言うと、
矛盾してるようだけど、そうではない。かなり気に入ったのです。
もちろん、このビデオ1本だけでは判断できないケド、
ここに映っていたのは CALIFORNICATION さえ振り切ろうとするかのような、
「レッチリの意志」だった。

CALIFORNICATION は現在の(と言っても1年以上も前だけど)
等身大のレッチリの姿だった。でも、俺は、とまどいを覚えた。
あのアルバムを素直に受け入れる事ができたレッチリ・ファンっているんだろうか?
でも、あのアルバムは評価された。もちろんレッチリだから。ではない。
よく言われてたけど、まさに「新生レッチリ」のアルバムだったし、
メロディ、演奏、歌、って基本のトコを全面に出した、
シッカリと作られたたアルバムだったからだろうか。
俺はコレ受け入れるのに、けっこう時間がかかった。

で、モヒカンにしたレッチリを観ていると、
「CALIFORNICATION に、しがみつく気はないっ!」って、
またしても前進しようとする「意志」が感じられる。
昔のように動かない疲れた肉体を引きずり、
「目」だけが、らんらんと光っている。(チャドは無表情だけど。笑)
オヤジでなるものか!レッドホットチリペッパーズは転がり続けるんだ!
ってのかな?荒っぽい演奏にも、そんな感じを受ける。
もちろん、俺は「好き好きレッチリ!」野郎なんで(笑)
都合のいいように解釈してるのかもしれないし、
「オヤジがんばれ!」とエールを送りたい気持ちでいっぱいで、
冷静な意見ではない事は重々承知っス!

今度も俺の期待通りのアルバムなんて作らないだろう。
多分、期待裏切る様なアルバム作ってくれるんだろう。
それこそ、まさに!期待通りだったりするワケで!(笑。あまのじゃく)

あ〜何が言いたいのか自分でよく分かんないんですが、
これは兄貴のコラムに対する俺なりの
「頑張れ兄貴!頑張れレッチリ!」ってヤツです!(意味不明)

まとまらないなぁ〜。(笑)/アル

 アルさん。ぼくもある人のおかげでそのヴィデオを見ることができました。ブートでライヴを見るのはずいぶん久しぶりなので、なにか懐かしい感覚がありました。写真、動画を問わず、モヒカンになってからの彼らを見ていつも感じることは、なにか「痛々しい」という感覚です。前に書いたこととかぶるかもしれませんが、年齢的な問題、体力的な問題を考えると月日の流れは特に彼らのようなバンドにとっては大きな敵となっているはずです。それにも関わらず果敢に闘い続けようという「意志」が、ぼくにもはっきり感じ取れます。逆境の中で闘いを続けていくために、彼らは不可避的に、バンド同士の結束を以前にもまして強めようとしているように感じられます。このライヴの中で、何度か演奏を始めるタイミングが合わないシーンがありましたよね。その時「落ち着け」と言いながらドラムセットの前に集まり、顔を見合わせながらカウントを合わせていく光景が非常に印象的でした。彼らの姿は痛々しいけど、同時に心強くもあります。「困難な闘いだけど、4人でぶち破ってやるんだ!」という自信さえ感じられるような気もしています。

 ところで「Californication」を受け入れるのに時間がかかったというお話、ぼくもよく分かります。レヴューには書きませんでしたが、最初はあまりの変化に愕然としてしまいました。あのアルバムは、それまでのRHCPのサウンド(有り体に言うとパンク、ファンクの融合)の変遷からは明らかに飛躍したもので、もはや「ヘヴィ・ロック」でさえありませんよね。それがあそこまで受け入れられたという事実も、正直理解できませんでした。「みんな本当に分かって支持しているのか?」と。でも、ぼくがサイトを始めてから知り合った人の中でもかなりの人が、あのアルバムを初めて聴いてファンになったというのです。そして、それ以前の作品を聴いてもなお、「Californication」がいちばん好きだというのです。もちろん、その人達がバンドの魅力を誤解しているかというとまったくそんなことはなく、むしろぼくなんかよりよく分かっていたりもします。当たり前ですが、ぼくらのようなオールド・ファンとニュー・ファンのどちらが正しいというような話ではなく、「Californication」のサウンドも、RHCPの魅力の一面として違和感なく受け入れられているのではないか、そう思ったわけです。ぼくらは幸か不幸か先に「母乳」や「Blood Sugar Sex Magik」を聴いているので「『Californication』が初めて」という人と同じ感じ方はできないのですが、もしそういう立場で聴けたなら、ずいぶん印象も違うのかもしれませんね。

 「次のアルバムも期待通りではないだろう。それこそが『期待通り』だ」という意見、ぼくも同感です。彼らが転がり続ける限り、こちらが簡単に予想のつくような作品は作らないだろう、そう思っています。いつもうれしいけど、今回の書き込みは特にうれしかったです。ありがとう。それからぼくへの応援まで、ありがとう。がんばりますからね。/mine-D

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