Episodes

カート・コベインを間近で見た話

 英会話学校に通っていた時期があった。バリバリにロックに傾倒していた時期と重なっていたので、会話のとっかかりとしてRHCPの話なんかを振ってネイティヴの先生達とロックの話で盛り上がることも多かった。そんな先生達の内の一人にジョンというアリゾナ出身の男がいて、ぼくも彼も偶然マッド・ハニーのライヴに行っていたことが分かり、けっこううち解けて色んな話をした。

 彼は60年代のガレージ・ロックというのか、聞いたこともないようなマイナーなバンドのマニアックなファンで、その流れとしてサブ・ポップレーベルの音なんかも聴くという話だった。ちょうどニルヴァーナが来日するということだったので、一緒に行こう、という話になった。

 確か92年のバレンタイン・デーだったと思うが、大阪の会場は「国際交流センター」という、あまりロックのコンサートには使われないような所だった。恥ずかしいが方向音痴で、地元の交通経路にも詳しくないぼくは、度々迷いそうになりながら彼を国際交流センターまで連れていった。しかし、着いてみて分かったことだが、ジョンは外国人としてしょっちゅうこの施設に出入りしていたらしく、「ここならおれが案内できた」と言っていた。

 会場へ向かう道すがら、「少年ナイフ」の話なんかをしていた。ぼくはいまだにこのバンドのどこがいいのか全然分からないが、欧米のリスナーはもちろん、ニルヴァーナやソニック・ユースなどアーティスト達までが高く評価している日本のガールズ・バンドで、ジョン自身も彼女らのことをべた褒めしていた。

 ライヴが始まり、途中のMCでバンドは「今日は少年ナイフが『アムホール』というところでショーをやってる。みんな行くべきだ」とコメントしていた。ライヴ終了後、情報誌でチェックしてみると、なにかのイヴェントで(おにぎりの販促イヴェントだったと記憶しているが、変か?)、招待券を持っていないと入れないみたいだったし、時間的にもライヴは終わってそうな感じだった。「たぶんムリだろう」とジョンに言ったが、ジョンは積極的で、「とにかく行ってみよう」ということになった。

 さて、国際交流センターからアムホールのあるお初天神まで行く最短の交通経路は、「谷町九丁目」まで歩き、そこから地下鉄谷町線で「東梅田」まで行く方法だ。もちろんぼくは知らなかったが(…)、この辺りに詳しいジョンに連れられて意外に早く会場に着くことができた。ライヴはちょうどアンコールの最後の数曲をやっている時で、終わりかけだったためか招待券もなしで入れた。

 ぼくらが着いてしばらくすると、あきらかに怪しげな雰囲気の外国人数人が会場に姿を見せた。そう、なんとニルヴァーナのメンバーが顔を出しにきたのだ。ベースの人(名前知らないのです、すいません)は異様なくらい背が高く、それとは対照的にカート・コベインはかなり背が低いと感じた。おそらくバンドメンバーもライヴ終了後車ですぐに駆けつけたのだろうが、ぼくらの方が少し早かったのだ。ぼくらのいる客席後方に近づいてきたので、ほんとに間近にカートがいるという状況だった。

 ぼくは尻込みして声をかけずじまいだったが、ジョンはカートに向かって「Hey, Good Show!」と声をかけた。カートはこちらを振り向いたが、その反応に少し驚いた。なにか眼の焦点があっておらず、ジョンの言ってることもよく理解できていない感じだったのだ。彼とぼくらの間には見えない壁のようなものがあって、こちらの声が届かない、そんな印象だった。けっきょく彼はなんの言葉も発しないまま、ライヴ終了後楽屋へ移動していった。

 その後のことを考えると、この時のカートの様子が、なんともいえない印象を持って思い出される。爆発的に売れてしまい、自分たちが「ロック・スター」として扱われることからくる「歪み」をもろに受けとめてしまい、異様なテンションのもとにあったんだろうか、などと勝手に考えてみる。

 その後ジョンはアリゾナに帰り、ぼくもしばらくして英会話学校はやめてしまった。彼とはその後なんどか手紙のやりとりをしていたが、ここ何年かはまったく音信不通の状態だ。どうしているんだろう。元気なのかな。

個別リンク:http://www.mine-d.com/article/archives/2004/06/post_6.html|