Disc Reviews
Psycotic Friends Nuttwerx/Fishbone and The Familyhood Nextperience
大幅なメンバーチェンジを経てリリースされたフィッシュボーンのニューアルバム。オリジナルメンバーはボーカル/サックスのアンジェロ・ムーア、トランペット/ボーカルのウォルター(ぼくはウォルターの「合いの手」がすごく好きだ)、ベースのノーウッド・フィッシャーだけになってしまった。このバンドには以前から「バンドとしての結束の強さ」を感じていたから、メンバー脱退のニュースを聞いたときはかなり意外に感じた。
このアルバムを購入しにショップへ出かけてみたが、フィッシュボーンのコーナーには、この新作の他にベスト盤が2枚ほど置いてある程度だった。RHCPなんかと同時期に活動を始め、一貫して高い音楽性を保って活動したきた彼らの扱いとしてはいかにも不当だ。まあ、「売れてないのだからしょうがない」のかもしれないが、現在の「ミクスチャー系」や日本の「スカコア」と呼ばれる連中に与えた影響など、計り知れないものがある。せめてもう少しアルバムを置いていてくれてもよさそうなもんじゃないか。
ぼくは「はじめに」にも書いたようにまったくロックを聴かないブランクの時期が数年間あったのだが、確か「Give a Monkey a Brain and He'll Swear He's the Center of the Universe」まではフォローしていたと思うので、その後リリースされた「フィッシュボーンの逆襲」というアルバムのみ聴いていないことになる。「Reality of My Soroundings」などではかなりハードな表現をとっていたが、本作で聴けるのは全体的にゆったりとしたサウンドで、彼らの持つパンクな面はやや抑えられ、どちらかというとレゲエ、R&Bなどのブラックミュージックの要素が前面に出ている感じだ。もちろんパンキーな曲やスカのナンバーも収録されているが、耳に残るのはスロー、ミドルテンポの「なごむ」曲群ばかりなのだ。
本作が発表されてすぐの「クロス・ビート」誌のインタビューで、アンジェロは、「ごちゃまぜ」具合ではRHCPなどより過激なスタイルをとる彼らが、はるかに売れていない最大の理由は、彼らが黒人のバンドだからだ、と発言していた。今までそういう風に考えたことはなかったので少し意外な気がしたのだが、確かにそれはあるだろう。人種差別は歴然と存在する。長く活動を続けているフィッシュボーンのようなバンドでさえ、こうしたロックのリスナーのうち、圧倒的多数を占める白人層にはなかなか簡単には受け入れられないのだ。その点が、R&Bやヒップホップではなく、ロックという「白人の」フィールドで勝負する彼らのむつかしさなのだといえる。
売れない理由のもうひとつは、まさに彼らの音楽性そのものにあるといえる。スカ、パンクをはじめとしてファンク、レゲエ、R&Bなどの黒人音楽など様々な要素を消化してごちゃまぜにしてみせる彼ら独特のスタイルは、逆に言えばリスナーからは「つかみどころがない」と感じてしまうのかもしれない。いくらボーダーレスだ、ミクスチャーだといっても、シーンはまだまだ保守的で、分かりやすい「ロック」しか受け付けない体質なのだろう。本作の出来はすばらしいが、売れるか売れないかといえば売れないだろう、悲しいけれど。これを受け入れられないというのは、逆にリスナーであるぼくらの質が問われることを意味しているのかもしれない。
一度でも彼らのライヴを見たことのある人なら、「もう一度見たい」と思うだろう。それくらいフィッシュボーンのライヴはすばらしい。一人として盛り上げずにはおかないというサービス精神にあふれたステージだ。彼らが出演するらしいフジロックには行けないけれど、今度大阪に来るときには何をさしおいてでも駆けつけようと思ってる。そして、このすばらしいバンドに、いつまでも意味のある音楽をやりつづけてほしいと真に願っている。
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