Show Reports
Red Hot Chili Peppers/2000年1月14日・大阪城ホール
「フジロックフェスティバル」出演はあったものの、単独公演としては実に8年ぶりのコンサート。東京では武道館で3日間、開催元もウドー音楽事務所と、「これじゃまるでボン・ジョビなんかと同じじゃねえか」、最初はそう思った。しかし、これは冗談でも何でもない、RHCPは、まさに「ウドー音楽事務所が呼ぶような」バンドになっていたのだ、ぼくがボーっとしている間に。コンサートを通じて、ぼくはそのことをイヤというほど思い知らされることになる。
JR「大阪城公園前」駅で降りる。混雑するから、帰りの切符を買っておく。ダフ屋をすり抜け、お好み焼きやビールを売っている夜店を通り過ぎ、噴水にたむろしている若いヤツらを横目で見ながら長い階段を昇っていく…。そう、同じだ。過去にジョージ・ハリスンやU2といったビッグアーティストを見に行ったときと同じ手順だ。「RHCPもそういうバンドになったのか…」ぼくは感慨に浸りながら入場を待つ列の最後尾に並んだ。
初来日公演のことはよく覚えてる。90年1月。大阪は心斎橋のミューズホールというライヴハウスだったのだが、ぴあでとったチケットの整理番号は、確か一桁だったと思う。チケットを取るための苦労なんて皆無だったのだ、当時のバンドの状況では(それでも当日は満員になっていたが)。初めて見るバンドのパフォーマンスは「すごい」としか言いようがなかった。当時のライヴ映像を見た方は分かると思うが、メンバーの運動量もすごいし、絶対にマネのできないアクション―ちぎれるくらいに首を振りながらベースを弾くフリー、アンソニーの独特の手の振りや長髪を振り乱して暴れる様、舌を出し、腰を振りながらソロを弾くエロティックなジョンの動き―それらを生で見られたというだけでも感動ものだったが、当時のバンドには「これがハリウッドのファンクなんだぜ」と日本のファンに見せつけてやろうとする熱意がひしひしと感じられたのだ。それがすごくうれしかった。
ちょうど10年たった今、バンドはバカでかい城ホールのステージに立った。オブジェクトを配したセットが組まれ、バックには映像が映されるなど、一般的なロックコンサートのフォーマットでステージは作られていた。気になったのは、音が小さすぎるという点だ。あれだけデカいホールなのだから、音も大きくなければ。あれの2倍くらいは出してもいいはずだ。なにしろThe Red Hot Chili Peppersのライヴなんだぜ。
アンソニーの体が動いてないのが気になった。全盛期に比べると、本当に10分の1くらいしか動いてなかっただろう。「Rockin' On」のインタビュー記事で読んだのだが、確か(間違っていたら申し訳ない)「剄副木」というアスリートのかかる病気を足に抱えているらしく、おそらく相当状態が悪かったのだろうと想像する(あれだけ激しいステージングを何年も続けてきたのだから、こういった持病を抱えてしまうのもしょうがないだろう)。気分的にもすぐれなかったようで、MCはまったくなかった。ぼくも直接、ヴィデオを問わず色々なライヴを見てきたが、アンソニーがまったくMCしないライヴというのは今まで見たことがない。代わりにフリーががんばってMCしてくれていた。
今回のライヴでは、フリーのすばらしさを再確認させられた。若いときのフリーのステージは、まさに自分の個性をそのままさらけ出している、といった様子だったが、最近ではオーディエンスの望むものをちゃんと分かっていて、サービスに徹している、という感じだ。それでいておざなりな感じはまったく与えないところがすごい。体の動きも鈍っていないし。フリーのマネはぜったいに誰にもできない。「Give It Away」での変な踊りとか、大好きだ。
セットリストに関して。変わったところでは、「Freaky Styley」に収録されている「Blackeyed Blonde」が演奏されていた。最近のライヴではあまりプレイされていなかったはずだ。この日はやらなかったが、違うセットリストではこれの代わりに「Skinny Sweaty Man」をやっているようだ。「I Could Have Lied」や「Under The Bridge」、「Californication」といった、「Blood Sugar Sex Magik」や「Californication」からのバラードナンバーの比率が大きくなっていたのも特徴的だった。
ライヴでのバラードの扱いというのは最近気になってきていて、「Blood Sugar Sex Magik」以降、バンドはバラードを多くアルバムに収録するようになっていて、そのことに関しては別にどうこう言うつもりはない。しかし、アルバムでの表現とライヴの表現が乖離してきているような気がしてならないのだ。たとえば「Californication」と「Mother's Milk」を聴き比べてみると、ハードさにおいてこの二つのアルバムは、まったく違う。これはどちらがいいという話ではなく、バンドの音がそれだけ質的に変化を遂げている、ということなのだ。しかし、その点でライヴはどうだろう。昔ながらのクレイジーでフリーキーで爆発的なライヴ、という姿勢は、ずっと変わっていないといえる。たとえバラードをやっていても、基本的にバンドが実現しようとしているのは日常の憂さを忘れて大騒ぎできるような「パーティー」なのだといえる。
もちろんぼくだってRHCPに、椅子に座って「アンプラグド」のようなライヴをやってほしいわけじゃないし、コンサートに駆けつけるオーディエンスが総体的に求めているのは、今述べたようなクレイジーな「パーティー」だといえる。だけど、バンドが「Californication」のような音楽的指向性を求めれば求めるほど、ライヴでの表現が中途半端になってきているように思うのだ。
繰り返し述べるが、ぼくが今回のコンサートで強く感じたことは、RHCPも「普通の」バンドになってしまったんだなあ、ということだ。もちろん、オールドファンが「昔はよかったよね」などと通ぶることのいやらしさは理解しているが。…それでも少しだけ言わせてほしい。10年前の来日時、RHCPのロック界での位置というのは、まさに「オルタナティヴ」だった。メジャーシーンなどははるか遠かったが、ぼくは彼らの音楽こそ「本物」である、RHCPが売れないのはロックシーンが腐ってるからだ、くらいの気持ちでいた。そう、確かに彼らのファンであることに誇りを持っていたのだ。90年にクラブチッタやミューズホールに駆けつけたファンも、多かれ少なかれそういった思いを抱いていたはずだ。「今は売れてないが、いつかはRHCPや他の『オルタナティヴ』な音楽が市民権を得る日が来る。そうなれば、世界も少しは変わるはずだ」といった想いを抱いていたのだ。
10年たって状況は大きく変化した。Nirvanaは爆発的に売れたし、RHCPも「Blood Sugar Sex Magik」で一気にブレイクし、グラミー賞まで獲得した。世界的に、かつて「オルタナティヴ」と呼ばれていた音楽がチャートの多くを占めるような時代になったのだ。…すごいじゃないか。これこそおれの望んでいたものだ。城ホールでやるなんて夢みたいなもんだった。じゃあ、バンドは闘いに「勝利」したのか?ノー。バンドの圧倒的な「個性」、既存の価値観では計れないような「はみだした部分」まで、けっきょくは巧妙にシステムにからめとられ、取り込まれてしまってはいないか?世界は変わったのか?イエス。だけど、よけいに訳が分からなくなっただけだ。今のロックシーンなんて、ほとんど理解できない。いったい何が起こってるんだ?って感じだ。
しかし、こうも考える。バンドが「普通の」ロックコンサートをやり遂げたことは、ある意味では敗北だといえるが、違った意味では勝利でもある。「一部の熱狂的なファンの玩具」から、「万人に受け入れられるバンド」へと成長したのだ。これは皮肉で言ってるのではない、本当に「売れる」ことは重要だと思うのだ。多くの人に、その存在を知らしめてこそナンボ、というものだろう。それに、バンドは今のように売れるだけの努力を続けてきたし、クオリティの高い作品を作ってきた。真剣に彼らにとっての闘いを闘い抜いてきたのだ。売れたことを誰が責められるだろう。
機嫌が悪くて早々に引っ込んでしまったアンソニーのことを申し訳なく思ってかどうか知らないが、チャドがことさら長くドラムソロをやってサーヴィスしてくれたエンディングを見終わり、ぼくは帰路についた。少しばかりの寂しさを覚えながらも、「きっとこれでいいんだ」という想いも抱いていた。満足そうに帰っていくオーディエンスの顔を見ながら。
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