Disc Reviews
You Come & Go Like a Pop Song/The Bicycle Thief
セロニアス・モンスター(Thelonious Monster)は80年代からL.A.を拠点に活動してきたバンドで、その中心人物がボブ・フォレスト(Bob Forrest)だ。RHCPとはもともと友達同士だし、フリーが彼らのアルバムに参加したりと音楽的交流も盛んだった。ジョン・フルシャンテがRHCPに加入した時も、もともとはセロニアス・モンスターのオーディションを受けに来ていたジョンをRHCPが引っ張ってきたという経緯があると聞いている。
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その後セロニアス・モンスターは特に売れるワケでもなく、長い期間にわたって活動を休止していたようだ。ボブ・フォレストは音楽に対する情熱を失い、酒やドラッグに耽溺する生活を送っていたらしい。しかし偶然知り合う事になったジョシュ・クリングホッファーの、音楽に対するまっすぐな情熱に触発されて再び音楽をやる事を決意し、ジョシュと一緒にバイシクル・シーフ(Bicycle Thief)としてアルバムを作った。それがこの「You Come And Go Like A Pop Song」だ。
この作品については、mine-Dがあれこれ書くよりも、「Golden Voice」(インディー・レーベル)のサイトに、ボブ・フォレスト自身が書いたバイオグラフィーを読んでもらった方がずっと理解できると思うので、その原文をmine-Dなりに訳したものを、少し長くなるがすべて引用してみる。意味のつかめないところはかなり意訳しているので、あらかじめご了承を。
バイオグラフィーニルヴァーナが音楽ビジネスの世界に、パンク・ロックが何百億ドルものビッグ・ビジネスであり得ると気づかせた、そのずっと前から、アメリカ中に偉大な(そしてそれほどでもない)バンドはいっぱいいた。おれたちは6人でモーテルの部屋に泊まり、小さなバーで、数少ない、物好きな客を相手に演奏して回った。真夜中、こっそりおれたちを中に入れてくれ、エンジニアリングまでやってくれるようなありがたい管理人のいるスタジオで、偉大な、そしてそれほど偉大でもないアルバムをレコーディングした。おれが好きだったバンドはリプレイスメンツ、ソウル・アサイラム、ザ・ミート・パペッツ、ハスカー・デュー、そしておれがいたバンド、セロニアス・モンスター。
おれは何千というショウをこなし、4,5枚、いやたぶん6枚のアルバムを作った(覚えてないんだ)。音楽活動は愛に満ちていたけど、憤りにも満ちていた。「成功」への望みはこれっぽっちもなかった。ただただ、音楽への愛のため、そしてバーのため、女の子のため、楽しみのためにやっていた。その後、様々な事情が重なり合って、状況は変化してきた。おれはもう音楽の仕事が好きじゃなくなってきていた。音楽への愛は放ったらかしにされた。金や、周りからの期待や、妬み…そうした様々な醜悪な事だらけになってしまったんだ。続けようとしたけど、うまくはできなかった。おれは仕事を投げ出し、酒を飲み、ドラッグにはまった。この星から出て行く事さえ考えた。おれが心の底から愛し、大切にしてきた、たったひとつの大事な物が終わってしまった。それはやり遂げようと努力してダメだったからではなく、おれ自身が変わってしまったからなんだ。おれはあまりにも強くダメージを受けてしまっていた。おれの音楽に対する考え方は、ねじ曲がっていた。「まだ十分に成功していない」とか「レコード・セールスが悪い」とか、そんな感じで。
おれは1993年に完全に活動を中止した。
酒を飲んだ、酒をやめようとした、ドラッグをやった、皿洗いの仕事をした、自分自身を惨めに思った、少し大人になって、息子の世話をした、恋に落ちた、運送業の仕事をやった、借金を返した、酒をやめた、ドラッグもやめた、テレビを見て、本を読んだ、犬を散歩させた。ある朝目覚めると、いい気分だった。ハッピーだと感じた。ここ数年で初めて、アイディアをノートに書きとめ始めた。
おれはガール・フレンドの妹から紹介されて、ジョシュ・クリングホッファーに会った。おれとジョシュは家で一緒に演奏をやり出し、アコースティック・ギターを使って何曲か曲を書いた。おれはジョシュの中に、純粋さと、音楽に対する愛情を見いだした。おれがかつて持っていたものを。そして、自分自身の音楽への愛情を、今一度考え始めた。再びレコードを買い始め、音楽を聴いた。本当に生き返ったような気分になり始めていた。外へ出かけて、色んなバンドのライヴを見ることを始めた。
ジョシュとおれは何回かライヴをやったんだけど、それは(なんとかまだ世間に通用していた)おれの昔の名声に乗っかったような形だった。おれたちはセロニアス・モンスターの曲をやったり、おれたちの新しい曲をやったり、二人の好きな曲をやったりした。アコギだけで。ただ楽しみのために。本当に楽しかった。おれたちはもう一度バンドをやる事を話し合った。でも、おれはまだ心配だった。今でもそうだけど。バンドの一員でいるってことは、すごく感情に動かされやすい状況にいるってことだ。かつておれは11年もそんな状況にいたんだ。とにかくおれは、おれ自身のためにもう一度、なんというか「キャリア」を作り直す事に決めたんだ。もうかなり歳をとっていたし、その事に対する恐怖もあった。「ゴールデン・ボイス」っていうコンサート企画会社にいる友達に電話して、今のおれの状況を説明し、プロモーターとして下っ端から仕事をさせてくれと頼んだ。すると奴らは「ボブ、君はシンガー/ソング・ライターだろ?君がそんな仕事をやりたいなんて思うはずないじゃないか」と言った。「おれはメッセンジャー(電報や手紙を配達する仕事)をやってんだぜ?それが今のおれの姿だし、おれはこの人生において、何かやるべき仕事が必要なんだよ」と言った。おれはレッド・ホット・チリ・ペッパーズに彼らのツアーのトラック運転手として雇ってもらえないか聞いてみた。彼らは「ボブ、君はトラックの運転手なんてやりたいと思うはずないよ。君はシンガー/ソング・ライターなんだぜ?」と答えた。「だから!おれはメッセンジャーなんだよ!あああ!」。
すぐに、ゴールデン・ボイスがおれ自身の配達するメッセージ・ペーパーで連絡を取ってきた。おれは興奮した。奴らの気が変わって、おれを雇う気になったと思ったんだ。けどそうじゃなかった。ゴールデン・ボイスは新しいレーベルを立ち上げたばかりで、おれにアーティストとしてやる気はないかと尋ねてきたんだ。ジョシュとおれは奴らのオフィスの床に座って、何曲か彼らに曲を聴かせた(そのうち6曲が、「You Come And...」に入ってる)。
リビング・ルームでの演奏から、アルバムというきちんとした形へ持っていくために、おれたちと一緒にやってくれる誰かを探していた。バンド・メンバーではなく、プロデューサーとかエンジニアで、おれやジョシュと一緒に演奏してくれる人間を。おれは古い友達に誰かそういう人間を知らないか聞いてみたが、誰も見つからない。結果、友達のマーク・ケイツが電話してきて、Josh BlumとMark Hutnerという二人のプロデューサーに話してみてはどうかと言った。彼らはSugartoothというバンドのメンバーだった。素晴らしかった。彼らは作曲や演奏でおれたちをヘルプしてくれ、エンジニアもやってくれた。彼らはとても面白い人たちだった。4ヶ月の間、週に3,4日、夜になるとL.A.の古いオフィス・ビルに集まって、デモをやったり、曲を書いたり、ボーっとしたりして過ごした、おれたちの「責任」なんて考えることもなく。素晴らしい日々だった。そして、ドラマーとしてケヴィン・フィッツジェラルド(元Geraldine Fibber)に参加してもらって、おれたちはスタジオに入った。おれは再び、なんとも言い難い感情を抱き始めた。今おれは、その感覚と共にいる。期待(みんなは気に入ってくれるだろうか?買ってくれるだろうか?)。混乱(いったい誰がバイオグラフィーなんて読むんだ?)。怖れ(ラジオで曲がかかるだろうか?)。心配(おれはまたメッセンジャーの仕事に戻ってしまうのか?)。
えーと、つまり、おれはこういうの、昔経験した事があるんだよ。
ボブ・フォレスト
このアルバムが売れるかどうかなど、彼はほとんど気にしていなかったに違いない。間違いなく、彼にとって音楽を作って歌い、発表するという行為はそのまま、生きる事につながっているのだ。この作品を作る事は彼にとってすごく「切実な」事だったのだろうと思う。歌われる内容は(音楽的な意味ではなく)「ブルーズ」と言っていいだろう。寂しい気持ちも、情けない気持ちも、やりきれなさも、不安も、彼の優しさも、弱さも、そのままCDの溝にレーザーで刻み込まれている。
聴けば聴くほど、その良さが分かってくるタイプの一枚だ。
なお、活動を休止していたセロニアス・モンスターはなんと2004年に復活し、「California Clam Chowder」というアルバムを発表している。公式サイトもできているので、ぜひ訪れてみてほしい。
個別リンク:http://www.mine-d.com/article/archives/2004/12/you_come_go_lik.html|↑