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ジャック・アイアンズ・インタヴュー(翻訳)
以下はジャック・アイアンズのファンサイト「Suluhiana」に掲載されたインタヴュー(原文英語)を、mine-Dが翻訳したものである。翻訳については常にそうだが、mine-D自身それほど英語力があるワケではないし、かなり意訳も施しているので、そのつもりで読んでいただけるとよい。原文は以下を参照の事。
| Suluhiana - Jack Irons Brazilian Fansite |Suluhiana Brasil:レコーディング作業を1999年から開始されたそうですが、無事アルバムが完成した感想は?
Jack Irons:そう、「Attention Dimension」のレコーディングは1999年の秋に始めたんだ。何かクリエイティヴな事をやる必要性を感じていたんだけど、バンドの一員としてツアーに出るような心の準備はできていなかった。僕はADAT(訳注:デジタル・オーディオ・マルチ・トラック・レコーダーの一種)と小さなミキシング・ボードを使ってレコーディングを始めた。何曲か仕上げた後、「これはフル・アルバムとして仕上げないと」と思ったんだ。それで、僕はさらにいくつかのレコーディング機材を買い求めて、毎日こつこつとレコーディングを進めていって、けっきょくほぼ5年間やってたんだ。自分自身を充電する必要があると感じた時以外はいっさい休息をとらなかったし、ずいぶん入れ込んでやっていたよ。
SB:ソロ・アルバムを作ることは、ドラムを始められた当初から考えておられましたか?
JI:ドラム・ミュージックのソロ作を作る事は1994年になって考えた。それは僕が初めて何曲かドラム・ミュージックをレコーディングした時だったんだけど、本当にやっていて楽しかった。実はね、僕はそれらのドラム・ミュージックをフリーの家で録音したんだ。彼は家の地下に小さなリハーサル/レコーディング・ルームを持っていたからね。しばしばそこで過ごしていた。フリーは4トラックのカセット・レコーダーを持っていたんだ。あの作業は実に楽しかった。
SB:「Attention Dimension」の作曲についてはいかがでしたか?
JI:「Attention Dimension」の曲は作曲されたというより、ジャムの中から自然にできあがってきたという方が正しいかな。僕は「Come Running」だけは、より「普通の」やり方で曲を作ったんだけど、それ以外の曲に関しては、まず僕がドラムを演奏して、それから、僕が「こう鳴ってほしい」というように他の楽器の音を足していくというやり方だった。
SB:私たちは「Suluhiana」をサイトのタイトルにつけたのですが、それは、あの曲が本当に美しく、ピースフルに私たちの耳に響いたからなんです。「Suluhiana」という言葉と曲は、あなたにとってどのような意味を持ちますか?
JI:「Suluhiana」は他の人との間に平和な関係を作りあげていく、という意味なんだ。実のところ、このタイトルとヴォーカルは、この曲に関していちばん最後に取りかかった作業のひとつなんだ。アラン・ジョハネス…僕の長年のパートナーだけど、彼がその言葉を歌った。彼は本当にいいアイディアを出してくれたよ。僕が彼に「君が歌えるもので、何かピースフルな意味合いの言葉を探してくれ」と頼んだら、彼は「Suluhiana」という言葉を見つけて、この曲を仕上げてしまった。僕にとってこの曲での最大の仕事はマリンバのソロだね。自分の思い通りのソロを演奏できるまで、何テイクも録ったよ。
SB:「Attention Dimension」の曲やアートワークには、水や海に関係する要素がはっきりと見て取れると思うのですが、あなたはこうした「海のテーマ」に沿って曲を書いたのですか?
JI:僕はずっと昔から海が好きで、イルカや鯨もそうなんだ。アクアっぽいテーマは自然に出てきた。僕のタトゥもアクアがテーマなんだよ。
SB:あなたのアートワークについてお聞きします。いつ頃からアートに興味を持つようになったのですか?
JI:レコーディングのミックスの段階が終わるのに合わせて、アートワークも仕上げていった。僕のPCでいくつかの写真を使って作り上げたんだ。色を変える事や、色んな(画像処理ソフトの)エフェクトをかけたりするのは、とても楽しかった。自分なりにがんばったと思うよ。
SB:RHCPや、イレブン、パール・ジャムなどの異なったタイプのバンドや、あるいはジョー・ストラマーやニール・ヤングなど、異なったタイプのアーティストとプレイする事は、あなたのソロ作に何らかの影響を与えましたか?
JI:「Attention Dimension」の制作に限って言えば、僕のすべての音楽的経験は形を変えながらも、常に存在していたよ。過去一緒にプレイできたすべてのミュージシャンたちに対して、共にプレイできた事を、僕はとても幸せに感じているんだ。僕の音楽的表現は、間違いなく、僕が自然にやってきた事がミックスされたものだ。そして、友達と音楽をプレイしてきた長年の経験、それに影響を受けている。ただ、友達と離れたりするのはとてもキツイ事だけどね。
SB:長い間のブランクを経て、フリーと再びレコーディングするのはいかがでしたか?
JI:フリーと僕とはずっと身近にいた。僕はいつだって彼とプレイするのが大好きだし。古くからの友達とプレイする時に、ブランクなんてほとんど問題にならなかった。特にフリー、アラン。この二人のミュージシャンは僕らが子供の頃から一緒にプレイしていたんだ。アラン、フリー、ヒレルと僕。そして、子供の頃からの演奏が、そのまま「ホワット・イズ・ディス」…僕らの初めての高校のバンド…になったんだ。
SB:パール・ジャムのメンバーとプレイする事はきっと本当にやりがいのある事だったろうと思います。どのようにして彼らを参加させたのですか?
JI:どのようにしてパール・ジャムのメンバーを呼んだかっていうと…単に頼んだんだ。かなり長い間彼らと会ってなかったし。それで、僕はツアー中の彼らの楽屋を訪ねたんだ。彼らに再び会えて、本当にすばらしかった。個人的に僕のソロ作に参加してもらえないだろうかと依頼をして、彼らは快く引き受けてくれて、「Attention Dimension」の制作上でも、とても素晴らしい仕事をしてくれたんだ。
SB:あなたは初のソロ・アルバムを作り上げました。次の展開はどうなんでしょう?ソロの活動を継続してやっていかれるつもりですか?
JI:僕は常に「音楽」の仕事をしている訳だけれど、正直次に何が来るのかってのは分からないなぁ。僕は今でもレコーディングの仕事に取り組んでいるし、それと何人かのミュージシャンにライヴができないかどうか打診しているところでもあるんだ。まあ、どうなるかはっきりするまではしばらく時間がかかるだろうけどね。でもとにかく、どういう形にせよ、音楽を作り出していく事に変わりはないと確信しているよ。
SB:最近のRHCPの音楽は聴きますか?
JI:うん。僕がバンドにいた時のものから今のものまで、RHCPのアルバムは全部持っているよ。彼らのやる音楽は全部好きだ。彼らがバンドとして成し遂げた事に対して、誇りに感じている。今のバンドの状態にたどり着くまで、決して容易な事ではなかったろうに。彼らは音楽を作り出す事に関して素晴らしい仕事をしてきたし、それは、僕たちがかつて共に成長し、「リアル」であり続けようとした…そのままの姿なんだよ。
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