Show Reports

Battles(2007年9月30日・心斎橋クラブクアトロ)

mine-Dはいわゆる「ポストロック」と呼ばれる音楽に関してはすっかり出遅れてしまっていた状態で、まったくフォローしていなかった。おそらくネットでコミュニティサイトなど運営していなかったら、そのまま聞かずに過ごしていたのだろうと思う。しかし、運営している「Red Hot Chili Peppers Fan」などを通じて、特に若い世代の人と接しているとポストロックは当たり前のように消化してきているという印象を受ける。いや分からない。別に若い人に限った話ではなく、世の四十代ロックファンもみんな普通にポストロックを聴いているのかもしれないが、ネットでロックについて書いてる四十代はほとんど見かけないので知りようもない。まあとにかくこのバトルスに関しても、以前からちょくちょく話題になっている事は知っていたが、特に積極的に聞いてみようという気にはならなかったのだ。

しかしmine-D思うに、このところネットのおかげで、音楽ファンにとっては天国のような状態になりつつある。振り返ってみるとネット以前はどうやって未知の音楽と知り合ったかというと、雑誌の記事に頼るか、友達同士のいわゆる口コミで開拓していく事がほとんどだったと思う。しかし今やIT革命。ブログ時代。誰かのブログでレコメンデーションを読み、MySpaceで音楽を試聴できる。YouTubeを覗けばプロモーション・ヴィデオも見る事ができるだろう。ネットがなければある程度「いちかばちか」でCDを買わざるを得なかったのに比べて、豊富な材料を元にじっくり選ぶ事ができるようになったのは単純に素晴らしい事だと思う(もっとも「カス」を掴んでしまう経験を積んでいくのも貴重ではあるのだが)。そしてmine-Dは思い知ることになった。今まで自分が知覚できていた世界はなんて狭い範囲に限定されていたのだろう、と。うまくは説明できないが、ネットワークの力で自分自身を規定する「枠組み」が希薄化し、限りなく広がっていくような不思議な身体感覚だ。

こうした無限に広がるネットの可能性の中に身を置いてみると、もう自分の趣味趣向に凝り固まるのが馬鹿らしくなってきて、周りから入ってくる音楽をそのまま受け入れてみようという考え方に徐々に変わってきている。若い人達は本当によく勉強しているし、その膨大な知識と研ぎ澄まされたセンスに、mine-D などはただただ圧倒されるのみだ。音楽だけではない、映画、絵画、文学、漫画と、彼ら彼女らから教えられる事は実に幅広い領域に渡っている。こうした経緯や環境の変化もあって、バトルスを聴いてみようという心境に至ったのであった。

バトルスはポストロックという形容詞だけではなく、エクスペリメンタルロック(実験的)やマスロック(変拍子を駆使した)という要素も含んでいると言われている。これはあくまでmine-D個人の印象だが、レガシーロックのパーツをいったんバラバラにして、エレクトロニックな手段を用いながら独自の審美眼で構築し直したような音楽だと感じる。その配置には絶妙なバランス感覚があって、そのバランス感覚にこそ、なにか強烈にアピールしてくるようなバトルスなりのサムシングがあるように感じるのだ。それまでまったくこの手の音楽の素養がなかったmine-Dだが、数回聴く間に「これは!」と思い、遂には一ヶ月以上毎日毎日バトルスばかり聴くという事態に陥ってしまった。

個人的に「一般的に言われているジャンル」を「越えてくる」感覚というのがあると思っていて、たとえば過去RHCPが雑誌で取り上げられ出した時も「ミクスチャー」という言葉が使われない記事は皆無だった。けれど当時からmine-Dは「いや普通に『ロック』だろ」と思っていたし、実際に当時オルタナティヴと呼ばれていた音楽は、今ではラジオでかかるような「普通の」ロックとして市民権を得ている。バトルスの場合も、ポストロックとかジャンル分けなんてどうでもいいじゃん、これが「ロック」でいいんじゃないの?と思えてくるような訴求力を持っていると感じている。そこがこのバンドの最大の魅力であり、可能性ではないかと思っている。もちろん、彼らの音楽がどの程度「普通のロック」としての市民権を得るかは分からないけれど、少なくともmine-Dにそう思わせるだけの勢いが、今のバンドにはある。

15分押しくらいでライヴは始まった。チケットは全公演すぐにソールドアウトし、最終的に4日間で5公演、中日なしという招聘アーティストとしては異例なくらいの過密スケジュールをこなした彼らだった。メンバーが出てくると客が一気にヒートアップする。声援もたくさん飛ぶ。客の期待感、熱気がひしひしと伝わってくるようだ。生で見ていると、特にタイヨンダイとイアンが楽器を弾いている姿を見ているだけで面白い。ギターを担ぎ、キーボード、Mac Bookを目の前に並べて、時にギターとキーボードを同時に弾いたりする(ギターは左手だけで弦を押さえて弾く)。mine-Dなどが慣れ親しんだオーソドックスなロックのフォーマットからすると奇異に映ると言ってもいいステージングだが、大変興味深く見ることができた。しかしなんといってもこのバンドの屋台骨と言えるのはジョン・ステニアーのドラムだろう。強烈な一打一打を、一心不乱に苦しそうに叩き込む、修道僧のような彼の姿は、もはや一種のセルフ・トーチャー。苦しみに快楽を感じているのではないかと思えるほどだ。彼に限らずメンバーの動きは過剰なくらい激しく、一曲終わる度にゼェゼェと肩で息をするようなライヴは、今日なかなかお目にかかれないのではないか。かように、電気的で先進的かつ洗練された音楽性と、ライヴでの過剰な肉体性の落差が、このバンドのユニークなところではないかと思う。

「EP B」「EP C」「Tras」あたりと「Mirrored」を比べると、音楽的にかなりの変化を遂げていて、今までどのバンドも到達していない次元に一歩を踏み出しているのではないかと個人的には感じている。ので、ちょっと気が早いが次のアルバムを本当に楽しみに思っている。どれくらい「越えて」くれるのか、期待してしまうのだ。

Mirrored
Mirrored
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個別リンク:http://www.mine-d.com/article/archives/2007/10/battles_osaka.html