Show Reports
Rage Against The Machine(2008年2月7日・大阪城ホール)
再結成なったレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(以下レイジ)の来日公演。mine-D個人的に言うと、レイジに関してはちょうどロックをいったん「捨てた」時に表舞台に出てきたという経緯もあり、そんなに熱心なファンという訳ではなかった。アルバムは一応全部聴いているけれど、曲名はおろかドラムとベースの人に至っては名前も知らない、というくらいのファンレベル(今はもう分かった)。なので、以下はそのつもりで読んでほしい。いぢめないで。
最初にはっきりさせておきたいのはバンドとしてのレイジは高く評価されるべきであり、政治的なメッセージとラップ、エッジのきいたヘヴィ・ロックを音楽的に昇華させたという点において、他のバンドでは絶対たどり着けないレベルに達しているという事だ。まさに唯一無二のバンドだといえるだろう。しかし、フジロック'97のステージをWOWOWで見たmine-Dが感じたのは、めちゃくちゃカッコいいんだけど、いまいち感情移入できないというか、なんかこう、肩に力が入りすぎているんじゃないっすか?という印象だった。もうちょっと力抜いたバンドの方が好きだなぁという感じ。ただ、ザックのライム、トムのギターだけで出しているとは思えないユニークな音作りなど、音楽的にはその時も今も、一貫して本当にすばらしいと思う。
そして非常に印象に残っているのが2000年MTV Music Awards。賞争いで大嫌いなリンプ・ビズキットに破れて、頭に来たレイジのティムが舞台に上がり抗議をするという騒ぎがあった(これの映像見つけた方は教えてください)。これは精神としてのヘヴィ・ロックが明らかに敗北した事だとmine-Dは思っていて、あの時カメラにアップを抜かれたザックの、なんともいえない悔しそうな顔は忘れられない。もちろんそれだけが原因ではないんだろうけれど、ほどなくしてザックが脱退して、バンドは解散してしまった(それにしてもリンプ・ビズキットって今何してるんだろうね)。
その後、ザック以外のメンバーはオーディオスレイヴ、ザック自身はDJ Shadowと一緒にソロ作をリリースしたりとそれなりに活動してはきたが、はっきり言ってどちらもレイジのファンを納得させるものだったとは言い難い… よね?オーディオスレイヴは悪くなかったと思うけど、ザックに関しては「いったい何やってんだよ」とイライラしていたファンも多いに違いない。ほとんど何もニュースが聞こえてこなかったし。
そして、ここへきてのいきなりのリユニオン。一度も生で見ていなかったmine-Dとしてはもちろん大歓迎なんだけれど、ザック自身はどう思ってるんだろう、というのがまず思った事だ。「活動家」としてのザックはここ10年なんら成果を上げられていないのに、昔のメッセージをまた、そのまま歌うの?ザックはそれでいいの?私のこと好きなの?と思ってしまう。いや、他のバンドならこんな風に感じることはまったくなかっただろう。それに、おれだってケツの青いガキじゃありませんから?ロックンロールの胡散臭さなんて許容した上で聴いてるし、実は金のためにやるんだって言っても普通のバンドなら「まあそんなもんだよね。分かっててもカッコいいよ」で済ませていたと思う。でもレイジだけは!レイジだけは「ガチ」だったと思うが故に、やる側の意識として納得してるのかい?というのが、部外者的ファンながら気になっていたのだ。
しかし、結論から言うとそんなmine-Dの拘りを吹っ飛ばすくらいのすばらしい内容のライヴだった。大阪は、RHCP2002年の時と同じ細かいブロック分けの所為もあるのか、その後の東京公演二日間と比べると若干おとなしめだったようだ。それでも1曲目が始まった時の爆発感、躍動感はものすごいものがあったし、ステージでザックやトムがあれだけ激しく動くというのも意外だった。ブランクがあってこのステージングっていったいどんだけだよ。また、実際生で見てみると客に暴れる事を要求しているというかモッシュしないのが不自然なくらい「煽る」曲が多いんだな、とも感じた。当然それを分かっているだろう客のエキサイトぶりも(リアルタイム世代は体力的にきつくなってきた方も多かったろうが)、なかなかのものだった。全体的に「ただ暴れたいだけ」のアホ客もそんなにいなかったと見えるし(まあいないとは言いませんが)。特にアンコール後の2曲の「持って行かれ」具合はすごかった。ライヴが終わった頃には「活動家としてのザックの成果が云々」などという自分の拘りが、なんだかどうでもいいと思えてきた。
それまでアルバムを聴いたりライヴDVDを見たり、と自分なりの「レイジ像」を理解しているつもりでいたが、まったく理解などできていなかったんだ、と気づかされてびっくりした感じだ。生でライヴを見て、初めてその凄さが分かったのだ。いまやiPodに入っているアルバムを改めて聴き直し、YouTube で映像を探しまくって見ている毎日。ライヴ見に行ったおかげで彼らのファンになれた。行ってよかった。歌詞とか覚えてみようかな、とちょっと思ってる。
昔のレイジのライヴは「殺気立っていた」という話をよく聞くのだが、今回見た印象としては確かにザックの表情は真剣で険しいし、情感の込め方も尋常でないものがあったけれど、時折笑顔を見せたり、終演時メンバー4人で肩を組んで客に手を振ったりと、なんとなくほんわかした雰囲気も感じられた。8年熟成されていいコクが出たんじゃないですか的なちょっと偉そうな感慨を持ったりもした。部外者なのに偉そうにすみません。すみません。とにかく、mine-Dは今のレイジをすごく好きなことは確か。あとはバンドがこれからどんな風に展開していくのか、というところが焦点だろうか。今の時代に即したメッセージをたたきつけるような新作を期待するのは、少し欲を出しすぎというものだろうか。
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Battles(2007年9月30日・心斎橋クラブクアトロ)
mine-Dはいわゆる「ポストロック」と呼ばれる音楽に関してはすっかり出遅れてしまっていた状態で、まったくフォローしていなかった。おそらくネットでコミュニティサイトなど運営していなかったら、そのまま聞かずに過ごしていたのだろうと思う。しかし、運営している「Red Hot Chili Peppers Fan」などを通じて、特に若い世代の人と接しているとポストロックは当たり前のように消化してきているという印象を受ける。いや分からない。別に若い人に限った話ではなく、世の四十代ロックファンもみんな普通にポストロックを聴いているのかもしれないが、ネットでロックについて書いてる四十代はほとんど見かけないので知りようもない。まあとにかくこのバトルスに関しても、以前からちょくちょく話題になっている事は知っていたが、特に積極的に聞いてみようという気にはならなかったのだ。
しかしmine-D思うに、このところネットのおかげで、音楽ファンにとっては天国のような状態になりつつある。振り返ってみるとネット以前はどうやって未知の音楽と知り合ったかというと、雑誌の記事に頼るか、友達同士のいわゆる口コミで開拓していく事がほとんどだったと思う。しかし今やIT革命。ブログ時代。誰かのブログでレコメンデーションを読み、MySpaceで音楽を試聴できる。YouTubeを覗けばプロモーション・ヴィデオも見る事ができるだろう。ネットがなければある程度「いちかばちか」でCDを買わざるを得なかったのに比べて、豊富な材料を元にじっくり選ぶ事ができるようになったのは単純に素晴らしい事だと思う(もっとも「カス」を掴んでしまう経験を積んでいくのも貴重ではあるのだが)。そしてmine-Dは思い知ることになった。今まで自分が知覚できていた世界はなんて狭い範囲に限定されていたのだろう、と。うまくは説明できないが、ネットワークの力で自分自身を規定する「枠組み」が希薄化し、限りなく広がっていくような不思議な身体感覚だ。
こうした無限に広がるネットの可能性の中に身を置いてみると、もう自分の趣味趣向に凝り固まるのが馬鹿らしくなってきて、周りから入ってくる音楽をそのまま受け入れてみようという考え方に徐々に変わってきている。若い人達は本当によく勉強しているし、その膨大な知識と研ぎ澄まされたセンスに、mine-D などはただただ圧倒されるのみだ。音楽だけではない、映画、絵画、文学、漫画と、彼ら彼女らから教えられる事は実に幅広い領域に渡っている。こうした経緯や環境の変化もあって、バトルスを聴いてみようという心境に至ったのであった。
バトルスはポストロックという形容詞だけではなく、エクスペリメンタルロック(実験的)やマスロック(変拍子を駆使した)という要素も含んでいると言われている。これはあくまでmine-D個人の印象だが、レガシーロックのパーツをいったんバラバラにして、エレクトロニックな手段を用いながら独自の審美眼で構築し直したような音楽だと感じる。その配置には絶妙なバランス感覚があって、そのバランス感覚にこそ、なにか強烈にアピールしてくるようなバトルスなりのサムシングがあるように感じるのだ。それまでまったくこの手の音楽の素養がなかったmine-Dだが、数回聴く間に「これは!」と思い、遂には一ヶ月以上毎日毎日バトルスばかり聴くという事態に陥ってしまった。
個人的に「一般的に言われているジャンル」を「越えてくる」感覚というのがあると思っていて、たとえば過去RHCPが雑誌で取り上げられ出した時も「ミクスチャー」という言葉が使われない記事は皆無だった。けれど当時からmine-Dは「いや普通に『ロック』だろ」と思っていたし、実際に当時オルタナティヴと呼ばれていた音楽は、今ではラジオでかかるような「普通の」ロックとして市民権を得ている。バトルスの場合も、ポストロックとかジャンル分けなんてどうでもいいじゃん、これが「ロック」でいいんじゃないの?と思えてくるような訴求力を持っていると感じている。そこがこのバンドの最大の魅力であり、可能性ではないかと思っている。もちろん、彼らの音楽がどの程度「普通のロック」としての市民権を得るかは分からないけれど、少なくともmine-Dにそう思わせるだけの勢いが、今のバンドにはある。
15分押しくらいでライヴは始まった。チケットは全公演すぐにソールドアウトし、最終的に4日間で5公演、中日なしという招聘アーティストとしては異例なくらいの過密スケジュールをこなした彼らだった。メンバーが出てくると客が一気にヒートアップする。声援もたくさん飛ぶ。客の期待感、熱気がひしひしと伝わってくるようだ。生で見ていると、特にタイヨンダイとイアンが楽器を弾いている姿を見ているだけで面白い。ギターを担ぎ、キーボード、Mac Bookを目の前に並べて、時にギターとキーボードを同時に弾いたりする(ギターは左手だけで弦を押さえて弾く)。mine-Dなどが慣れ親しんだオーソドックスなロックのフォーマットからすると奇異に映ると言ってもいいステージングだが、大変興味深く見ることができた。しかしなんといってもこのバンドの屋台骨と言えるのはジョン・ステニアーのドラムだろう。強烈な一打一打を、一心不乱に苦しそうに叩き込む、修道僧のような彼の姿は、もはや一種のセルフ・トーチャー。苦しみに快楽を感じているのではないかと思えるほどだ。彼に限らずメンバーの動きは過剰なくらい激しく、一曲終わる度にゼェゼェと肩で息をするようなライヴは、今日なかなかお目にかかれないのではないか。かように、電気的で先進的かつ洗練された音楽性と、ライヴでの過剰な肉体性の落差が、このバンドのユニークなところではないかと思う。
「EP B」「EP C」「Tras」あたりと「Mirrored」を比べると、音楽的にかなりの変化を遂げていて、今までどのバンドも到達していない次元に一歩を踏み出しているのではないかと個人的には感じている。ので、ちょっと気が早いが次のアルバムを本当に楽しみに思っている。どれくらい「越えて」くれるのか、期待してしまうのだ。
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Show Reports
Red Hot Chili Peppers/2007年6月8日・京セラドーム

2002年のBTWツアー以来、間にロック・オデッセイ、フジロックなどを挟んだものの、単独公演としては実に5年ぶりになるRHCPライヴ。今回はついにドームでやるようになった。東京二日、大阪一日である。何度も書いているようにぼくは90年の初来日ライヴを見ていて、これまた何回も書いていていい加減うざいと思われている事請け合いだがその時の会場がミューズホールという写真のような小さなホールであったので、まさに隔日の感がある。まずこのバンドが多々の困難を乗り越えてここまで生きながらえたばかりか、バンドとして大きく成長してきた事、加えてぼくも色々あったにも関わらず、これまでなんとかファンをやめずに続けてこれた事を、単純に素晴らしいと思う。自分で言うのもなんだけれど。
単独での来日公演はとりあえず最低でも一回は見ている事になるのだが、2000年のCalifornicationツアーまでは一人でライヴに出かけて、一人で帰る事がほとんどだった。しかし、このサイトを始めたおかげで2002年のBy The Wayツアー、今回のStadium Arcadiumツアーとも、知り合いになることができた実にたくさんの人達と、ライヴ中も一緒に見たり、ライヴ後も打ち上げ等でお会いできるなど、とても充実したライヴ体験をさせてもらえる事になった。改めて、日頃お世話になっている方々にこの場で感謝したい。ありがとう。
当初3月に予定されていた公演だが、アンソニーが気管支肺炎に罹患してしまい、公演直前で急遽延期になってしまった。個人的な事になるが、父親が2006年の6月に癌の告知を受け、2007年年明けからホスピスに入院していて、3月の公演日あたりはいつ亡くなってもおかしくないというような状況だった。一時は参加する事をあきらめ、確保していたチケットも友人に譲ってしまったが、やはりどうしても見たいという気持ちが収まらず、急遽オークションでチケットを購入していた中での延期発表だった。急な延期発表で大変な思いをした人がいっぱいいるのだが、mine-Dとしてはおかげで気持ちにゆとりをもってライヴを見ることができたし、ライヴ後のオフ会にも参加できたので、ありがたい事だった。けっきょく父親は本来の来日日程真っ最中の3月21日に亡くなった。
さて、インターネットや各種デジタル・イクイップメントは日々進化しているようで、このところユーザ同士が協力してコンテンツを作りあげるような、CGM (Consumer Generated Media)と呼ばれるコミュニケーションの傾向が急速に強まっているように思う。4月に行われたオーストラリア公演の音源などは、公演日の2日後くらいには自分のiPodで聴くことができていたという状態で、倫理的な問題はともかく、ロック・ミュージックのファンにとって、ますますエキサイティングな時代になってきているのだという感を強くする。2ちゃんねるのRHCPスレにセットリストを丹念に投げてくれる人もいたし、海外メディアによって撮られたメンバーのプライベート写真も見られた。そういう経緯もあって、だいたいどんな曲をやるかは(サプライズも含めて)ある程度想像がつくし、悪評のアンソニーの髭も含めてメンバーの風貌も、ほぼリアルタイムで把握しているという状態だった。
しかし、実際始まってみるとやっぱり生のライヴは全然違う、やっぱりいいもんだと、改めて思わされたショウだった。開演前の薄暗い照明の感じとか、低いトーンでざわつく客席とか、小さい音量でかかっている色んなアーティストの音楽とか、客電消えた瞬間の高揚感とか、最初に一発腹の底にずしんと来るようなベース音の感じとか、会場の独特の匂いとか、照明とか…。5年間見ていなかったRHCPライヴをこうして目の前で見られた事を、心からうれしいと思った。
ドーム・クラスのバンドにふさわしく、セットも今まででいちばん金がかかっていただろう。ステージ後ろには巨大スクリーンが配置され、その前に四つ、小さめのスクリーンが並ぶ。ハンドカメラで4人の姿を撮影し、リアルタイムでスクリーンに映していく。そのままライヴDVDとしてリリースできるくらいのクォリティであり、ライティングあたりも含めて、この辺は本当にきちんと手間とお金とセンスをつぎ込んだという感じで好印象だった。
ただ、そうしたバンド周辺のアップグレード感とは裏腹に、メンバーの意識はあまりにも普通。ジョンとフリーが時々、申し訳程度に左右の袖に歩いてくる程度で、基本的には4人で小さく集まって、頭突き合わせて演奏するスタイルは昔のまんまだった。「スタジアムならではの演出」とかそういったものとは一切無縁で、本当に演奏スタイルだけに関して言えば、あきれてしまうくらい昔から変わっていない。
ジョンに関しては絶好調で、公私ともに充実しているんだろうなぁと感じさせる素晴らしいプレイだった。チャドはもともと素晴らしいのがさらに素晴らしく、余裕の存在感がさらに増していた印象を受けた。今回RHCPを初めて見る人も多かっただろうが、ライヴを見て初めてチャドの素晴らしさに気づいた人は多かったのではないだろうか。アンソニーはたまに調子の悪い時も見られたが、よくがんばっていたのではないかと思う(上から目線で申し訳ないが)。個人的にちょっと気になったのはフリーの動きが今ひとつのように感じられたことだ。2002年の公演では「ベース抱えたまま前方回転」をやっていたのをよく覚えているので、それに比べると大人しいと言わざるを得ない。名物のMCもいまひとつ元気がなかったように見受けられた。たまたま日本での調子が悪かったのかもしれないが。
総じて、「パーティーだ!クレイジーにぶっとぶぜ!」みたいな空気のライヴではなかった事は確かだ。けれどスクリーンに映し出される四人の顔は真剣そのもので、良い演奏をすることによって何かを伝えようとしている気持ちがひしひしと伝わってくるようだった。なんというか1曲1曲の重みが、いままでのライヴと比べても断然違うように感じられた。今のライヴはミューズホールの時のそれとは違ってあんまり動かないけれども、けっこういい歳をしたおっさんのバンドなので、昔みたいに有酸素運動量の激しいステージを毎回やっていたら体がもたないだろう(余談になるが、昔母乳あたりのステージを見て「こんな気違いみたいに動いてて、歳とったらどうするんだろう」と思ったのを覚えている)。しかし、そんなオールドファンのこだわりみたいなものがアホらしいと思えるほど、普通に演奏そのものを堪能できた。圧倒的にいいライヴだと思った。
ドーム公演が決まった時は、「椅子席だからなぁ」「ドームって音悪いんだろうなぁ」「にわかファンばかりだとイヤだなぁ」などとネガティヴな事ばかり考えていたのだが、見終えた今、そんな自分を「小さいなぁお前」と情けなく思う。バンド結成時の初期衝動を損なわずに、そのままドーム・クラスにまで成長できたRed Hot Chili Peppersというバンドを、改めて好きになったライヴだった。
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Show Reports
第56回NHK紅白歌合戦(2005年12月31日・NHKホール)
さあ今年もこの季節がやってきた。レッドホワイトミュージックバトルフェスティバル2005だ。このところ受信料不払い問題や不祥事が続発し、総務省からは「あり方そのものを問う」とまで言われているNHK。紅白は、その存在意義を世に問う絶好の機会であるとともに、評価次第では逆に信用失墜に拍車を掛けてしまう、諸刃の刃といえるだろう。NHK自体に改革の意志がなく、過去にやってきたことの繰り返しに終始するなら「NHKなんていらないかも」という国民の認識はさらに強まるだろう。
まずNHKの「改革」の意志のひとつとして、司会にみのもんたを起用したことは、それなりに評価に値するのではないか。正直「みのなんて食傷。ゲップ出そう」というオーディエンス(視聴者)は多いと思うが、実際見てみると「みのを起用して改めて分かったNHKの堅苦しさ」という側面が見て取れたように思う。かねてより「おれの好きにやる。NHKをぶっこわす」と気炎を上げていたみのを抑えつける意図があったのか、NHKは紅組の司会としてアナウンス室長の山根基世アナをぶつけてきた訳だが、とにかく二人のリズムがまったくかみ合わない。細かくツッコミを入れつつテンポよく進めていきたいみのと、悠久の歴史を感じさせるオーソドックスなNHK的スローテンポの山根。司会進行に関しては、微塵もアドリブの余裕がないシロウト仲間由紀恵・山本耕史の二人も含めて、最初から最後まで消化不良を起こされっぱなしだった。実力や功績ではなく、NHKへの貢献度などという妙な尺度で司会者選びをやる姿勢は根本的に改める必要があるだろう。
今回から紅白は「スキウタ」という方法でオーディエンスからの意見を聞く姿勢を見せた。投票結果がそのまま出場アーティスト/バンド選びに反映される訳ではないのだが、「曲選び」という視点からは大いに影響をもたらす結果となり、いわゆる「オーソドックス」な曲ばかりがプレイされた。しかし、こうした「曲ドリブン」な出場アーティスト/バンド選定をやってしまうと、毎年同じ曲ばかり聴かせられるという結果になってしまうおそれがある。現に「え、この人今年もこの曲歌うの?」と思ったオーディエンスもいただろう。いずれにせよ、出場アーティスト/バンドの選定に関しては、NHKはその選考過程、理由をもっともっとオープンにしていかなければならないだろう。透明性を確保できなかったり、説明責任を果たせない組織は淘汰される運命が待っている。
では、個々の出場アーティスト/バンドに目を向けてみたい。今年はなぜか定石を破り、トップに新人を持ってこなかった。
■細川たかし/北酒場 これがまさに今述べたスキウタ枠。確かに歌そのものはいいし、歌手の力量も問題ない。が、それだけ。
■川中美幸/二輪草 これもスキウタとのこと。うーん、曲知らないし、もうこの人も見飽きたし。
■鈴木亜美/Delightful ゴタゴタで揉めてた末に復活したらしい鈴木あみ。特にどうこうは言わないが、この曲って「今年ヒットした」んだろうか。おれはね、こんなおっさんですけど割とテレビは見るほうだし、同年代と比べたら新しい曲はわりかし知ってると自負していますよ。そのおれがですよ?紅白で「今初めて聴く歌」を聴かされるとね、きついものがある訳ですよ。演歌だったらしょうがないって思いますけどね。まあ、これはこの人に限った話じゃなくて。
■北山たけし/男の出船 ああ。誰かと思ってたけどオヤジの愛弟子なのか。オヤジ一門がバックで控えるなか熱唱、感極まって涙していた。や、もちろん歌もうまいし、感じもいいし悪くはない。しかしむちゃくちゃいい訳でもない。今どき「8年鞄持ちしていた」って言われても…。なんかそことなく氷川きよしを意識しているようにも思えたんだけど、向こうの方が圧倒的に才能あるし、華があるし、ちょっと若いし…。北山氏なんてすでに30越えてるもん。8年も下積みやってっからだよ。
■水森かおり/五能線 うーん…ホントに困っちゃう。いいとも悪いとも評価しようがない。
■w-inds./十六夜の月 えええええ。もうマジでホントになぜこんだけ毎年出てるのか理解できない。「年に一回だけ紅白で見る」なんて演歌歌手なみじゃね。「いや若い女の子には人気で」って言うなら「修二と彰」は?どう考えてもあっちの方が人気もあるしCDも売れてんでしょうが。KAT-TUNも嵐も関ジャニも適わないほどの人気グループなの?w-inds.は。マジ理解不能。なんかねぇ、ヴォーカルの歌唱力が地味に上がってるのがよけいに不気味だった。(でもこれ書いた後で調べたらオリコンでは常に上位にランクインしてるらしい。うーむ世の中分からん)
■坂本冬美/ふたりの大漁節 いい。年齢を重ねるほどよくなっていくと思わされるが、以前にも褒めたので省略。
■布施明/少年よ 最初引きで撮っている画見て「一人だけ派手な衣装の二人組ユニット」みたいに見えたんだけどアップで布施氏が歌い出したから「ん?」とか思っているとカメラが引いていって横に仮面ライダー響鬼が仁王立ちしてたんでその瞬間お茶吹いた。あそこは笑っていいところだったのか。歌うにつれデパート屋上のライダーショーみたくなってきて興ざめ。しかし歌はよかったし、布施氏の歌唱もさすがと思わされる。
■コブクロ/桜 こういう誰もが納得できるようなバンドを選んで出すのが紅白本来の仕事のはず。個人的に好きか嫌いかと問われれば嫌いな種類に入るが、曲のよさ、歌唱力、表現力どれをとっても素晴らしい。
■松浦亜弥&DEF.DIVA&モーニング娘。/気がつけば好きすぎて♪盛り上がって♪LOVEマシーン! これはひどい。DEF.DIVAって誰だよと思っていたら安倍なつみ、後藤真希、石川梨華といったモー娘。天下り組を吸収する第三セクターみたいな利権団体ではないですか。しまいにゃ昔のモー娘。メンバーまで出てきてLOVEマシーンって…なんでもありかよ。もうモー娘。本体の力が圧倒的に落ちていてどうしようもないからとりあえず手持ちの駒全部出しとけみたいなテキトー感漂いまくり。こういう出し方するなら最初から卒業だのなんだのさせねばいんでねの?もういっそのこと「ハロプローズ」って名前で全員メンバーにしとけや。来年からはそれで出なさい。あと、空気読まないヲタ客の「ミキティ!」とか叫んでる声カナシス。
■氣志團/One Night Carnival 氣志團は紅白での自分たちの立ち位置とか振る舞いとかいちばんよく理解していてそれをやるだけの実力もある素晴らしいバンドなのだが、残念だったのは曲が昨年と同じで、ショウの構成(ギャグ)も基本的には昨年そのままだったところ。これもスキウタの影響。ここはやはり違う曲・構成で楽しませてほしかった。
■BoA/抱きしめる まったく力の衰えないBoAさん。口パクでなく、きちんと歌っているのかどうかは微妙な感じだが、やはりあれだけ踊れて歌唱力もあって綺麗で…とくると「まいりました」と言うしかない。Hold you。
■ゴスペラーズ/ひとり これもですか。スキウタ。もちろんゴスペラーズはいいし、この楽曲自体も確かに素晴らしいのだが、こう「数年前によく聴いた曲」ばかり連発されるとどうもなぁ。違う曲聴きたかった。
■長山洋子/芭蕉布 またいつもの濃厚演歌で来るかと思いきや、沖縄ソングを。60年代にヒットした曲とのこと。三線で夏川りみがバックを務めると共に、長山自身も三線の弾き語りというスタイル。衣装の良さも相まって、楽しめた。
■森山直太朗/風花 そうだよ。NHK朝ドラの主題歌とはいえ、今年そこそこヒットした曲を、実力のあるアーティストが披露する…これが理想じゃないですかNHK。しかしこのステージは、なにか森山のヴォーカルが二重に聞こえてちょっと違和感があった。意図は不明だがテープの声にかぶせて歌っていたのかもしれない。
■藤あや子/むらさき雨情 この曲もスキウタらしいのだが、正直知らない。特にコメントするほどのこともなし。
■美川憲一/愛の讃歌 はいスキウター。まあ全然知らない曲聴かされるよりはいいけど、ここへ来てオカマの原点回帰!みたいな事になっちゃってるなぁ。まあ、曲も歌もいいのはいいんですけど。
■倉木麻衣/Love, Day After Tomorrow はいはいスキウタ行くよー。んー、だからねー、こういうちょっと前に中途半端に流行ったような曲で来られるのがいちばん萎える気がするのね。誰もが知ってる名曲って訳でもねーしさ。
■前川清/夜霧よ今夜も有難う まだまだスキウタ。まあ、ここまで年月を経た名曲を実力のあるシンガーが歌うなら、まだスキウタ企画も許せるかも。
■島谷ひとみ/亜麻色の髪の乙女 ダメ。これもさっき倉木で述べた「ちょっと前に中途半端に流行ったような曲」まんまね。今聴きたいかって言われたら全然。島谷自身も、相変わらず何年か前に述べたような「安物感」漂いまくり。この人のCDってどういう人が買ってるんだろう?
■平原綾香/明日 これはいい。ハープとコントラバスのみによる演奏。この人の実力はいまさらどうこう言わずとも…という感じだが、やはりこの表現力は凄い。ただ視野は230°ある。
■鳥羽一郎・山川豊/海の匂いのお母さん 演歌歌手の凄いところはガチだから。この兄弟にしてもそう。思いっきりベタなんだが、こういう攻め方をされるともう完全に感情移入してしまう。ご母堂と漁船の上でのスリーショット写真なんか映された日にはもう…泣ける。
■香西かおり/無言坂 これもスキウタらしいですが、いまいちピンと来ない。曲知らないし。ごめんね。
■スキマスイッチ/全力少年 このユニットは才能あるのが分かるし、(この曲に限らず)曲作りもうまいし、まあOKでしょう。関係ないんだが、今年って平井堅が出てないんだね。これも理解不能。平井を出さずにw-inds.を出すNHK。
■伊藤由奈/ENDLESS STORY この人全然知らなかったんだけど、映画「NANA」に出ていた人だったのか。で、いきなりスキウタなっちゃってますけど、まあ聞き覚えはある。歌唱力あるし綺麗だしハーフだし、いいんではないでしょうか。来年出てるかどうかは微妙だけど。
■TOKIO/明日を目指して! まあTOKIOも「なんで毎年出てんだ」とさんざん言われながら(おれに)ようやく実力が追いついてきたってところですかね。曲も自作だとかで、けっこういいんではないでしょうか。しかしロックを意識したファッションが今どきグランジ(それも中途半端な)辺りで止まっちゃってるのがBAD。
■CHEMISTRY/almost in love まあこのユニットは相変わらず。年末に聴くにはぴったり。
■大塚愛/プラネタリウム しっとりバラードも歌えまっせーという感じで、舞台演出も相まって非常に素晴らしいパフォームではなかったか。
ここで、戦後60周年という事もあり、山梨県の美術館にてパイプオルガンをバックに吉永小百合による原爆詩朗読というイベントが挿入される。もう20年続けておられるそうだ。聴く者の心をわしづかみにするようなポエトリー・リーディングの後、そのままの流れで
■さだまさし/広島の空へ。さだがこの曲で見せるようなストーリーの組み立て方、構成は実にうまいし、もっともさだが得意とするところなのだが、原爆のように重いテーマを、これだけそつなくメッセージ・ソングとして消化されてしまう事に、若干抵抗を覚える気持ちもある。
■森山良子・森山直太朗/さとうきび畑 申し訳ないが森山良子が歌っているのを見ると、あの名前は知らないけどよくモノマネしている女性タレントの顔が浮かんできて、どうしても笑ってしまう。紅白ならではの親子共演という事で、直太朗氏のコーラスは実によかった。
ニュースによる中断を挟んで、ここで「スキウタ1位曲」という事でSMAPが「世界にひとつだけの花」を歌う。リアルタイムで見ていた時はちょうど風呂から上がった時で、「なんだ今年SMAP出番早いな」と思ってしまった。なんだかなぁ。はっきり言っていらなかったでしょ、このコーナー。
その後中間発表が行われる。なにやらケータイ審査やらデジタル審査員とやら言ってますが、あれはどういう基準で選ばれているんですかね。NHKとしちゃ(民放もだけど)大して魅力のないデジタル放送の印象をなんとかアップさせようと、こういう優遇策を打ち出してきているのだろうが、紅白に投票できますよ言われてもあんまりうれしかねーわな、地上波デジタル。全然魅力を感じない。それよりネットに映像そのまま流してくれよー。放送とネットの融合してくれよー。
■倖田來未/倖田來未 スペシャルバージョン なんだよ曲名が「倖田來未 スペシャルバージョン」って。もうなんでもありやん。曲名発表しなくてもいいのでは。エロイエロイと評判との事で前川清、布施明、堀内孝雄の3名がそつなくスケベオヤジキャラを演じる。この辺りはなんとも懐かしいようなNHKテイスト。倖田のエロ度自体はNHKって事もありたいしたことはない。あ、えー、アーティストとしては…ま、あんなもんじゃないですか。
■D-51/NO MORE CRY もう紅白で、その年に流行ったものは他局のドラマでもなんでも吸収してしまう傾向は今に始まった事ではないが日テレ「ごくせん」絡み。ヤンクミも小池徹平も出てるしちょうどいいやってことで。D-51も沖縄出身というのは知らなかった。この曲の出来はいいと思うし、今後のヒット次第だがこのユニット自体も期待できる。いい。
■浜崎あゆみ/fairyland もういいです。
■氷川きよし/面影の都 ある一定以上の女性の間では圧倒的なまでに不動の人気を確立している氷川氏。ちょっと振りつけに懲りすぎというかやりすぎ感がなきにしもあらずだが、相変わらず歌唱力、表現力、キャラどれをとっても素晴らしい。
■ゴリエ/Pecori Night ゴリエさあ、お笑いだから自分の仕事きっちりやろうって意気込みは分かるんだけどちょっと色んなところで前に出すぎね。でもってあんた歌ってないっしょ。CDでさえ歌ってないっしょ。まあさ、チアリーディング自体は壮観でよかったわよ、人数いっぱいいたし。でもこれってなんか紅白の方向性として間違ってなくない?CXのマークとかNHKの人文字とか、どうでもいいのよあーゆーギャグは。ああいうのやって受けたのはとんねるずの時代までよ?
■WaT/僕のキモチ 応援に出ていた南海キャンディーズしずちゃんのボケを誰も拾ってあげる余裕がなくて悲しかった。ほんまいっぱいいっぱいなんやね…。でもってカメラコードの取り回しトチって二人のマイクスタンドをなぎ倒すハプニングが。まあカメアシはその後小指詰めさせられたらしいですけど、なんかそういうトラブルさえ「トラブルにもめげずさわやかに熱唱(小池徹平が)」みたいにいい方向にいい方向に作用してしまうところがなんかいけすかないわぁ。
ここで、審査員森光子氏を舞台に上げて「タイムスリップ60年 昭和・平成ALWAYS」という企画が。まあありがちなのだが、最初森光子の話を聞いている時の仲間の受け答えのあまりの平板さに辟易。もうなんでNHKは進行に関してはどうしようもないシロウトを、わざわざ司会に使うのかと改めて萎えた。まあ仲間にしろ山本にしろ最初から最後まで「いっぱいいっぱい」なのは分かるんだけど。
■小林幸子/越後絶唱 この人の衣装に関しては、もう規模拡大の点では限界に達していると思う。あとは本人自身が巨大化するなり、幸子ゴーストを100人くらい出してホールを埋めて合唱するなり、新たな方向性を見いだしてほしい。
■T.M.Revolution/WHITE BREATH なんで今頃出てんだろと思ったらこれもスキウタなの?えー。まあいいけどさ。別に聴きたい曲とは思わんが、ダースベーダーとか出てきたしクレーンとか使って派手だったのでまあよし。
■一青窈/ハナミズキ パイプオルガンを使ったアレンジが実に印象的。こういう歌ならスキウタで上位入りました、だから歌いますっていわれても納得するのですよ。いい。
■グループ魂/君にジュースを買ってあげる 最悪。これはアレですな「貧乏な米米クラブ」。衣装も面子も笑いも音楽性も、どうしようもないほどレベルの低い米米クラブ。これを出して平井堅を出さないNHK。SMAPに提供していた曲もだけど、クドカンの歌詞は最悪につまらないね。「なんかこういうのが今風の歌詞なのかなぁ…」ってみんなよく分からないくせに分かったふりしてるだけ。秋本康以下と言っていい。もうヴォーカルのヤツのキャラ作りとか、中途半端な振り付けとか、訳の分からない「NHKでここまでやっちゃったよ」的自己満足客いじり(琴欧州)とか、ほんとすべてがどうでもいい。つまらない。
■aiko/スター あ、aikoさんがジーパンを履いていない!ワンピース姿を見たのは個人的には初めてだ。できれば「キラキラ」を歌ってほしかったが、しっとりしたバラードもよいと思わされた。相変わらずいい。
■山崎まさよし/One more time, One more chance 出すのが遅すぎるだろNHK。毎年出ていてもおかしくないはず。山ほどヒット曲を持っているのだから選曲も大変だろう。いまさらここで言うまでもなく素晴らしい。来年以降も出場させることを強く希望。
■ポルノグラフィティ/ジョバイロ 最初の頃はメンバー自身「一発屋ですから」みたいなことを言っていたような記憶があるが、気がつけばすっかり大物バンドとして認知されているポルノ。割とベタでロックというより思いっきり歌謡曲なのだが、やっぱり曲作りが圧倒的にうまい事と、ヴォーカルの表現力が決定的。実力十分といったところか。
■石川さゆり/天城越え これもスキウタです。やっぱり素晴らしい石川さん。この曲なら毎年聴いてもいいさ。
■森進一/おふくろさん これ以上はないというくらいのスタンダード・ナンバーで登場。やはりスキウタ。このパフォーマンスは素晴らしかった。が、どうにもこうスタンダード曲ばかりでは萎え気味。
■AI/Story あ、この曲知ってるー。程度の知識しかなくて数日前にやっていたMUSIC STATIONのスペシャルで見て初めて意識したのだが、いやすごいいいじゃないですか。なんかもう貫禄って感じね。関係ないがMUSIC STATIONのスペシャルって演歌系を除いた実質的な紅白になっている気が。ここ数年特に。しかし実力あるR&Bシンガーって帰国子女ばかりって感じですな、最近。
■アリス/アリス プレミアム 2005 だからそういう曲名やめろってば。なんだよ「プレミアム」って。なんでこの時期に出るのか意味不明だし、スキウタ絡みでもないし。白状しますが中学時代はアリスのコピーバンド作って学祭出たさ。歌ったさ。しかしこんな中途半端なリユニオンなんぞ見たくねえし(数年前にも出てたじゃん)。
■夏川りみ/涙そうそう 4年連続同じ曲で出場とのこと。確かにこれだけのクォリティの高い楽曲はなかなか出ないだろうし、夏川の歌唱力も素晴らしいから、毎年大晦日にこの歌聴くのは悪くない。
■Def Tech/My Way ものすごく売れたらしいんだけど、全然知らなかった。いやー、あー、いいとは思います。ライムも曲も。けど、正直爆売れするほどかと言われるとちょっと…なので、もうホントにジェネレーションギャップやね。おっちゃんついていけんわ、もう。それにしてもライム詰め込みすぎで歌詞テロップ読むの大変。映像処理は素晴らしく凝っていて壮観だった。こういうところはきちんと評価してやらんといかんNHKに対して。
■松任谷由実 with Friends Of Love The Earth/Smile again 上海からの中継。和服姿のユーミンにおれはよく知らないエイジアン系の歌手の方々。二胡ってんですか、あの女子十二楽坊も弾いている楽器。あれがバックに流れていてユーミンやチャイニーズシンガーが歌いますこれが日中文化交流と言われたら「はあ、そういうものですか」と言うしかない。なんかイージーじゃねーですかね。
■DREAMS COME TRUE/何度でも 〜紅白スペシャルバージョン〜 先述のMUSIC STATIONスペでも歌っていたこの曲。この日の出演アーティストの中で個人的にはベストアクトではないかと思うくらい、気持ちのこもったプレイで、しっかりエンターテインしてくれた。グー。
■五木ひろし/ふりむけば日本海 大御所登場。特にどうのという事はない。やはりこの人の歌も大晦日には聴いておかなくては。
■渡辺美里/My Revolution スキウタ制度のせいでこの人が出られたのなら、ちょっとは意義があったかも。それにしても10年、いや20年出るのが遅すぎた。スナックのママさんみたいになってしまっておられるではないですか。スパッツとかはいてそうな。でもま、確かにこの曲はいいやね。小室。最近なにやってんの。
■m-flo loves Akiko Wada/HEY! m-floは名前くらいしか知らないんだけど、だいたい予想していた通り、グッド。ソウル、R&Bシンガーとしての和田アキ子の魅力をきちんと理解している。これだよこういうのやってほしかったんだよアッコ様には。かっけー。なんか音作り的に昔のDeee Lightを思い出した。
■中島美嘉/雪の華 映画NANAの曲もあったはずだが、やはりスキウタということでこの曲。髪型変えてもこわいよーママー。この人がトークで普通に笑ってるの見ると逆に違和感あるくらい。歌唱、表現力はさすが。
■北島三郎/風雪ながれ旅 おやじぃぃぃ!カッコいいぜ。登場シーンではついつい膝に手をやり、中腰の姿勢で迎えてしまう「ご苦労様です!」。もうホントオヤジは目下のものにもきちんと礼節を持って接してくれるし、懐深いし、人間できてる。俺は心から尊敬してるしマイミク申請したいと思ってる。
■天童よしみ/川の流れのように おお。最後にこの曲持ってきますか。でもって歌うのはこの人しかおらんでしょうな。堂々としてますな。色んな意味で。素晴らしいですな。バックに美空ひばりの映像が。おれがちっちゃい頃には「NHKはひばりの天敵」だなんだ言われて(弟かとう哲也氏の不祥事、ヤクザとの関係などでずっと出られなかった)、もうNHKではひばりの名前出すのもタブーって感じだったのにねぇ。昔の紅白で「都はるみ」と言おうとして「みそら…」と言っちゃったアナがいて大騒ぎになった事もあるんだが君たち知ってるかね。
■SMAP/Triangle メッセージ・ソングをやりたいって気持ちは伝わってくるんだけど、やっぱりSMAPだからね。ぐわーっと盛り上がった気持ちががくりというか、実質前の曲で紅白は終わりくらいに思っちゃう。大晦日最後にあのショボい歌唱を聴いて年を終わらなければならないなんて。
以上ですべてのパフォーマンスは終わり。審査結果発表という段なのだが、先述したようにケータイ審査やらデジタル放送審査やら色々に合わせて会場審査員の点数も集計される。少し前は紅か白の玉を雨樋みたいなのにころがして集計していたような気もするが、今年はなんか白もしくは紅の看板?みたいなのみんなで掲げてる。で、それをどう集計するのかっていうと「コンピュータで集計してますので…」みたいなこと抜かしやがる訳だが、これが時間かかる。てゆかそれ看板の数をどうやってコンピュータで集計すんの?もちろんよく「いいとも」で使ってるような押しボタンを全席に用意しとけば一瞬で集計しちゃえるんだけど、それだと見た目にしょぼいってんでこういう方式にしたんだけど、アホみたいね。アナログなんかデジタルなんかはっきりしていただきたい。つか「野鳥の会」に数えさせた方が絶対早いんだってけっきょくの話。
という訳で最後に「蛍の光」を合唱で終わり。お疲れさん。おれも疲れた。もう紅白レビューはこれで最後にしようと思う。
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Show Reports
第54回NHK紅白歌合戦(2003年12月31日・NHKホール)
ボブ・サップと曙が戦おうが猪木がボンバイエろうが、やはり見てしまうのである紅白歌合戦。1年の締めくくりとして、うだうだ文句言いつつも酒飲みながら見る紅白。これぞ正しい日本人の年越しの姿と言えるだろう。
さて、本来ならば今年1年の歌謡界(色んなフィールドを含めて)の動向を正しく反映しており、「ああ、こういう歌に囲まれて今年1年生きてきたよなぁ」と思わせてくれるのが紅白歌合戦の本来の在り方だとは思うのだが、ここで改めて記すまでもなく番組は本来の姿にはあらず、種々様々な力によって形成されたそのいびつな性格をあらわにする。もちろん、「万人を納得させられる」ような番組作りなど不可能だと言えるし、逆に言えばそうした「いびつさ」を斜に構えながら観察する事こそ、紅白を楽しむ上での最高の醍醐味ではないかとも思う。
とはいえ、やはり視聴者に対して歌そのものが持つ魅力を伝えようとする姿勢も、「紅白歌合戦」という番組が持つよい側面であると思うし、そうであるからこそ毎年見てしまうのだと言える。紅白というのはなにかこう、他の用事をしながら聞き流すような見方ではなく、「さあ大掃除も終わった、おせちの用意もOK、じっくり見たろうかい」という見られ方をする性格の番組だと思うし、そこでは歌そのもののよさや歌い手の丸裸の実力が問われる事になるのだ。今回は特にこの点にポイントを置いて、全体を眺めていきたいと思う。
各アーティストのレヴューに入る前に、まず司会者に触れておきたい。ここ数年の傾向として無難にNHKアナウンサーで占められている(総合=武内 陶子、紅=有働 由美子、膳場 貴子。白=阿部 渉、高山 哲哉)。この面々がどうにもいただけない。普段NHKしか見ていないというじいちゃんばあちゃんならいざ知らず、若い人ならこの人達の名前さえ知らないのではないか。実際、ぼくもかろうじて有働アナの名前を知っていた程度だ(実は有働、阿部両アナは3年連続司会なのだが、ほとんど印象に残っていない)。何年か前のクボジュン(久保純子アナ)ほどに華のあるキャラならまだしも、こう言っては何だが日々の心労やらストレスやらが知らず知らず目尻の辺りに出てしまっているようなおばさん連中(最年少で膳場アナの28歳)や、NHK小役人的根性がすっかり体に染みついている阿部アナ、ジジババの望む「元気のいい若い人」像を具現化したような、やたら元気と積極性だけが前に出てくる高山アナ…こういうのばかりでは見る方も萎えてしまう。この辺り、NHKは一度ちゃんと考えてみたまえ。
それでは各アーティストのレヴューに行ってみよう。今回はなんと全曲レヴューだまいったか。しかしあくまでパロディとはいえ「レヴュー」と呼ぶのもおこがましいような好き勝手な感想になってしまっている。仮にぼくと一緒にテレビを見てたら横でこういう事をぶつぶつ言うんだなぁと思って読んでいただければ幸いである。ファンの方はあまり悪く思われないよう。
■BoA/DOUBLE 普通にかわいい、歌うまい、踊りうまいで楽しめる。が、どうこう言うほど印象の残る歌ではない。「歌謡曲」としてはそこそこの出来か。
■w-inds./Long Road そこそこ歌唱力はあるのだが、声が細過ぎる。おっさんから見るとやはりなんというか圧倒的に印象が薄い。すぐに忘れてしまうだろう。てか出場2回目?マジで?
■後藤真希/オリビアを聴きながら なぜ「オリビアを聴きながら」なのかという問いには「モーニング娘。のオーディションで歌った曲」だという説明が。しかしこの人、普段カラオケなどでもこの曲を歌う事はないと別の番組で話していた。なんでやねん。誰が決めてん。意味ないやんけ。1番手で「原色GAL 派手に行くべ! 」あたりを歌っていた方がずっとインパクトがあったのではないかと思う。おっと、まるでハロプロヲタみたいな分析になっているではないか。いかんいかん。いずれにせよこういうしっとりした歌を歌うと、どうしても実力不足が露呈してしまって本人にとっても得策ではないと思うのだが。
■175R/空に唄えば
腐るほど蔓延しているモンゴル800系列(古くはブルーハーツまで遡れる)の音で、正直この手の音の氾濫には飽き飽き。本人達はがんばっているんだろうし、そこそこ力も入っているのだが、普通に見ているおっさんからすると本当にどうでもいい。来年は出ていないに5000モナー。
■愛内里菜/FULL JUMP
「ちょー聞いてぇやー。あいつどっか知らん女にメール打っとってんでめっちゃ腹立つと思わへん?うちに隠れてー。めちゃムカつくっちゅーねんどう思う?なぁ」などと深夜のファミレスでしゃべっていそうな人。やたら前向きな姿勢だけは伝わってくるが、正直ウザイ。
■EXILE/Choo Choo TRAIN
なんかメンバー見た目汚い。もうちょっとこざっぱりとしたカッコはできないものか。この原曲が流行った時も好きになれなかったが、改めて嫌いになった。それにしても途中から出てきた子供ダンサーズのダンス。その異様なうまさが気持ち悪かった。
さて、紅白と言えば毎年なにかしらテーマを決め、それに沿って歌手の歌を配置する癖があるのだが、ここで石坂浩二の曲紹介による「日本のよさを改めて見直す」的なコーナーへ。各地の地名にからんだ歌を並べる。なんとなくこのコーナーに括られた歌手は扱いが低いような気が。
■長山洋子/じょんから女節 オヤジ臭くて申し訳ないのだが、ますますチーママっぷりに磨きのかかってきたこの人は好き。やややつれて皺が目立ってきたようにも思うが。ほんの二日ほど前には「ザ・ベストテン」の特番で「ヴィーナス」を歌って意外なイメージを見せたりして、ますます魅力倍増。どや、わしがマンション買うたろか?マンション。■山本譲二/みちのくひとり旅 「正直この歌しかありませーん」状態のこの人。まあ、一年に一度この歌を聴くのも悪くはないだろう。
■水森かおり/鳥取砂丘 毎年みんな思う、「なんで出てるの?てか誰?」パターンの演歌の人。申し訳ないが顔、年齢ともに華がなくしょぼい。
■山川 豊/函館本線 この人も代表曲がないまま、なんとなく出ている印象。スタイルのつもりなのかもしれないが歌い方に癖がありすぎる。「北へ〜帰りましゅ〜」「函館〜ほんすぇぃん〜」と聞こえてしまって耳につく。
■香西かおり/無言坂 愛嬌のある顔、一歩引いた存在感…。この人の印象はいい。ここで客席からの「オヤジ声援」が飛ぶ。この、演歌歌手に対するオヤジ声援こそが紅白の特色で、「ああ、紅白見てるなぁ」という気分にさせてくれる重要な要素なのだ。
■前川 清/東京砂漠 絶対髪染めてるよなぁ、この人。いくつなんだろ?歌声はさすがにいいし、この歌も悪くない。
ここまでで「日本の旅情コーナー」は終わり。
■モーニング娘。/Go Girl〜恋のヴィクトリー〜 激しいメンバーの入れ替わりを経てさすがに一時のような勢いはなくなったが、相変わらずいいものを見せてくれるモー娘。このところ曲に恵まれていなかったように思うが、この曲はモー娘。本来の持ち味がよく出ているように感じられた。が、あまりに完成されすぎていてほとんど口パクで歌っているのでは?と思ってしまうのも事実。■Gackt/Last Song 客席中央に設置された、かなり高さのあるサブステージで歌う。この人はタレントとしてはそれなりに面白い立ち位置にいると思うのだが、歌手としては何を表現したいのかさっぱり分からないし、歌も「いい」と思った事はない。まあ好みの問題と言ってしまえばそれまでだが。
■松浦亜弥/ね〜え? 出た。この人は面白いなぁ。なんか小林幸子のような「あざとさ」があるんだよなぁ。きょうびあまり見られなくなったオールドタイプのアイドルなのだが、おそらくこの人は物心ついた頃から無意識に自己演出をやってきたのだろう。「どの角度からの顔がかわいいか」「どういった表情が愛くるしいか」といった事を、ものすごく自然に訓練してきているんだと思う。もちろん、タレント目指すような人はそういう要素がなければダメなのだが、この人の場合はその徹底加減が桁外れにものすごいのだと思う。素直にすごいと思う。でも、きっと心の中はからっぽなんだよ。それが本当のアイドル。
■布施 明/君は薔薇より美しい 前にも書いたのだが母親がファンだったのだが、若いなぁ。いくつだよ。「シクラメン」とこの歌くらいしか知らないけどがんばっている。「ベストテン」の特番にも出ていたが、なぜ年末の数日間に集中してテレビに出るのか。豆知識。この曲を作曲したのはミッキー吉野(元ゴダイゴ)。
■鳥羽一郎/兄弟船 この人も「この歌だけだよ文句あっか」って感じの人だなぁ。歌世界のドラマに感情移入できるとすばらしくよい。ところでこの、「鳥羽一郎の後ろで大漁旗を振る」役目はこのところずっとTOKIOに決まっているようだが、面白みがない。今年で言えばGacktとか長渕剛辺りにやらせる思い切りのある演出が欲しかったのだが。
■神野美伽/浮雲ふたり オーソドックスで悪くはない。その分面白みもあまりない。
■堀内孝雄/河 この人も毎年出てるなぁ。味があって悪くないのだが、あまり知った歌もないので面白くない。
■石原詢子/ふたり傘 ああ、ダメだ。特徴がなさすぎる。
■伊藤多喜雄/TAKIOのソーラン節 意外とよかったんだこれが。この人は全然知らなかったんだけど、この「ソーラン節」は確かに全国の小学校や幼稚園で踊っている(「キッズソーラン」という名前だったと思うが)。うちの子供もみんな知っていた。なんつーか血が騒ぐな。いい。ただしこの人、顔が整形に失敗したようなものすごい事になっていてそれだけは気になってしょうがなかったが。
■綾戸智絵/テネシーワルツ カッコいいおばちゃんのジャズ。ところでこの曲はみんな知ってると思うのだが、歌詞を知ったのは初めてだったので興味深かった。
I was dancin' with my darlin' to the Tennessee Waltz「テネシーワルツ」に合わせて恋人と踊っているところへ友達が来て、紹介したらそいつに恋人盗られちゃった、という歌だったのだ。なんか杏里の「悲しみが止まらない」を思い出した。「あなたに彼女〜 会わせた事を…」
When an old friend I happened to see
I introduced her to my loved one
And while they were dancin'
My friend stole my sweetheart from me.
■華原朋美 w/コロッケ/ありがとね! トモちゃんはがんばってくれればいいと思うのだが、こんな誰も知らない歌で紅白に出てもらっても…。しかもコロッケて。w/コロッケて。なんかすんげぇ安物感漂うコンビだなぁ。盛り下がる。
■谷村新司/いい日旅立ち・西へ 皺増えたなぁ。このまま年を経る毎に風船がしぼむみたいにしぼんで行くのかもしれない。歌声はさすがに衰えがない。ただ、この「続編」歌を今作って歌う意義があまり見いだせないってのはある。
■ZONE/secret base 〜君がくれたもの〜 誰ぞが脱退するようで「今夜最後の演奏」らしいが正直どうでもいい。今年は全然テレビで見なかったし曲も聴かなかったなぁ。
■さだまさし/たいせつなひと この人も定番だなぁ。年に一度くらいは歌を聴いてもいいかなぁ程度。
■女子十二楽坊・錦織 健/自由そして荒城の月 女子十二楽坊って、なんか「高級チャイニーズパブのコンパニオン」って感じな。「癒し系」がどうの言ってもけっきょくは「あの人はきれい、この人はイマイチ」といった見方しかできない。だからコンパニオン。右から4番目の人がいい(だから何列目だよ!)。錦織というので少年隊ニッキが出てきて独唱?かと思ったらオペラ歌手か。そりゃうまいけど、これなら紅白じゃなくて「オペラ歌手の歌う、日本の名歌」って企画で番組作った方がずっと「素晴らしい日本」を実感できたんじゃない?
ここでゲスト審査員の武田 真治に女子アナの一人がインタヴュー。アナ「武田さんはサックスを」武田「はい」アナ「(紅白に)出て演奏してみたいと思われますか?」武田「はい」といったやりとりの後、そのアナは「その時はぜひ紅組でお願いします」と、よく分からない事を抜かしていた。確率的には白だろうよ、普通。武田は「…?…?」といった感じでボケをかましていたのに、まったく拾ってもらえなくてかわいそう。てかこのやりとり変。
■安室奈美恵/SO CRAZY ああ。なんかもう、ただ淡々とやってます、ええ、仕事ですからとでも言いたげな覇気のないアムロ。あ、ごめんなさいおばあちゃんに預かってもらってる子供迎えに行きますんでこれで、とか言い出しそう。悲しい。思うにアムロや、BoAなどもそうだと思うがやっている音楽やダンスは、もろにアメリカの現代R&B…特にフィーメールブラックアーティストまんまで、本人達が好きなのは分かるしそれなりにセンスもあると思うのだが、あくまでこうした音楽にこだわり続ける限りどこまで行っても「本物」は越えられない。アムロのように「歌謡曲」を否定してストイックにブラックミュージック(とダンス)を追求するアーティストは、なおさら行き止まり感が強い。人ごとながらこれから先どうすんだろ?と心配になってくる。■森 進一/狼たちの遠吠え 昔のヒット曲を毎年繰り返し歌うしかないような歌手とは違い、色々な試みができる森進一はすばらしい。この曲は長渕剛が書いたものらしく、長渕本人によるギターとハーモニカの共演あり。まあいかにも長渕が書きそうな男臭い歌ではあるが、なかなかよいのではないか。森の歌唱はさすがという他ない。OK。
■森山直太朗/さくら(独唱) 冒頭に書いた「歌そのもののよさ」あるいは「歌手の丸裸の実力」というのは、この歌で強く感じる事になった。何度も何度も繰り返し口ずさまれる事に耐えうるだけの力があるのだと思う、この曲には。作曲もこなす森山Jr.は、その歌唱力、キャラの面白さも相まってめったに出ない逸材だと言えるだろう。
■浜崎あゆみ/No way to say で、逆に何かをしながら聴いたりどこかの店のBGMとして流れているのではなく、じっくり腰を据えて聴くと改めてひどいと思わされるのがこの人。やはり圧倒的に歌唱力が不足しているのだ。発声からやり直した方が…というか歌手やめた方が…おっとファンの方ごめんなさい。だってフォローしようにもNo way to say。
■ゆず/夏色など… 単独でドームクラスの公演をやるくらいのアーティストだと思うが、「原点に帰る」という意味で路上ライヴ。「とりあえず出しとかないとまずいか」みたいな判断があった故のメドレーか。まあ普段からよく聞く歌ばかりなので改めてどうという事はないが、まったりしていてよかった。というかベストテンの中継みたい。
■一青 窈/もらい泣き 若いのかおばさんなのか、キレイなのかブサイクなのかよく分からない一青窈。でも歌はいい。少々聞き飽きたが。
ここで、新しい大河ドラマで主役を務める香取慎吾その他があらわれ、白組の応援を。「〜でござる!」口調の香取にデジャブを覚えたと思ったら、それ「忍者ハットリくん」のキャラそのままじゃねーかよ!「尊皇攘夷でござる!ニンニン」とか言うのかよ。意味わかんねーよ。
■TOKIO/AMBITIOUS JAPAN! リードヴォーカル以外の歌唱力には大いに難ありなのだが、曲そのものがいいので救われている。今までTOKIOが歌った歌の中ではいちばんよかった。しかし、この曲も谷村の「いい日旅立ち」もJRのCMソングだし、「函館本線」「みちのくひとり旅」「新大阪」と来て、まるでJRが紅白の裏スポンサーのように思えてくる(ますだおかだのネタ拝借)。■aiko/えりあし 「視野が280度ある」と言われている(ぼくが言っている)aikoさん。この日は衣装のせいかやけに「かわいい」とか思ってしまった。ねっとりとした歌声は相変わらずよい。昔で言うと小坂明子っぽい声あるいはイルカ。しかし関係ないけど「イルカ」ってすごい芸名だよな、改めて見ると。
■はなわ・テツandトモ/佐賀県なんでだろう〜スペシャル合体バージョン〜 これは全然期待してなかったのだが意外によかった。はなわはカッコだけでなくなかなかパンクだと思った。モッシュとかしろよ客。「佐賀に初めてできた牛丼屋、オレンジの看板、だけど名前が『吉田家』」というネタ、普通NHKでこの手の話はタブーなのだが「吉野家」という名前を出さない事によって通ったという面白い例。だけど本当は実在するらしいよ。いいのかNHK、実名出して。テツandトモは500回くらい聞いた「昆布が海の中で出汁が出ないの〜」といったマンネリネタはつまらないが、紅白ネタはけっこう面白かった。その他大勢(「爆笑オンエアバトル」絡み)に混じって地味に出演させられていた「ますだおかだ」が少し悲しかった。M-1グランプリとか取ってるのに。
■Every Little Thing/またあした 出演が定番化してきた感のあるこの人達。まあそれなりにいい、という程度。
■CHEMISTRY/YOUR NAME NEVER GONE CHEMISTRYも同じく。なんかこの人達は「実在感覚」が薄いなぁ。意識がどこか遠くの世界へ飛んでるんじゃないか?
■島谷ひとみ/元気を出して 竹内まりやのカヴァー。なんか味気ないなぁ。この人はキレイだし、歌も下手ではないのに、すごく安物感が漂ってるんだよな。アレンジのせいかな。
■美川憲一/さそり座の女2003 飽きた。
■小林幸子/孔雀 飽きた。
■平井 堅/見上げてごらん夜の星を 今、坂本九を引っ張り出してくる意味はよく分からないが、悪くはない。映像で坂本九が出演。昔U2がルー・リードと同じ事をやっていたのを思い出した(ルー・リードは亡くなっていないが)。平井は歌唱力も表現力もすばらしいのだが、こうした共演は本人にとって得にならないのではないかと思った。坂本九という圧倒的な才能を持つヴォーカリストのすばらしさにばかり目を奪われてしまうからだ。
■藤あや子/曼珠沙華 山口百恵のカヴァーらしいが元の歌をまったく覚えていない。藤あや子自身はまあまあといったところか。
■中島美嘉/雪の華 なにかいつも思いつめているような中島さん。大丈夫ですかそのまま手首とか切らないでくださいね。大晦日に聴くにはぴったりの曲。割といい。
■ゴスペラーズ/新大阪 違う。歌詞をじっくり聴いたがこんなの「新大阪」じゃない。
ホームで手を振る君の姿を 見つめながらとか、こういうのでないと。
涙でにじむ ワシントンホテル
方位磁石も狂う 西中島南方
地下鉄御堂筋線への 乗り換えは遠いから〜
■坂本冬美/あばれ太鼓 ソフトクリームを後頭部に突き刺したような髪型で登場の坂本さん。父上を事故で亡くした事や自身の病気のせいで舞台に立つ自信がなくなり、1年近く休業していた…というストーリーを知っていれば、歌い終えた後の涙にも感情移入できたのだが(後で知った)。コメントしてあげればいいのにNHK。
■細川たかし/浪花節だよ人生は なぜか阪神タイガース姿のバックダンサーズ。あ、浪花節だからか。歌はさすが。紅白はほとんどの振り付けを南流石が手がけているようだが、なにか妙に引っかかるなぁこの人の振り付け。飽きたよ。
おなじみ、南極は昭和基地の越冬隊員の人々との中継。「大丈夫か遭難してるんじゃないか」というくらいのひげ面の人が数名。テレビ出るんだし、ひげくらい剃ってもよいのでは。
■森山良子・BEGIN・夏川りみ /涙そうそう オキナワ自体は素晴らしい歌やアーティストをたくさん輩出していていいのだが、なにかヤマトンチュの排他意識の裏返しで持ち上げているような風情がどうも気にくわない(これは女子十二楽坊にも言えるような気がする)。歌は圧倒的にいい。できれば森山良子は歌わないでくれるとよかったが。南極越冬隊員の方々の、家族へのメッセージ映像がかぶる。あざといとは思いつつもほろりと来てしまうのがおっさん。■倉木麻衣/Stay by my side 京都の東寺が映ったので、なんだもう「ゆく年くる年」かと思ったら倉木麻衣。激しくお寺という場所とかみ合っていない曲。トークになるとめちゃくちゃ素人くさい倉木さんは、もっとテレビに積極的に出ればいいのに、と思った。
■長渕 剛/しあわせになろうよ これは完全に反則。ある程度特別扱いなのはしょうがないけど、曲前のナレーションやツアーの写真、曲中のイメージ映像まで認めてしまったらダメでしょう。みんなやりたいってこういう演出。それこそPVだけ流したいって思うアーティストだって出てくるだろうに。長渕さんは、虎舞竜のヴォーカルの人とかTUBEのヴォーカルの人みたいになってきている。シャツのボタンはだけてます。曲は単純にいいと思った。この人ももっとテレビに出てくれればいいのに。
■和田アキ子/古い日記2003 KOUHAKU Remix つい先ほど曙をカエルの姿でマットに沈めたばかりのボブ・サップ選手が後ろでラップを披露する。スクラッチや過度に今風R&Bなアレンジは無理がありすぎ。「KOUHAKU Remix」とかいいですってば。クレイジーケンバンド(ケン氏が曲を提供した経緯あり)と共演すればよかったのに。出してやれよNHK。w/コロッケとか言ってるよりずっといいでしょう。
■五木ひろし/逢えて…横浜 何十年変わっていないのかこの人も。もはや義体化しているのかもしれない。紅白出場歌手はけっこう義体化率高いのかも。この人の歌も聴いておかないと年を越した気がしないなぁ。
ここで審査員へのインタヴューが挿入されたのだが、五木寛之氏の「この10年のうちの紅白でいちばん紅白らしいと思う。というのも、ややもすればサービスや趣向が先行し、歌がその中に埋没してしまう嫌いがあったが、今年は歌そのものを聴かせてくれているように感じるから」というコメントが実に素晴らしかった。ここでぼくが主張したい事を、まさに代弁してくれたと感じたし、会場では拍手が湧き起こっていた。同じように感じていた人が多かったのだろう。
その直後、おもむろに「すばらしい日本…」とセリフを読み出す有働アナ。こらー!思いっきりテーマの中に歌からめてるし!全然人の話聞いてないし!
■石川さゆり/能登半島 「津軽海峡冬景色」がヒットした後、割と二番煎じっぽい感じで作られた曲だと思い出した。ちょっとありえない出だしのメロディが面白い。この人は年齢的にはもう立派な「おばあちゃん」のはずだが、相変わらず保有する艶っぽさと、かわいらしさはすばらしい。■北島三郎/風雪ながれ旅 ああ、この人の歌も聴いておかないとなぁ。紙吹雪!紙吹雪!これだよ。歌世界に思いっきり浸るのだ。いい。カッコよすぎるぜオヤジ。
■川中美幸/おんなの一生〜汗の花〜 なんだかんだ言いつつこの人も毎年出ている。母親への気持ちを歌った曲だが、こういうストレイト過ぎる表現は鼻についてイヤ。
■氷川きよし/白雲の城 なんか常に目を見開いて歌っている氷川さん。実はそのまま失神してるんじゃないかと心配になるが大丈夫か。色んな方向に枝を伸ばしながら成長していく若木のような存在か。まだまだ荒い部分はあるが歌い手としてのポテンシャルはものすごいと思うし、何十年に一度出るか出ないかくらいの逸材なのだと思うってなんかおっさん臭いコメントだな。
■天童よしみ/美しい昔 ド演歌ではないが、この人の表現力も幅広いと感じさせられる曲。やはり実力ある人は何歌ってもいい。
■SMAP/世界に一つだけの花 歌前のメンバー一人一人のコメントは余計。そこまで大見得切るか。北島オヤジを抑えて大トリを演じたSMAP。かなり異例のことだとされているが、これはSMAPというグループではなく、まさに「世界に一つだけの花」という歌が獲得した位置なのだという事を、どうかメンバーの皆さんには肝に銘じていただきたいってまたオヤジ臭くなってるし。キムタク以外のメンバーの歌唱力があまりにも酷すぎ。どうにも後味の悪い年越しだよなぁ。
最後の審査結果発表は本当にひどかった。なんだかもう、電気消えてる電光掲示板とか紅のバケツの中に玉が一個も入ってないとか、あり得ない事だらけ。まあどっちが勝とうが負けようがどうでもいいのだが、そんだけ勝ち負けにこだわる演出しといてそれはねーだろ。プロデューサー切腹だ切腹。
懐かしい、タクトを振る宮川泰(確実に義体化)の姿を見ながら「蛍の光」を全員で歌う。ああ、そうそう。最後はこの歌で締めるんだっけ。谷村、SMAPに絡みすぎ。たっぷり見たなぁ。やっぱり紅白全部見てこそ年も越せるというもの。めちゃくちゃ疲れたけど、また気が向いたらレヴュー書こうか。今日はもう燃料切れ。グヘ。
個別リンク:http://www.mine-d.com/article/archives/2004/06/54nhk.html|↑
Show Reports
ジェイムズ・ブラウン(2003年10月9日フェスティバルホール)
「この手の顔って、犯罪やるか音楽やるかのどっちかしかないですよね」。
開演前、パンフレットに載っている写真を見ながら、同行したガッツちょろ松さんはしみじみとそう言った。ジェイムズ・ブラウンは誰でも知っているし、ソウルのゴッドファーザーであり、ミスター・ダイナマイトであり、ハーデスト・ワーキングマン・イン・ショウ・ビジネスであり、ソウル・ブラザーNo.1であり、その世界における成功者で、いわば「セレブ」なのだが、ぼくが今回のショウをみて感じたのは、なにかしら「ヤバイ」雰囲気だった。JBのしゃべり方、トーンは、下手するとスラム街にたむろしている「悪いこといっぱいしてますよ」的不良少年のそれにしか聞こえなかった。JBは実際犯罪歴もあるワケだが、実のところそうしたオーラこそが、「Funk」と呼ばれるものなのではないか…そう思ったりもした。
しかし、JBのショウはそれ自体が長い歴史を有しており、全体を通して非常に礼儀正しく、規律の行き届いた空気が支配している。それは、今回を含めて3回しかショウを見ていないぼくでも、よーく分かった。mojoさんのお友達から、JBのショウではバックバンドのメンバーが演奏ミスをした場合、罰金が科せられるらしいという話を聞いたのだが、客として見ているだけでも、各メンバーの間に、非常に張りつめた空気を感じ取る事ができる。常にJBの動きをチェックしてタイミングを逸しないよう、神経を集中していなければならないのだろう。もちろん、高い演奏力が要求されるのは言うまでもない。
だが、それはけしてJBが独裁的だという事を意味しないのだと思う。バンドメンバーもスタッフも、ゲストシンガーもすべて自発的にJBに対する最大限のリスペクトを有しており、いわば「やんちゃ坊主」的JBの言動を暖かく見守り、心から愛しているように感じられた。そうした暖かい雰囲気はしっかり伝わってきた。こうした、厳しさと親密さが極限において両立するような結びつきこそが、JBと彼のバンドの神髄なのではないか。メンバーがソロをやった後はしつこいくらいに名前を連呼し、拍手を強要するJB、前に出てソロを弾くギタリストのコードがからまないよう、裏方みたいにコードをさばくJB(「世界の」JBが普通やるか、そんなこと)…。つまるところ、JBと一緒に演奏するという事は、もはや単なる「仕事」ではなく、全人格的に自分をさらけ出し、お互いの「ソウル」をぶつけあうような体験なのだろう。なんというか、「修行」のようなものなのだろう。宗教的とさえ言っていいかもしれない。それだけすごい事なのだ、きっと。
日頃「ロック」のライヴにばかり行っている身からすれば、注文をつけたくなる事はいっぱいあった。ショウの流れ、盛り上げ方においてはやや抑揚がなく、もっと「入っていきやすく」してくれればよかったと思ったし、各メンバーのソロも長すぎる。ほとんどの場合、オリジナル3分の曲を20分くらいに引き延ばして演奏していたような印象だ。ゲストシンガーに割いた時間も長すぎる。客はJBを見に来ているのだから。だが、思ったのは「有名な曲ばかりを手っ取り早くがつがつ貪るような見方」は、JBのショウにおいては完全に否定されていたという事だ。「世界一白いタキシードが似合う男」ダニー・レイの慇懃無礼なもったいぶったMCや、各メンバーの長いソロ、メンバーとJBとのショートコント的なやりとりすべてを含めて、ショウ全体を通してゆったりと落ち着いて楽しむ事が要求されるのだ。
だが、けして「ディナーショウ的」な予定調和に陥っていないところがJBの凄いところだ。もしそうなら、10代の若い客から子供と同伴で来ている客、JBと同い年、いやそれ以上の年齢の客(実際白髪で腰の曲がったおばあちゃんの姿を見た)が同じ場所に集い、楽しめるようなショウにはならなかったはずだ。以前にも書いた事だが、「かつて素晴らしい音楽を残したロートルアーティストの慰み」などではけっしてなく、まさに「現在進行形のロック」として捉える事ができる性格のショウなのだと言える。
70歳という年齢に比して、素晴らしいショウを見せてくれている事に対しては色々なところで言われているし、いまさらぼくが言うまでもないだろう。マイクパフォーマンス、複雑で素早いステップ、激しいダンス、要所要所でのシャウト…70歳の老人のやる事とはとても思えない。正直「動いているところを見られたらそれでいい」と思っていた部分はあるのだが、そうした思いを完全に凌駕する、圧倒的なものを見せてもらった。そう思う。
「Seven Decades Of Funk」というのが、今回のツアーのサブタイトルだ。音楽生活のキャリアではなく、JB自身の年齢である「70年」という年月が冠されているのは、まさしく、この人の生きてきた人生そのものがファンクであった、そのことを意味しているのだ。
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Show Reports
サマーソニック01(8月18日・大阪)
今年で2年目になるサマーソニック。見たいと思っていたスリップノットとマリリン・マンソンが出るって事で、大阪初日を見に行ってきた。今回は、当サイトのBBSにいつも書き込んでくれている「ガッツちょろ松」さん(「○○松」の部分は書き込むBBSによって変わる)とも会うことができ、非常に楽しい思い出になった。
それにしても、若干の出演アーティストの違いはあるとはいえ、東京、大阪の1、2日目の出演メンバーをゴソッと入れ換えるという、このフェスの性格を思うたび、次のような光景を思い浮かべてしまう。つまり…1日目の深夜、東名高速小牧インター付近をすれ違う、それぞれのメンバー全員を乗せた観光バス…。修学旅行じゃないんだから、まさか全員を1台のバスに乗せたりするワケがないのだが、「そうだったらいいなあ…」などと思ってしまうのはおれだけか。すれ違いざま、「おーい!」と手を振り会うそれぞれのバスの乗客達とか、「自分ら、ここで十分ッス」と謙遜して、補助席に座っているスリップノットのメンバー(あのカッコのまま)とか…。
当日。去年ほどではないにしろ、やはり暑い。「コスモスクエア」駅で降りて会場に向かう。ちょうど「サルティンバンコ」が開催されていたみたいで、駅すぐ横にテントが立っていた。10分あまり歩いて会場へ。さて、公演前一時的に当サイトで公開していた「私的サマソニガイド」を読んでくれた人は分かると思うが、昨年はWTCの「コスモタワー」という、バカ高いビルの手前にステージが構築されていたのだが、今年はタワーに向かって右側、ちょうど「トレードセンター前」駅の手前にステージか来る格好となった。という事はつまり、会場全体が「横長」になってしまったワケなのだが、おれ的には去年の方が断然よかった。というのも、昨年のように会場が縦長だと、前の方は盛り上がって混雑しているが、後の方はシートを引いて寝転がって見る…といった、各人の好みに合わせた見方ができたのだが、今回のように横長だと、後の方といえどすぐ売店などが迫ってくるので、ゆったり寝転がって…などという見方はとうていムリなのである。加えて、今年は告知が功を奏したのか知名度が上がってきたのか、確実に去年より客が増えている…そんな風に感じた。とにかく終始ゴミゴミしている雰囲気。ちなみに、会場が横長になった事で、入口も北側、南側の2箇所になった。
最初はステージ2から見るつもりだったのだが、リストバンドを交換しがてら(ちなみに、いきなりステージ2に行ってもリストバンド交換はできます)ステージ1で演奏しているジッタリン・ジンを見る。パンキッシュで少しロカビリチックな感じ。意外とハードだった。ステージ2に向かう道すがら、ホワイトベリーがカヴァーしてヒットした「夏祭り」が聞こえてくる。これだけなら、現在7歳の娘を連れてきてやってもいいほど。なにしろ大好きなのだ、この曲が。しかしまあ、最後までつき合わせてマリマンのケツを見せるのも教育上どうかと思うので…。
ひとつ気づいたのだが、今年はタコ焼きや焼きそばやビールなんかをぼったくり値段で売る「屋台」が、ステージ1と2の間の道にやたら出ていた。去年はほとんど見なかったように思うのだが、これもフェスの「認知度」が上がってきた証拠なのだろうか。徒歩10分あまりかけてステージ2へ。
■SMORGAS
日本のバンド。ヘヴィなリフにラップ…という、もう今日日掃いて捨てるほどいるスタイルなのだが(ターンテーブルはなし)、なんの、なかなかノセるノセる。朝の11時からみんなモッシュだダイヴだと元気元気。まさに暴れるには持ってこいの音。同時にスコーンと抜けるような明るさもあって、けっこういい印象を持った。だからといってCDを買おうとまでは思わないが。mc2人のうち、髪の長い方の人。彼のキャラがめちゃくちゃ面白い。山塚EYEなんかに通じるような、躁病的なアブナさがある。セットの鉄柱のてっぺんまで昇っていた。
ビールを飲みながらステージ2前にて休憩。車でこっちに向かっているらしいガッツさんとケータイメールで連絡を取り合ったり、自分のBBSに実況書き込みをしてみたり、同日千葉マリンスタジアムにいる、おなじみアルさんと報告し会ったり…。次のCosmic Rough Ridersはパスさせてもらって、韓国のカリスマアーティストだという噂のSeotaiji(ソテジ)を見るために、ステージ1に移動。
■Seotaiji
音的には、もろにKORNを思わせるヘヴィかつダークなサウンド…時折mcが入ってラップで煽る…という感じのステージ。もう日本とか韓国とかは、全然関係ない。なかなかカッコいいと思った。ただし、ちょいファッションがダ○イのはご愛敬か。…しかし、だ。このソテジのファンの女の子…どうやら韓国からツアーでやってきたみたいなのだが…彼女らのノリ方が、まったく異様なのだ。客として、このサイトで取り上げているようなロックバンドとの距離の取り方とはまったく違う…そう、たとえて言うなら今の「グレイ」ファンの女の子や、一昔前の「X」ファンの女の子と同じ空気を感じた。とはいえ、前述したような音楽性だから、ノリ方としてはもう、ヘッドバンキングはやる、モッシュはやる…という、まさに「暴れるグレイファン」といった様相なのだが、そのノリ方にしても、「ここで頭振る」「ここでモッシュ」といった具合に、完全に統制がとれているのだ。なにげなくボーっと見ていたら、いきなり近くでそんなノリを始めたもんだから、周りの客はびっくりするやらおかしいやらで、完全に面食らっていた。けっきょくソテジ自身のステージより、コリアンギャルの様子を見ている方が面白い…という皮肉な結果になってしまって、おれも思わず写真を撮ってしまった。繰り返すが、ソテジさん自身の音楽性はそう悪くないと思うのだが…。

局所的に盛り上がるソテジファンの女子
さて、ステージ2で「And You Will Know Us By The Trail Of The Dead」(あー!長ぇーよ、もう)を見るために、ソテジさんがまだやっていたが、途中で抜ける。
■And You Will Know Us By The Trail Of The Dead
このバンドの音楽性を正確に表す言葉を、おれは知らないのだが…まあ、シンプルなロックンロールだが、非常にエモーショナルなものを感じさせる、といったところか。ギターとドラムの人が曲ごとにパートを交代したりする場面も。「パンク」というほど激しくはないし、グルーヴでノセるというタイプでもない。客もわりあい静かな反応…。メンバーも、どちらかというと淡々と演奏しているように見えるのだが、ベースの人など、時折痙攣したような激しいアクションを見せる。総じていうと、この日のステージではイマイチこのバンド本来の持ち味が出きっていなかったように感じた。ただ、最後では一気に乱れ、ドラムセットを投げ飛ばし、ギター、ベースは楽器をアンプにこすりつけて「ガガガガガ…」とノイズを出し始めた。なんと、この時点で初めて「こ、これは…!」という感じで客が前にどーっと押し寄せ、前方が騒然となっていた。持ち時間がもっとあれば…という気もした。
インターバルは、またもステージ2前に座り込んで休憩。ビールを飲みつつ、BBSに書き込み、ガッツさん、アルさんとケータイメールで連絡を取り合う。
次のMy Vitriolも見たかったのだが、ステージ1でThe Mad Capsule Marketsが始まるため、最初の少しだけを、すぐ出られるように出入口付近で見た。当然、きちんと論評できる状態ではないのだが、なかなかヨサゲ。キャッチーで、スケールがでかそうな音。売れそう?…と、ここでガッツさんから「今着きました」との電話が。声を聞くのも初めてだったのだが、すごく愛想のいい感じ。すぐにステージ1に向かう。
「今どこにいます?」「入口入ったところですー」「そしたら、入ってすぐのところに会場の見取り図みたいなの、あるでしょ?」「はい」「その前で待ってるから」「分かりましたー」…。「もしもし?今どこにいます?」「その看板の前にいますー」「あ?…おれもその前にいるんやけど…」などと混乱したのは、先述したように出入口が二つになってしまったためなのだ。電話で話しながら「おーい!」という感じで手を振り合って、ご対面ー。ガッツさん、彼女さん、そして彼女さんのお姉さんの3人で来られていた。
初めてお会いするガッツさん。掲示板では、いつも3ひねり、4ひねりしたようなハイパーな書き込みをされる方(全体の4分の1くらいが理解できない、という場合が多い)なので、いったいどんな人なのだろう、と思っていたのだが、実際会ってみるとこれがもう、いたって気さくで優しくて男前な、ナイスガイそのものなのだった。彼女さん、彼女姉さんもこのサイトを見ていただいているようで、なんかもう「会った瞬間意気投合!」という感じで、まさに「好感触(はぁと)」な出会いだったワケだ。
さて、出会いの余韻に浸っている間もなく、マッドのステージが始まるため、前方に。
■The Mad Capsule Markets
昨年に引き続きステージ1に登場のマッド。なにしろ客自体が多い!絶対去年の4割増しくらい行ってる!などと思いつつ、ガッツさん達となんとか前に行ってみる。
新曲も数曲あったようだが、メインは昨年と同様、「OSC-DIS」からの選曲。去年初めて見てからCDを聴いたりしていたので、さすがに1年前のようなインパクトはなかったが、それでもカッコいい事には変わりない。テクノ。グルーヴ。ハードエッヂなギター…。文句なし。欲を言えば、見た目にもっと凝ってくれて、ショウアップしてくれるとうれしいのだが。例えば、CDジャケのあのサイボーグチックなギアを身に付けて演奏するとか…。や、というのも、後の方でそういう、「見た目に凝りまくってる」バンドが出てくるもので…。
しかし、こんな具合に客がジャンプし出すと、今年も出ました、サマソニ大阪名物「砂ぼこり」。別名「スモークいらず」。これへの対策としては、バンダナで口をカヴァーするという「西部劇の列車強盗」スタイルをとっている人が見受けられた。個人的にアレはちょっとなぁ…などと思ってしまうのだが、まさか風邪ひいたときみたいなマスクをするワケにもいかんし、なんかいい対策案はないかね。ちょっとマジで考えなければいけないほど、すごいです。特に前の方。来年行く人は気に留めておいて下さい。しかしなあ、マリンスタジアムには、なにやらマットを芝生部分全面にひいてたらしいじゃないか。大阪もそれくらいやっていいんでないの?
さて、ガッツさん達は着いてすぐマッドのライヴになだれ込んでるワケで、ノドも渇いてりゃお腹も空いてるだろう、という事で、ここでいったん昼ご飯を食べに行こうか、という事になった。その前にかき氷をおごってもらって、会場近くでしばし歓談。ガッツさんも、彼女さん、彼女姉さんの美女お二人もノリがよく、話が弾んですごく楽しい。ホントに初めて会った気が、まったくしないほど。
モノレールの線路を渡って向かい側のATCの中で、どこか食べられる所はないか…と探す。ピザ屋があったので「じゃ、ここで」って事で腰を落ち着ける。他にも一目でサマソニから流れてきたと分かる客がちらほら。
「せっかくだから飲もうか」という話になり、メニューを見てみると…ワインが。ワインが安い。普通グラスで300円くらいはすると思うのだが、そこはなんと1杯90円。「じゃ、この際ボトルで」って事で「マグナム瓶」980円(1000円だったか?)を注文。来てみるとこれがホントにマーグナム!1.5リットルくらいあったんじゃないか。彼女姉さんは飲まないのだが、残り3人でこのド級ボトルを空けつつ、色々話した。ガッツさんも見た目のさわやかさとは裏腹に、落ち込むと2時間くらい壁を見つめているような人らしく、なにかそういう「どこか確実に屈折しているような」価値観というのは、はっきり言葉にしなくてもうちの掲示板に集まってくれる人には皆、共通している感覚なのでは…などという話をしていた。今考えてみると彼女さん(ガッツさんは「姫」と呼ばれる)、彼女姉さんのご本名も聞きそびれてしまったのだが、まあいいか。美女お二人が「まいん・でぃーさんはぁ…」という感じで呼んでくださるのが、妙に心地よかった。とにかくそうやって話しているのが、無性にうれしく、楽しかった。こういう事を言うと怒られるかもしれないが、はっきりいってこの時点でフェスの事はもう、どうでもよくなりつつあったのだ。朝からビールは浴びるように飲んでいたし、この「マーグナム」ワインのおかげで、すっかりできあがりつつあった。
さて、せっかくなので会場に戻り、ライヴを堪能する事に。ちょうどZebraheadの途中くらいからステージ1に突入。
■Zebrahead
そんな感じでヘロヘロになりながらも眼をギラギラさせ、ガッツさんと二人で暴れる。はっきりいってどんな曲をやっていたかは全然覚えていないのだが、とにかくリズムに合わせて首を振る。普通に暴れてると倒れそうなので、ブロック仕切りのためのロープにつかまりながら体を動かす。おれ自身は覚えていないのだが、ガッツさんに聞いたところでは、警備係のにいちゃんにアタックして吹っ飛ばしていたらしい。…ごめんね。
Zebraheadのメンバーが、曲間でやけに長い英語のmcをしていたのが気になった。どうも下ネタに終始していたらしいのだが、あんなの普通の日本人に聞き取れるワケがない。まったく意味がない。「Speak Japanese!」と怒鳴ってみたりしたのだが。まあ、今回のゼブラのようなケースは問題外だとしても、どうも欧米のミュージシャン連中は総じて、日本人の英語レヴェルの実態についての知識があまりにも欠落しているように感じる。想像するにこれは、ふだん彼らが接している「日本人」というのがバリバリに英語がしゃべれるネイティヴの「日系」人だったりする事から起因しているのではないかと思うが、イヴェンター連中はもっと、普通に英語でしゃべっていても日本では通じないんだ、という事をヤツらに教え込んでやるべきである。で、客は客でいいかげんな反応しかしないものだから、よけいそういう傾向に拍車がかかるのだ。例えば、よくある来日ライヴ光景。「Hello! Japan!」「イエー!」「Are you having a good time?」「イエー!」「%^@*;*+=(&%$#=~|!`@?」「イ、イエー…」って、こういうの、よくあるでしょ?一時英会話学校に通っていた頃に痛感した事なのだが、意味が通じてないのに、通じているように振る舞ってしまうのは、サイアクなコミュニケーションのあり方だ。それがいちばんダメだ。では、どうすればいいか?もちろん、分からない時は分からない事を意思表示してやればいいのである。「%^@*;*+=(&%$#=~|!`@?」などと呼びかけてきても、お互い顔を見合わせ、首を傾げ、アメリカ人がよくやるような具合に肩をすくめ、「通じてない」事を、ヤツらに教えてやるのだ。そうすれば、ヤツらも日本でやる時はコミュニケーションの方法を少しは考え直そう、という気になるだろう。
さて、この辺りになると、おれ自身のコンディションが相当ヤバくなってきていた。周りから見ると、確実に「危ない」人になりつつあったのだ。判断能力も低下していき、ワケの分からない行動をとりはじめる(この後すごい事になってしまうのだ)。次のスリップノットの前に、どうしてもタバコが吸いたくなってしまって、ガッツさんに「ちょっとタバコ買ってくる。始まったら、先に行ってて」と言い残してタバコを買いに行ってしまった。別にどうしてもタバコを吸わなきゃならないワケではないし、後で調べたらタバコは残っていた。WTC内に買いに行ってなんとか見つけた後、戻ってきてみるともうスリップノットのステージが始まっていた。ガッツさんを探してみたが、さっき一緒にいた場所さえ分からない状態になってきてしまっているので、どうしようもない。とりあえずできるだけ前に行ってみる事にする。
■Slipknot
CDのレヴューも書いているが、はっきりいってこのバンドはCD作品を取り上げてどうのこうの言うより、ぜったいライヴ!のバンドなのだ。そう思う。
あの醜悪な仮面をかぶったメンバーがステージ上に勢揃いしている、それだけでも迫力がある。暑いのにみんなしっかり長袖のツナギだ。フリーキーだ。気合いだ。客の盛り上がり方も尋常ではなく、前の方はモッシュ…というより、もう満員電車状態で、ほとんど身動きも取れない印象だった。
CDの印象から、mcはいっさいなし、ひたすら曲を演奏する…というスタイルを予想していたのだが、殊の外エンタテインしていたというか、曲の並びも盛り上がりを考慮して考えられていたし、カタコトの日本語で積極的にコミュニケートしようとする姿勢は、「誠実」という言葉さえイメージさせられた。「People=Shit」という、彼らのスローガンとは裏腹に。しかし、あの格好で「コンニチハ、オオサカ」と言われた日には、思わずコケそうになってしまったが。
よく確認できなかったのだが、二つあるドラムセットが移動していたという話も聞いているし、けっこう金がかかっているようだった。そういえば雑誌に載っていた来日前のインタヴューで、「サマソニにはセットを全部持って行くから、期待してくれ」と言っていたのを思い出した。うーん、やっぱり見た目とは裏腹に、根はいいヤツだよ、彼ら絶対。途中、「オマエラ、スワレ」といったん客を全員座らせてから、曲の盛り上がりに合わせて一気にジャンプさせるという演出なんかもあった。
さて、スリップノットのステージの間中、おれは本部席らしきヤグラの横あたりで、またもやこけないようにブロック分けの鉄柱にしがみついて首を振っていたのだが、前述したようにかなり「ヤバイ」状態で、周りから見るとはっきりいって「危ない人」状態だったみたいで、そのうち係の男がやってきて、「後へ行ってくれ」と言いだした。確かに酔って暴れていたのは事実だが、特に周りの客にぶつかったり…という事もなかったし、その辺はこれでも注意して暴れていたので、「なんでここで見たらあかんの?」と聞くと、「周りの迷惑になるからや。暴れるなら後へ行け」と言う。「そんなん言うたかって、前で見たいやんけ!」というと、「それなら前へ行け!」と宣った。「よっしゃ。ええねんな!」という事で、もう「売り言葉に買い言葉」といった感じだったので、柵を飛び越え、一気に前へ突進した。性格的に人を押しのけて前へ行くというのがキライなので、あまりこういう事はしたくないのだが、そういう事情で頭に血が上っていた事もあり、「はいはい、許可もらってるからね。開けて開けて」という感じで、ほとんどかぶりつきの場所まで。そのままステージ終了まで見たのだが…しかし、だ。よくよく考えてみると、たかがイヴェンター風情に「後へ行け」だの「前へ行け」なんて言葉遣いをされる筋合いはねえ。警備上注意を受ける事自体は別に構わないし、向こうにも向こうの考え方があるだろう。だが、ものの言い方には気をつけないといけない。酔って暴れていようと、おれは犯罪者ではないし、ヤツらは警官などではない。「これは一言いうたらなあかん」とさっきの場所に戻り(バンドはアンコールに応えていたと思う)、若いヤツに「さっきのヤツ呼んでくれ」と申し出た。「今忙しいので出てこれない」などとたわけたことをぬかしやがるので、「ええから責任者呼んでこい!」と、ちょいヤ○ザテイストも醸しだしつつ、待っているとさっきの男が来た。本部エリアに入り、二人で座り込んで話す。彼曰く「スリップノットのライヴがどういうライヴか分かっているつもりだし、できるだけ前に行ってほしいと思っている」「それは分かるけど、これだけの客だし、なかなか簡単には前に行けない。ともかく、あんたに『前へ行け』だの『後へ行け』だの言われる筋合いはない。その事については謝ってもらう」「まあ、さっきは興奮していたので…。すいませんでした」「よっしゃ」という事で握手して別れた。それにしても、去年のアスキック女といい、サマソニではなぜか必ず誰かといざこざを起こしているような気がする…。
さて、一息ついて、ノドが渇いたのでビールでも飲もうと思ったのだが…財布がない。先述したようにさんざんアルコールが入って酔っぱらっていたし、フェス、ガッツさん達と初めて会う、そういった状況でハイになっていたためか、どうにもやることが「スカタン」になってきてしまっている。スリップノットで前に行く際、ポケットの中の財布やカギやタバコやら、サングラスやらを全部まとめてリュックの中に放り込んでおいたはずなのに、肝心の財布だけがない。ない。どれだけ探してもない。ヒジョーにヤバイ。現金はたかが知れてるのだが、カード類など一切合財を入れているし、家に帰って嫁に何を言われるか…と考えただけでも恐ろしい。一応落とし物係に「財布なんて届いてないですよねぇ…」と聞いてみたのだが、やはりない。ほとほと困って、もう一度リュックをひっくり返して探すが、見つからず。絶望的な気分でもう一度落とし物係を見やると、なんと係のおねえちゃんが見慣れた財布を手にしている!「そ、それです!名前は○○です!」思わず叫んでしまった。ああ、よかった。顔面蒼白になっていたので、本当にホッとした。中身もそのままだ。届けてくれた人、本当にありがとう。これでビールが飲める。はぁ、一時はどうなることかと思ったよ。
…しばらくして、何かがおかしいような気がしてきた…。今おれは財布をどこに入れたんだ?「もちろん、いつものように尻ポケットに…あ」ないのだ。ないのだ。またしても落としてしまったのだ。「お前は今、心の底から反省していたはずだよな?」…はい。「泣きそうになっていたよな?」…はい。「なのに、なんで戻った先からもう一回亡くすんじゃい!」すいませーん(泣)!と心の声にどやされつつ、またもやポケット、リュックをひっくり返すが、ない。ビールを買った時に落としたみたいだ。本当に、「どうやったらそんなマヌケな事ができるんだ?」と自分でも思うのだが、けっこうこの手の致命的な事をやってしまう人間なのだ。さすがに二度目はないよな…と半ば諦めつつ、さっきのおねえさんに「すいません、また財布落としてしまったんですが…」と聞いてみたが(もちろん、死ぬほど恥ずかしい)、届いてない。一度戻ってきただけに、よけい悔やまれるよなぁ…などと、またもやどん底の気分に浸っていると、落とし物係でもう一度奇跡の光景が…。届いている!「あ、ありがどーございまずー」と泣き崩れそうになりながら返してもらって、「あの方が届けてくださったんです」と指さされた人を全力で追いかけてお礼を言おうと思ったのだが、見失ってしまった。…はぁ。疲れた。自分のアホさ加減にあきれると同時に、なんだかんだ言いつつロックファン最高!などと手前勝手な感謝の念でいっぱいになっていた。普通の状況なら、まずこういう事は起こらないだろう。「あ、財布落ちてる。中身入ってる。もらっとこー」となっても全然不思議じゃないのに…。とにかく、届けてくれた方、本当にありがとうございました。
■Marilyn Manson
マリマンのステージは後の方から、半分スクリーンの映像を見ながら見物した。
この人のCDは一枚も持っていないし、たぶんこの先も聴こうとは思わないだろうと思う。だけど、この人のステージだけは、ぜひ一度見ておきたいと思っていた。凝った衣装、大道具小道具使い倒しの構成…もはやライヴというより「ショウ」と言った方が正しいだろう。「今、この場で、マリリン・マンソンが生でパフォームしているんだ」と思っただけでゾクゾクしてくる。
思うのだが、この人、ロックに対する思い入れはさほど強くないのではないか。自分の表現したい事を体現するのに、たまたまいちばん適しているからロックという手法をとっているだけで、まず「『表現者』としてのマリリン・マンソン」ありき、なのだ。とにかくライヴとしてどうのこうの、というよりもあくまで「マリリン・マンソン・ショウ」なのである。そんな気がした。客も、ノルとか暴れるというよりも、じっと凝視している…といった感じだった。
でもって、この人の場合「どこで」やるか、というのでけっこう意味が違ってくると思う。宗教色の強いアメリカ国内で、こういうショウをやるなら、それはインパクトがあるし、あえて背徳的な表現をすることの意義もあると思うのだが、キリスト教的抑圧のまったくない日本人の立場としては、ああいう事をやってもイマイチ、ピンとこない。最後の「銃でできた十字架」の意味も、よく分からなかった。まあ、見ているだけでも「美しい」し、美術的観点からみても質の高いショウだという事に変わりはないのだが…。
これでこの日のライヴはすべて終了。ガッツさんに電話して(ステージ2に行っておられたよう)、帰る前にもう一度お会いすることに。出口をひとつに制限しているため(なぜわざわざそんな事するんだろう?)、会場から出るのに、死ぬほど時間がかかってしまった。ガッツさん達と再会し、上述した事件の事なんかを話した。最後にみんなで写真を撮って、握手して別れた。名残惜しい。でも本当にお会いできてよかった。ぜひまた遊びましょう。
さて、2年連続でサマーソニックに参加したワケだが(とは言っても両方1日だけ)、今年は横長の会場設定もあってか、イマイチ気に入らない部分があった。無意味なブロック制もとっとと廃止してほしい(フジロックで問題ないのだ。消防法とか、関係ないだろう)。あの砂ぼこりも、なにか対策をとってほしい気もする…。とはいえ、メンツ的には毎年いい所をついてくるように思うし、来年も出演バンド次第ではまた参加するかもしれない。
■写真コーナー
昨年参加した時にRHCPのTシャツを着ている人を多く見かけたので、今年は急ごしらえの名刺(もちろん、サイトの)を作って持っていき、Tシャツ着用の人に片っ端から配って営業しつつ、写真を撮らせてもらおうと思っていたのだ。しかし。今年はなぜかTシャツを着ている人が少なく、おれが確認できたのは二人だけ、しかも一人は近くに行く事ができず、撮らせてもらえずじまいだった。それでも、お一人だけしっかり撮らせてもらいました。お名前「ユースケ」さん。お願いすると、気前よくオチャメなポーズをとってくれた。どうもありがとう。
しかしそのフロントのイラスト…おれが92年頃に入っていたオフィシャルファンクラブのIDカードに書かれているのと同じだし、ロゴのはげ落ち具合といい、相当年季入ってるよなぁ。かなりの古参ファンとお見受けしましたが…。もしこれ見てたら、ぜひ掲示板にでも書き込みしてやってください。
えー、次は…見かけた瞬間に「し、写真撮らせてくださいっ」と衝動的にお願いしてしまった、妖艶な美女。キマリすぎてます。たぶんマリリン・マンソンのファンだよね…。うっかりしていて、名刺渡すのも、掲載していいかどうか聞くのも忘れてしまったのだが、こらえきれずにアップしてしまいました。ごめんなさい。
最後に、ガッツさんの写真を。「サイトには載せないけど…」と言いつつ、あくまで記念のために撮っていたのだが、「載せてもらってもいいッスよ。その代わりアニキの写真も」とおっしゃった。うーん…一応顔はさらさない方向で行ってるので、今回はガッツさんのも、おれのも載せないでおこうかと思ったのだが…いつも掲示板でガッツさんの文章に触れている人に、「彼はこんなナイスガイなんだぜ!」という所をどうしても見てほしいので、今回はズルイようだがガッツさんのお写真だけ載せさせてもらう事にした。おれ自身も、来るべき時が来たら(って、どういう時なんだよ)潔く面を晒す覚悟はできているので、どうか今回だけ許してほしい。…というワケで、長くなったサマソニレポの最後は、ガッツちょろ松さんの「ガッツポーズ」でシメだ!

ガッツ!
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Show Reports
Limp Bizkit(2001年1月11日大阪城ホール)
結論からいうとぼくはこの日のライヴ、ほとんど楽しめなかった。理由は色々考えられるので以下に詳しく述べることにするが、とにかく次に来日しても見に行こうとは思わないだろう、きっと。
このライヴ、チケットをとるのがけっこう大変だった。先行発売日に専用番号に電話をかけたのだが、数時間ダイヤルし続けても一向につながる気配がないし、けっきょくあきらめて通常発売日に近くのローソンで「直買い」したのだった。「H」ブロックという、ステージに向かって右手のスタンド席だったのだが、行ってみると意外といい席だった。ただ、角度的に死角になる部分が生じてしまい、ドラムの人などはけっきょく最後まで顔を拝むことができなかった。スタンドから見下ろすと、ブロックに分けられたアリーナが見渡せる。椅子席なんかは用意せず、「さあ、どうぞ暴れて下さい」という状態になっていた。ぼくが大阪城ホールでこの風景を見るのは初めてだ。客層は、いかにも「mosher」というヤツに混じってフレッド・ダーストと同じ赤いキャップを身につけた人が目立つ。「もしや」と思ったのだが、ウェス・ボーランドと同じメイクをしてきているヤツはいなかった。誰かしてくりゃよかったのに。
20分オシで開始。「chocolate st☆rfish...」のオープニングをそのまま再現した流れで「hot dog」へなだれ込む。最初の3曲くらいまで、ぼくは狂ったように踊り、激しく首を振り続けていた(これをやるからライヴ後数日間はいつも首の痛みに悩まされるのだが)。やはりオープニングは盛り上がるぜ。しかし。ふと気がついて見回すと、周りがあまりノッていないのだ。体は動かしているが、全然楽しそうじゃない。「盛り上がってると思って大騒ぎしながらパーティー会場へ入っていったら、みんな静かなのに気がついて急にシュンとしてしまった人」のような状態になってしまった。確かにステージ前のモッシュピットは盛り上がってる。そこだけ見るとライヴハウスみたいだ。まるで、ステージから2,30m範囲にできた「ライヴハウス」空間を、周りのみんなで見学している、とでもいうような構図ができあがってしまっている。それはそれでいいのかもしれないが、でもそれなら城ホールでなどやらず、ライヴハウスで10日間くらいやれといいたい。
盛り上がらないのはなぜだろう、と考えてみた。単にバンドの演奏が悪かったという訳ではない。どちらかというと気合いが入ったいい演奏だったと思うし。ひとつには、やはり音が小さかったということが挙げられる。音量が小さすぎて、あんなもんじゃ全然大騒ぎできない。だいたいライヴが終わって耳鳴りがしないようじゃダメだ。ただ、今さらながら思い知ったのだが、大阪城ホールは音響が悪すぎる。あちこち反響しまくって完全に音像がぼやけてしまっていた。そういう理由もあって音をでかくできないのかもしれない。
もうひとつ。これはぼくだけがそう思ってるのかもしれないが、客側の問題。なにかもう型にはまってきているというか、ダイヴ・モッシュだって予定調和的で、まったく面白味に欠ける。まさに「日本の管理教育の成果ここに極まれり」といった感で、みんな大人しいし、行儀いいし、人の話はちゃんと聞くし…。でも、これはロック・コンサートだろ?なんでもっと自由に振る舞おうとしないのだろう。訳の分からないことを叫んだり、奇声を発してもいいし、仲間同士で輪になって踊ったり、ウェイヴをやってもいいし、恋人同士で抱き合ったりキスしたりしてもいいし、別に雑談していてもいいだろう。なんでそういうことをしてもいい場所なんだってことが分からないんだろう。ロックなのに、中身は学校の授業と全然変わらないような気がした。
もうひとつは金の問題というか、はっきりいって日本公演は手抜きじゃねえか。エミネム等と回った北米ツアーでは、ガンダムのセットやら花火やらを連発して派手だったみたいなのに、この日のステージではセットらしきものといえばバックに吊られたバンド名の看板のみだ。それに、このバンドにはもっとバカバカしくて派手なステージを見せつけてほしかった。ウッドストックの時に出ていた小人を連れてきてもよかったし、他にも色々演出は考えられただろう。なに「普通モード」で演奏してるんだよ。あんたらは現代アメリカの病理が生んだ、ポップな「フリーク最終形」じゃなかったのかよ。あ、それはおれが勝手に思ってただけか。いずれにせよ、ストイックにストレートに演奏を聴かせるだけ、という姿勢はこのバンドには似合わないような気がする。いや、本人達は大まじめにアーティストしているんだろうが、少なくともおれが彼らに望んでいるのは、そんなバンド像ではない。
フレッド・ダーストは、あきらかに客のノリが悪いのを気にしていた様子で、しょっちゅう「ハッピーか?」と確認していたし、「みんな疲れてるみたいだから、もう帰ろうか」などとすねてみせたり、最後けっきょくアンコールさえなしに終わってしまったのだ。ショウがセックス、バンドが男、客が女だとしたら、双方の気持ちがかみ合わず、気まずく終わってしまった感じのセックスだった。男はテクニックや体力を駆使して攻めまくるが、女の方はどうも気持ちが乗らない。感じている演技をしてみるが、そんなものは男に見透かされている。けっきょく最後まで気持ちがかみ合うことはなかった。「客=女」として言わせてもらえば、絶頂にはほど遠いセックスだった。しかし、驚いたのは客側に「ノリが悪かった」という自覚がほとんど感じられなかったことだ。終了後周りからはこの日のライヴについて、特に盛り上がらなかった旨の話は聞こえてこなかったし、中には「あー、楽しかった」などと言いつつ帰っていく客もいた。どこがだよ?
気になった点を挙げると、客を「いじり」過ぎること。関西では「いらう」というのだが、客のいらい過ぎは芸道では御法度だ。女の子を10人程度ステージに上げて踊らせたり、mosher風の男子を「花道」からダイヴさせたり(まあ、これは面白かったが)、最後はステージに上げた女の子と抱き合ってキスまでしていた(おいおい、セクハラじゃねえのか?ま、女はバカみたいに喜んでたけど)。なにか金をかけなかった分そういうことでごまかそうとしているように感じられて、どうにも印象が悪かった。ただ、「My Way」という曲での客いじりは興味深かった。赤いキャップに紺のTシャツ、ベージュのバギーパンツという、当日のフレッドとまったく同じ服装の男性客をステージにあげ、自分の目の前に向かい合わせに立たせて「特別…オマエは自分を特別だと思ってる」という歌詞を歌う。これは自分自身に、あるいは自分自身のパブリック・イメージに向かって歌っているわけで、なにかフレッド・ダーストのさめた一面がかいま見られたようで面白かった。
先述の客のノリの問題に戻るが、どうも気になる。この気色悪さは何に起因するのだろう。フレッドが何か呼びかければ「オー!」と一瞬盛り上がるが、すぐに静かになる。みんなニコニコして聞いているけど、ほとんどの人はフレッドが何を言ってるか分からないのに適当に歓声を送ってる。なんでそうなんだ。分からなければ分からないで何も反応しなければいいじゃない。なにかみんなロック・コンサートとしての辻褄を合わせるのに必死で、もはや自分が楽しんでるかどうかさえも分かってない、そんな感じがした。そんな偽善じみた態度は、バンド側には最初からバレバレなのに。さっきのセックスの例えじゃないけれど、「女」としてはもうちょっと気持ちのこもった態度で男を悦ばせてあげたかったという気もする。男に楽しませてもらうことばかり期待してちゃダメだし、表面的な「感じてる演技」もダメなんだよ、絶対。演技してることにさえ気づいてないんだとしたら…これはもう救いようがないかもしれないけど。
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Show Reports
第51回NHK紅白歌合戦(2000年12月31日・NHKホール)
かつて驚異的な視聴率を誇った古き良き時代の紅白とは違い、現代の紅白はとうに「国民的番組」としての実体を失ってしまっている。今さら言うまでもないことだが。最大の原因としては、やはり世代間の分裂が進み、もはや「みんなが楽しめる番組」など成立しないという事実が挙げられる。若い世代は自分が興味のあるアーティストをちらっと見るだけで、演歌など端から無視だろうし、オヤジやオバハンは若いアーティストを見ても「またワケの分からないヤツが出てる」ぐらいにしか思わない。こうした分裂状態を認識してはいても、あくまで「大晦日の定番」としての体裁を繕わざるをえない作り手は、もはやなりふりかまわぬ手段で視聴率獲得を狙ってくる。恐ろしい数の(一貫性のない)出演者陣、早い時間帯には子供向けのキャラクター、ミュージカルだろうと民放のドラマだろうと、流行ればなんでも取り込む姿勢、年々ショウアップ化が進む演出…。金もかかっているしそれなりに力も入っていて楽しめるが、このてんこ盛り状態はまさに「芸能人満漢全席」であり、全編通しで見たりすると胸やけを起こすこと間違いなしだ。
このレヴューは、出演者の中から気になったものをポツポツと拾いながらコメントしたもので、取り上げていない歌手も多い。もちろん全出演者のレヴューなどは、量的にもムリだし、どれをとっても同じような(ほとんどの)演歌など、やっても意味がないとも言える。それでは行ってみようか。
■藤井隆 「紅白に出られるかどうか」というのは歌がヒットしたとか人気があったなどという要素だけでは絶対に決まらない。逆に、「なぜこいつが」という歌手が出るのはよくあることで、この藤井隆もそうだ。もちろん、お笑い芸人としての藤井は今年の紅白には絶対外せないだろう。しかし応援などではなく、歌手として出場したのは「そういや、あいつ歌も出してた。そこそこヒットもしたみたいだ。なら歌手として出しちゃえ」というテキトーな理由からに他ならない。いいかげんなものなのだ。歌も曲も悪くないが、だからといって「紅白に出るほど」の歌手とはとても言えない。もっとも、「芸人」としては期待にそぐわずきっちり仕事をしていた。和田アキ子とのからみなど、特に面白かった。
■ホワイトベリー どうでもいいがヴォーカルの女の子の顔が怖い。しょうがないのかもしれないがこのバンド、生で演奏しているのを一度も見たことがない。こんなんでいいのだろうか。まあ、みんなガキで、容姿にやや障害がある割にはがんばっているという言い方もできるが。曲はいい。おれの子供も大好き。ま、人の曲だけど。
■aiko 大学の軽音楽サークルでアイドル的存在になって男を手玉にとったりするタイプか。コケティッシュな面が表に出ているが、その実「恋の表も裏も知り尽くした」とでもいうような、手練れの女の一面もあるように思う。この人の声質はヒジョーに粘っこくて、そこがいい。曲作りも実にうまい。うーん、こういうタイプに弱い男は多い。おれも弱い(その後TOKIO国分との「熱愛発覚」)。
■DA PUMP 彼らの曲って今年ヒットした?まあいいけど。でもいつまでmcATの曲で行くのだろう。もうそろそろ飽きてきたし、音楽的にも頭打ちという気がするが。
■19 キライだ。なぜ売れているのだろう。意味もなく力が入っていて暑苦しい。フォークをやること自体に文句はない。だけどその歌世界が、昔ながらの日本的情緒に根ざしたウェットなものに過ぎないのだ。若いヤツが孤独に陥ったり、落ち込んだりするのは昔も今も同じだと思うが、そういうヤツらに向けて「イマドキ」の彼らが提示するメッセージは、個として自分自身の心の闇に対面することなどではけっしてなく、「みんながいる(=一人じゃない)」などという、なんの確証もない単なるなぐさめ言葉でしかない。昔から繰り返されてきた戯れ言だ。こういう言葉にイージーに寄りかかって、なんとなーく安心感を得ているようなイマドキの若いヤツらも含めてイヤなのだろう。あー、気持ち悪い。
■大泉逸郎 CDの売り上げだけでいえば、この日出演していた演歌歌手の中ではダントツだろう。ここ何年かでは最大の演歌ヒットとなったわけだ。これだけ売れた訳を考えてみる。演歌が本来のリスナーとして想定している40,50代層は、若い頃ビートルズやグループサウンズを経験しているだけに、なかなかすんなりとは演歌に入り込めない。なんの抵抗もなく演歌を聴ける層というのは、実は60,70代にシフトしているのだ。それにも関わらず演歌の作り手は「男と女」だの「酒場」だの、60,70代にとってはすっかりリアリティを失ってしまった世界をこねくり回しているだけだ。要するに作り手の意識がどうしようもなく低いのだが、そういう状況に対して大泉がいきなり「はぁー、孫ってのは、ほんにめんごいなあ」という、いわば身も蓋もない感情をぶつけてきた。飾らない、等身大の自分をさらけ出したアーティストなわけだし、そういった意味で大泉は、ゆずや19のような「ストリート系」演歌歌手なのかもしれない。実際孫を持つ60,70代にとってみればこれ以上に普遍的で、かつシンパシーを寄せやすい感情はないわけで。このように考えると「孫」のヒットも当然の結果ということができる。しかし彼以外の演歌歌手を見渡してみれば、誰も彼も相変わらず歌う世界は昔ながらの「あなたがいないとダメな弱い女」「かわいくて、いじらしい女」像のオンパレードだ。いつまでそんな夢にしがみついているのだろう。もっと現実を見ろ。
■TOKIO もう彼らはいいんじゃないの?という気がする。お笑いの曲の割に衣装がハデハデでダサい。相変わらずの「なんちゃってロックミュージシャン」ぶりには辟易するが、ジャニーズファンを取り込むためには毎年出しておく必要があるのだろう。つんくの曲は当たりはずれが多いと思うが、この曲はねらいすぎていて駄作。
■長山洋子 昔ユーロビートを歌うアイドルだった長山洋子。彼女は石川さゆりになろうとしているのだろうか。歌い方、身のこなし、感情の込め方…長山の表現するものは、どこをとっても「まさにこれが」と前置きをしたくなるほどコテコテに「演歌」なのだが、彼女がそれをうまくこなせばこなすほど、それは演歌のパロディになってしまっている気がする。それが現代的といえばいえるのだが、「旧来的」演歌歌手石川のような「自然とにじみ出る」リアルな情感は、残念ながらまったく伝わってこない。彼女はこれからの演歌界を背負っていくのだろうが、そうなると一層演歌のフィクション性が深化してしまうと思う。どうでもいいが、長山は思いっきり高級クラブの「チーママ」だな。
■西条秀樹 ブルースカイブルー。この曲は好きだ。思い入れがあるだけに冷静に論評できない。受験勉強をしていたあの中三の冬…。おお。西条の歌は、さすがに若い頃のような激しさはないが、それでもすばらしい。なんだかんだいってもこの人の歌手としての力量を十分に感じさせる立派なステージだった。あの年齢で、あの声量はすごい。
■モーニング娘。 どうでもいいけど、この「。」には何の意味があるのか。初期のグループは、そこそこ歌はいいがしょせん「アイドルに毛が生えた」程度で、「アーティストに見られたい」傾向が鼻についたりしてどうにも気にくわなかった。しかし、後藤真希が入って「LOVE MACHINE」をリリースした時点から彼女らは大きく変わった。「どうせ私たちはB級アイドルなのよー!」と開き直り、3の線を演じきることによって面白さと強さとしなやかさを手にしたように思う。「アイドル」が死滅した今の時代、アイドルのパロディを演じている彼女たちが唯一、逆説的な意味での「正当派アイドル」であり得ているのだと思う。しかしこの日のステージ、曲名がいいかげん。「ハッピーサマーウェディングなんたらかんたら」じゃなくて、はっきり「メドレー」と言えばいいではないか。
■浜崎あゆみ この人は本当にキライなのだ、悪いけど。たいして歌うまくない、たいしてかわいくない、たいして面白くない、それで?なんで売れてるの?と言いたくなる。しょせんアイドルでしかないくせに、やたらアーティストぶった態度も気にくわない。アーティストならその鼻声なんとかしろ。ところでバックでベースを弾いているのは昔バービーボーイズにいた「エンリケ」ではないのか?あとギターはおなじみのヨッちゃんだけど、以前「Chee's」というアイドルのバンドでもギターを弾いていた。昔の小泉今日子もそうだけど、アイドルロックの影に必ずヨッちゃんあり、なのか?恐るべし、ヨッちゃん。
■鈴木あみ この人の場合はややあからさまにアイドルしてるし、アーティスト気取りもイヤミにならない程度にとどまっているだけに好感は持てる。そう考えると歌がど下手なのも愛嬌だ。しかしコムロは彼女に与える曲をもう少し考えた方がいいのではないか。この曲だって、サビはキャッチーで歌いやすいが、そこまでのAメロBメロともにむちゃくちゃ歌いにくい。前の「Be Together」にしてもそうだが、なぜわざわざ歌唱力に難ありの彼女にこんなむつかしい曲を歌わせるのか。理解に苦しむ。
「氷川きよし」の前にたけし&シムケンのコント。出来はともかく、たったこれだけのために二人を出演させてしまうのは、すごい。なんという贅沢。
■小柳ゆき この人、世間では高く評価されている割にぼくはあまり買ってない。もちろん好き嫌いの問題もあるが、今回じっくり聴いてみてやはり気になる点があった。彼女、最近多い「実力派R&Bシンガー」と比べると、意外と声量がないのだ。特に「あなたのキスを 数えましょう」の所なんかはもっと声が出てなければいけないのに出てなくて、技術的にうまくごまかしてしまっている。あと歌唱力の点でも、さすがに自分の持ち歌では感じないが前半の企画で歌ったスタンダードナンバー(「星に願いを」)では、「え?」というほどひどかった。その実力に比して、どうもみんな持ち上げすぎなんじゃないか、という気がしている。若いくせに変にテクニックに頼りすぎている所も気にくわない。それに覇気がない!ブサ○クなんだから、せめてしゃきっとしろ、しゃきっと!
■美川憲一 毎度おなじみ衣装対決の白組代表。しかし、いつもそうだが超ゴージャスでケバケバな衣装に比して、歌ってる歌がいつもいつも「地味ー…」なのはどうかと思う。
■松田聖子 この人は昔からあまり好きではないのだが、なんといっても「シンガー」松田聖子の凄さに疑念を挟み込む余地はない。文句なしにすばらしい。さすがに若い頃の、掘り出したばかりの原石、といった魅力には及ばないが、それでも聴かせる。ただ個人的には「Sweet Memories」を歌ってほしかったのだが。
■布施明 しかし、この人も長いし、衰えない。この歌が流行ったのはぼくが小学4年生くらいの時だったはずだ。母親がファンだった。悪くない。
■八代亜紀 聴き飽きた感もあるが、それでも日本の「ブルーズシンガー」としてのこの人の存在感には圧倒される他ない。声質、歌唱法、どれをとってもすばらしい。例のスティーヴィー作曲「ファイア」を歌えばよかったのに。五木も。
■ピンクレディー 彼女たちはとうに「オバサン」であり、冷静に見るとはっきりいって気持ち悪いのだが、その辺を十分理解した上で、それでもあえてケバい衣装を着、足を見せて踊り狂う二人の姿はある種の凄みがあって感服させられる。ぼくなどはもろにピンクレディー世代だし、ヒット曲を聴いてるだけで引き込まれてしまう。しかし、どうでもいいことかもしれないが「ペッパー警部」というのは実に不思議な曲だ。歌の中では、おそらく婦人警官だと思われる主人公の女が、誰もいない職場で同僚の、おそらく刑事と思われるイケメンといい感じになって、さあこれからエッチでも…という時に、実にタイミング悪く現れるのが「ペッパー警部」。「もしもし君たち帰りなさい」…電話でもないのに「もしもし」などと、ちょっと次元の違う言語感覚を駆使する、主人公の女にとってはどうでもいい、ほんとにダサーい中年オヤジでしかないはずなのだが、どうしたことか歌のタイトルになってしまっている。歌の中では「せっかくいいところなのにジャマすんじゃねえ!」と煙たがられるだけの存在でしかないのに、最後にはなぜか「ペッパー警部よ!」と笑顔で叫ばれたりする。何を言おうとしているのだろう?…ほんとに不思議な曲だ。
■アリス これも冷静には論評できない。実は中学時代大ファンで、コピーバンドを組んで文化祭に出たりしたのだ。ああ、懐かしすぎる。まあ、今にして思えば彼ら(谷村、堀口)はアリスとしてバンドでやっている時から実質的には演歌でしかなかったわけだが、中学生のぼくにとっては「バンド」としてのカッコよさばかりが目についていた。当時買ったモーリスのギターがまだある。この日の演奏は、しょうもないアレンジを加えずにほぼオリジナルのままに演奏していたのがよかった。しかし、フレーズの前に「(忘れない…)忘れなーいー」という具合に歌詞をリードしたりするのはやめてくれよ、ベーヤン。
■小林幸子 衣装対決紅組代表。でも今年で封印するそう。なぜ?金かかるからか?でも「派手な衣装をやめる」=「紅白出場をやめる」ということじゃないのか?だって、そのためだけに出てるんでしょ?よしんば来年出場したとして、いまさら「普通の衣装で歌う小林幸子」なんて誰も見たくない。でしょ?
■郷ひろみ この曲を作曲したダンス☆マンのバンドがバックだったのだが、これが実によかった。黒い、エロい、ヤバい。顔黒ギャルメイク&衣装でぴょんぴょん飛び回るギターとか、アフロとかスキンヘッドとか…。小娘がダサい踊りを見せたりするよりはずっといい。彼らバンドメンバーが見られただけでも価値があったのだが、ヒロミゴーも負けずにがんばっていた。なんだかんだ言われつつ、しっかり芸能界にのさばっているヒロミゴーはえらいと思う。要するに売れてナンボ、騒がれてナンボの世界なのだ。ヒロミゴーはこれからもガンガン行くべし。
■由紀さおり&安田祥子 去年のようなワケの分からない選曲は×だが、この「赤とんぼ」のような唱歌を持ってくるなら、実にいいと思う。子供ができてからヴィデオで出ている「童謡集」を買ったりして日本の唱歌をまとめて聴く機会があったのだが、唱歌の多くは昔の農村地帯におけるハードな現実を描いたブルーズなのだ。色んな地方の「子守歌」、あるいは「しかられて」など、親元を離れて奉公に出された(要するに「売られた」)子供の心情を歌った曲などが多くて、つい涙腺がゆるんでしまう。「赤とんぼ」にしたって、2番の「十五でねえやは 嫁に行き」があるからこそ、の歌なのだ。思わず引き込まれた。「帰ろう」もよかった。
■石川さゆり この人は好きだ。肩の力の抜けた、「自然体」の演歌。かなりのトシだし、顔のしわも化粧でごまかせないくらいなのだが、今でも「かわいい」女を体現できる石川はやはりいい。もちろんそのかわいさの裏に、怨念やら情念やら「地獄の底まで一緒よ」的な激しさがあるからこそ、なのだが。「存在自体が演歌」と言ったら言い過ぎか。どちらにせよ、なかなか出ない歌手なのだと思う。
■細川たかし 「望郷じょんから」という曲を歌ったのだが、昔も何度かこの曲で出ていたと思う。いわば「ありきたりの」演歌はイヤだが、この手の曲は実は好きだ。演歌というより民謡なのだが。吹雪のSEとか、津軽三味線の響きとか、歌が物語るストーリー…出稼ぎ、つらい毎日、遠い故郷の家族…とか、すごくいい。たとえ己の趣味趣向とは違っても、良質なストーリーはジャンルを凌駕すると信じている。そういう意味では演歌だろうとロックだろうと関係ない。この曲大晦日に聴くのに持ってこい。いい。実にいい。
■和田アキ子 日本を代表するソウル・シンガー。何年か前の「マイクなし歌唱」もすごかったが、ゴスペルコーラスのついたこの日の曲もいい。「芸能人」和田アキ子はあまり好きではないのだが、「色々あったけど、がんばって生きてるよ。あんたもがんばりな」的な人柄がきちんと歌に転化されている。これはやはり、ソウルだ。いい。
■天童よしみ 初の「トリ」。当然プレッシャーは相当なものだったろうと想像するが、自分のストーリー、生き様を織り込んできっちり歌い上げてみせた力量は十分評価に値する。こういうのがプロフェッショナルというのだろう。立派。
さて、この番組の特色の一つには、普段あまりNHKを見ない層に向けての「プロパガンダ」でもあるということが挙げられる。おそらく、一年でNHKを見るのは大晦日くらい、という若い人もいるかもしれない。そういう意味では番宣に必死になるNHKの態度も分からないではないが、それにしても「お江戸でござる」だの、朝の連ドラだの、「ただ紅白が見たいから見てる」者にとってはどうでもいいような(まあ、岡本綾はかわいいが)要素に臆面もなく時間をさいてくる。他にもしつこく繰り返される大河ドラマ宣伝とか、この番組に限って言えばあからさまに「NHKこそ神」とでもいうような「全体主義」がまかり通っている。この感触はかなり気色悪い。まあ、民放でもフジとか、けっこうみんな同じよう事をしてるんだけど。
司会者について。初司会の狂言役者は、やけにうまく役目を果たしていた。まあ、本来的にプロの「パフォーマー」である以上、それくらいできて当然なのかもしれないが、逆にうますぎて気持ち悪いとさえ思えた。こういうキャラも多分にNHK好みなのだなあ、という気が。それは女子アナにおいてはさらに顕著で、「そこまで必要か」と突っ込みたくなるほど繰り返していた衣装替えでも、着ている服はことごとく国営放送的オヤジ趣味の服ばかりで、実にみっともなかった。けっきょく、ああいう「かわいいけど、どこかあか抜けていない=田舎臭い」女程度しかオヤジの狭量な趣味に適さない…ということだろう。女子アナひとつとってみても、今さらながらのNHK的「権威主義オヤジ体質」を露呈する結果になってしまっている。朝の連ドラを見ろ、なぜ主演の女性は地方在住者ばかりで、なぜみんな純真で素朴な性格で、なぜみんな方言をしゃべるのか。これだって上述の「オヤジ体質」を理解すればすぐ分かる。あーあ、ほんっとに権威主義オヤジってイヤだ。
数字的にはどうなのか知らないけど、NHKは当分現在の「派手路線」紅白を続けていくことだろう。こうした番組のあり方は、もはや「フリーク」と呼びたくなるほど滑稽でグロテスクではある。とはいえぼく自身、きっと来年も「つっこみ所」を探しつつ、全部見てしまうのだろう。
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FISHBONE(2000年11月2日心斎橋クラブクアトロ)
上下に揺れる床。後から激しく体当たりされて息が詰まる感覚。頭の上を通り過ぎていくダイヴァー。そして、ジョウロでまかれたように降り注ぐ汗…。ライヴ評を書く時は、たいてい一歩引いた位置から冷静にショウを見ているのが普通だ。しかし、自ら人混みの中に分け入り、周りの客と激しくぶつかり合い、もみくちゃになりながら体験したライヴの感想を書く(そして、それを読む)というのもけっこう面白いものだと思うし、そのライヴがFISHBONEのものだとしたら、逆にそのような「現場でもまれた」クリティックの方が、よりショウの本質に迫ることができるような気もする。いずれにせよ、今回のライヴで、ぼくはほぼ一貫して最前列ど真ん中に陣取って見ていたし、汗だくになりながら踊り、声が枯れるまで歌い、叫ぶ…そういった見方をしていた。もっとも、うしろで冷静に見るつもりなど、最初からなかったのだが。
ぼくがロックを聴いていなかった時期に来日していないとすれば、おそらく8年振りくらいになるFISHBONEの公演。フジロックには出演していたが、WOWOWで放送されたものを見た限りでは、あまりいいライヴという印象を持たなかった(FISHBONEのファンばかりではないし、しょうがないのだろうが)だけに、今回の単独公演は期待と同時に、かなりの不安感もあった。年齢的にも激しいライヴをやるにはキツいはずだ。しかし。結論からいうとこのバンドは、そんなつまらない心配など、こともなげに吹き飛ばしてくれた。大幅なメンバーチェンジを経たにもかかわらず、ライヴにおける躍動感、ポジティヴなエネルギーは、いっこうに変わっていなかった。8年振りに観るという感じが全然しない。
会場は、心斎橋の「クラブクアトロ」。昔はよくこのライヴハウスにライヴを見に来た。大きすぎず、小さすぎず、客席後方はゆるやかな階段状になっていて、ステージが見やすい構造になっている。全体的な雰囲気も感じのいいアメリカンなバーといった風情で、悪くはない。割と好きなハコなので、そこでFISHBONEのショウが見られるというのは、うれしい。開演10分前に会場に入ったのだが、意外に客の入りはまだ少なく、みんなイスに座ったりして、まったりしている。「なんだよ」と、少し腹が立ったので、ステージ前に立ち、腕組みをして直立不動の姿勢で公演開始までの約40分間を過ごした。もっとも、ショウが始まる頃には客はステージ前に集まってきていたが。30分押しでライヴ開始。
1曲目の「Party At Graound Zero」から客もメンバーもヒートアップしている。さっそくダイヴ続出。えー、この日のライヴ全体では、推定150ダイヴ(mine-D調べ)という数だった。ステージに向かって右手にB.のノーウッド、左手にVo.、ホーンのアンジェロ、中央やや後方にはホーン、Vo.のウォルター。そして、ノーウッドの右には新メンバーのスペイシーT(G)、アンジェロの後方に同じく新メンバーのジョン・マックナイト(トロンボーン、Kbd.)、中央奥手にこちらも新メンバーのジョン・ステュワード(Ds.)が控える、という隊列を組んでいる。アンジェロは、昔ジミー・ペイジが使っていたような、手をかざすと音が鳴る発信器のような装置(後ほど名称判明。「テルミン」ですな)を側に置き、事あるごとに奇妙な音を発していた。
新メンバーについて。Ds.のジョン・ステュワードはスキンヘッドの強面ブラックだが、非常に手堅い印象を持った。ジョン・マックナイトは、キーボード、ギター、トロンボーンと次々手を変えて職人ぶりを見せつける。FISHBONEのサウンドにとって、彼のような存在は不可欠だと言えるだろう。ギターのスペイシーTは途中間違えたりもしていたのだが、技術的にかなり高いレベルにあると感じさせられた。相当「できる」人だと見た。
当然といえば当然だが、やはりニューアルバムからの曲が多い。「Everybody Is A Star」「It All Kept Startin' Over Again」「Dear God」あたりを除いて、全部演っていたのではないか。他にはキャリア全般に渡ってまんべんなく演奏されており、選曲という点では、ほぼ満足できた。もっとも、ぼくがむちゃくちゃ好きな「Bonin' In The Boneyard」を演ってくれなかったのは残念だったが。アンコールの時に曲名を叫んでリクエストしたのだが、聞き入れてはもらえなかった。
前半は真ん中2列目くらいの位置にいたのだが、前にいたのが女の子で、体重をかけるわけにもいかず、客席とステージを区切る柵に手をついて、後方からの圧力にひたすら耐えている、という状態だった。それにしても、やはりおそろしい勢いで後から押されるので、その度に息が詰まる。頭の上を通ってステージと客席の間に落ちていくダイヴァーも多い。後にG.のスペイシーTの指摘で気づいたのだが、その柵の根元部分に激突してどこかを切った客がいたようで、床に流血の跡があった。かなり壮絶なライヴといえばいえる。もっとも、この手のライヴに慣れている客ばかりのようで、激しいモッシュ、ダイヴはありながらも自制のきいた暴れ方で、誰か倒れていたらすぐに助け起こす、といった「マナー」も、きちんと守られていた。
前半、「Where'd You Get Those Pants」では、パンツをはいた女の子をステージに上げる、といった趣向が見られた。また、「Ma And Pa」では、もはや「お約束」ともいえる、アンジェロの「客席ダイヴ」が見られた。そのまま客席後方まで泳いでいって、テーブルの上に立ち、ひとしきり歌った後、またダイヴでステージに戻ってきた。前回のライヴ、モーダ・ホールで見たときも思ったのだが、これができるアーティストはなかなかいないと思う。ぼくが先日レンタルした「ザ・ベスト・オヴ・フィッシュボーン」というベストアルバム、「トゥーレ」というライターのライナーノーツの中で紹介されている、かつて活躍した黒人ヘヴィ・ロックバンド「Living Color」のギタリスト=ヴァーノン・リードによる、こんな逸話を紹介したい。
(前略)リヴィング・カラーのシカゴ公演で、どうやったのかまるで理解できなかったがアンジェロがスピーカーの上によじ登ったことがある。その高さは並でなく、それを観た関係者は一同に「一体あいつは何をやってるんだ?!」と即座に固唾を飲んで彼を見守った。スピーカーの一番上まで登ってしまったアンジェロを観て、我々はステージ脇から7メートルぐらいはあるとか、8メートル以上だとか、ホンキで心配したんだ。ああ、あいつ正気を失っちゃってるに違いないよって感じだった。何も考えないで、きっとああなっちまって…と僕が様々な想いを巡らせていることをよそに、客席にそのままダイヴしてしまった。あんな愚かなことをするヤツは初めて見た…その瞬間、彼は死んでいたかもしれないのに。彼は文字どおり、自分の生命を観客の愛に委ねたのだ。もし、ファンが彼の体を受けとめなかったら…あの高さから落ちることは、自分の人生を投げることを意味していたのだから。彼がダイヴした瞬間、そこはモッシュピットのように騒然となった。落ちたと思われる場所に、まるで体の細胞の一つ一つが、例えば数え切れないほどの白血球が外部からのバイ菌を退治しようと一カ所に集まるように、アンジェロが落ちるであろう位置にそこをめがけてファンが殺到したのだった。(後略)
歳のせいなのか、こういう話を聞くとつい涙腺がゆるんでしまう。この話は、このバンドが一貫してファンとの間に築いてきた信頼関係を物語るものであり、それは8年というブランクを経ても、なんら変化するものではない、ということだ。うれしくなってくるじゃないか。
アンジェロもノーウッドも、一曲目からすでに全身汗だくだ。それでも休む間もなく次々に曲を繰り出してくる。体力的な衰えなど、微塵も感じさせない。前半の個人的なピークは、「Shakey Ground」だったのだが、客はもうひとつ盛り上がっていなかった。どうもこの頃、自分が盛り上がる曲と、他の客の盛り上がる曲が微妙に違ってきているようだ。やはり歳のせいなのか。まあ、いい。さほど盛り上がってない周りの客にモッシュをかまして思いっきり暴れ回ってやった。なんで踊らねーんだよ、このディープなファンクで。気がつけば、知らない白人と肩を組んで「Shakey Ground, Shakey Ground!」と歌っていた。
途中からは前にいた女の子が移動したので、最前列の位置を確保できた。ちょうど、ど真ん中だったので、アンジェロがしょっちゅう目の前に来ては客席に身を乗り出して歌う。ライヴではいつものことなのだが、アンジェロのズボンを吊すサスペンダーの長さは絶妙な長さに調節されており、ちょうどうまい具合に「半ケツ」が拝める状態になっている(もちろん、ノーパンだ)。今回のライヴでアンジェロを何度も目の前にして分かったことは、あの長さはちょうど、彼の陰毛上部も拝める、ということだった。や、下品な話題で申し訳ないが、アンジェロの場合はケツも陰毛もほれぼれするほどキレイなのだ。他意はないことをご了解願いたい。アンジェロに握手もしてもらった。
せっかくの好位置をキープしたいという理由もあって、終始一貫してダイヴで後方へ飛んでいく、ということはしなかったのだが、中盤の「Fleddie's Dead」ではガマンできなくなって、いったんステージに出てから、客席へ飛び込んだ。その際、腰から落ちて、尾てい骨をしこたま打ってしまい、しばらく腰痛に悩まされることになった。もちろん、腰の痛みだけではなく、暴れ回ったせいで全身筋肉痛に苛まされ、翌日、翌々日あたりはちょっと動くだけでも声をあげるくらいだったのだが(…)。
このバンドの音楽的魅力について。ライヴには、ダイヴやモッシュをやるために来ているお客さんが多いのは事実だし、そのことをここで批判しようという気はさらさらない。ぼく自身そういう面は確かにある。ただ、個人的にブラックミュージックが好きでよく聴くぼくとしては、このバンドの、いわばトラディショナルなブラックミュージック的側面に目を向けてほしい、と思ってしまうのは事実だ。パンク、ハードコア的側面、そしてスカはもちろんこのバンドの魅力の一つではあるけれども、一方でバンドの中に歴然として存在する、昔ながらのソウル、R&Bといった、豊穣な黒人音楽的素養を理解すれば、よりFISHBONEというバンドの本質に迫れるような気がする。そうだな…例えば、スティーヴィー・ワンダーが、いきなりパンクをやったら驚くだろう?ぼく的にはそれほど違和感を感じさせるようなすごい体験なのだ、FISHBONEを聴く、ということは。スカをやっていても、例えば「Fight The Youth」のようなハードな曲をやっていても、このバンドの出す音の底辺には確固としたグルーヴ感が脈づいており、そこが大きな魅力なのではないかと思う。
アンコールは2回。好きな「Everyday Sunshine」をやってくれたのがうれしかった。アンジェロは以前なにかのインタヴューで、自分たちのやってることは基本的にブルーズだ、という話をしていたが、この「Everyday Sunshine」などは、そうした思想が如実に表れている、まさに名曲だと思う。ハードかつヘヴィな現実を嘆きつつも、いつかもたらされるかもしれない「救済」、いつか実現するかもしれない「嘘や偽りのない世界」を希求する…この世界観はまさにブルーズだ。
ぼくは以前「ヘラヘラ笑ってライヴをやるアーティストが許せない」という旨のライヴ評を書いた。アンジェロもライヴではしょっちゅう笑うが、その笑いの持つ意味は大きく異なる。アンジェロが客の方を見て「ニヤリ」と笑うとき、その眼の中には常に「狂気」が宿っている。オーディエンスとの安易な一体感を求めようとするヘラヘラした笑いとは、まったく次元が違うのだ。ポジティヴでありながら、同時に限りなく変態でフリーキーでもある、その点もこのバンドの大きな魅力だと思っている。
今回のライヴ、ぼくは十分に堪能できたし、メンバーチェンジにもかかわらずまったく変わっていなかったことで、大きく勇気づけられた気がする。ほんとにうれしかった。今、かなりFISHBONEのファンサイトを作りたい、という気持ちになっている。というのも、ぼくの知る限りでは日本にFISHBONEのファンサイトというものは、まだ存在しないからだ。「おれが作らなくてどうする」とさえ思うのだが、ぼくは以前持っていたCDを売ってしまっているし、バンドヒストリーなどについても、さほど詳しいわけではない。今からCDを買い集め、情報を集めていくとなると、相当時間がかかってしまうだろう。どなたか彼らのファンで音源や情報を提供してもいいという方、共同でサイトを起こしてみる気はないだろうか。このままマイナーで埋もれさせるには、あまりにももったいないバンドだと思うし、彼らに対してぼくができることは、それくらいしかないと思うからだ。
個別リンク:http://www.mine-d.com/article/archives/2004/06/fishbone2000112.html|↑
Show Reports
フジロックフェスティバル'00(WOWOW)
一度も行ったことはないけど、毎年気になるフジロック。幸い今年もWOWOWがダイジェストを放送してくれたので、各バンドについて簡単な寸評を書いてみようと思います。しかし、これはかなり危険なことです。というのも、ほとんど「隠居生活」のmine-Dには、フェスに出ているバンドの8割くらいは、音はおろか、名前さえも聞いたことがないものばかりだったからです。ほとんどのバンドが1,2曲しか放送されなかった以上、まったく未知のバンドをわずか数分の演奏でぶったぎってしまおうとしてるわけで、はっきりいってとんでもないことです。それでもやっぱり書こうと思ったのは、かなり面白いバンドをいくつか見つけることができてうれしかったのと、9時間の放送を全部見た努力を、形にして残しておきたかったからです。だってがんばったんだもん!
さすがに全部についてコメントするのは無理だし、かなり重要なバンドでもあえてコメントしてない場合もあります。で、バンド/アーティスト名の表記はカタカナ、英語テキトーです。間違ってたらすいません。それじゃ、行ってみようか。
■レピッシュ レピッシュ、まだやってるんだ。昔よくライヴ見に行った。ちょっとおっさんくさくなったけど(おれもな)、相変わらずカッコいい。
■イエロー・マシンガン 女の子3人バンド。ポップな感じかな、と思ってると、いきなりスラッシュやりだしたので、びっくり。ほんわかした笑顔と曲のギャップが面白い。けど、今の時代にストレートなスラッシュやってもなあ…という気はする。
■ザ・キラーバービーズ 昔のブロンディとか思い出しちゃった。うーん、キャラ、「いかにも」って感じして、ちょっと…。
■BEAST メイクした日本のバンド。ヘビメタ、ハードロックサイドからのアプローチだね。お、けっこうカッコいい…と思ってたら、サビで「ありゃ?」コケちゃった。どうしてもメロディアスな予定調和的世界に戻っちゃうのね。やっぱおれ、HM、HRはダメだな。
■間寛平&アメマーズ 寛平師匠のことだから、ライヴそっちのけでギャグ発表会になってるのかと思いきや、けっこうシリアス。でもなあ、マジでバンドやっていくつもりがないなら、シリアスにはやらないでほしかった。ただの「にぎやかし」に徹していた方がよかったんじゃない?
