先日、選挙が行われましたね。今さらかよって感じですが、選挙があるたびに「投票する」という行為に違和感を覚える自分がいて、昔、何度か文章を書いたりした記憶があるのですが、今読んでいる「ポスト資本主義社会」に興味深い記述があったので、書き留めておきます。

市民性のない国家
だが、「巨大国家においては、もはや政治的な市民性は機能しない。小国においてさえ、政府のすることは、遠くの出来事であって、一般の人間が影響を与えることはできない。
もちろん、投票することはできる。事実われわれは、過去数十年間にわたって、権利としての投票の重要性を苦労しながら学んできた。
個人はまた、税を納めることはできる。この点でもわれわれは、過去数十年間にわたって、納税が意義のある義務であることを学んできた。
ところが今日、個人は、投票と納税以外には、世の中に影響を与えることも、行動を起こすこともできない。
市民性のない国家は空疎である。もちろんナショナリズムは存在しうる。しかし、市民性のないナショナリズムは愛国心から排他主義へと堕す。
社会に市民性がなければ、市民を生み出すうえで必要とされる責任あるコミットメント、つまるところ国民を統合するための責任あるコミットメントなど、ありえようはずがない。世の中をよくすることから生ずる満足や誇りもまた、ありえようはずがない。

「むおお」と唸ってしまいました。「たとえ入れたい政党がなくても、投票はしろ」や「投票しないなら政治にいっさい文句言うな」といった乱暴な論調に感じる違和感を、実によく表している文章だと思います。

問題は、今の社会が複雑化し過ぎていて、市民性を喪失してしまっている点なのだと思うんですよ。現在の選挙制度ができた時はそうじゃなかった、人々が政治に参加しているのだという意識を持つことができたんでしょう。けれど、ドラッカー博士が「断絶の時代」でも述べているように社会は変質してしまっているのですから、形骸化した「投票=善」という考えを振り回しても仕方がないのだと思います。投票という行為から市民性がすっかり剥げ落ちてしまっている。

さてどうやって市民性を取り戻すのがいいでしょうねー。「政治意識を!」とか大上段に構えても、きっとプロ市民の罠にはまっちゃうし、かといって家にこもってネットしているだけではダメだろうし。確かなのは、今の政治制度や教育に文句を言ってるだけではなにも始まらない事だと思いますので、何か自分なりに有効だと思えるようなことを実行していきたいと思います。少なくとも投票してればいい、税金だけ納めときゃいいという考えには陥らないようにしよう。

ポスト資本主義社会―21世紀の組織と人間はどう変わるか
P.F. ドラッカー
ダイヤモンド社
売り上げランキング: 65952
おすすめ度の平均: 4.5

5 すげー〜
5 いま読み返しても洞察は古びていない
5 歴史の境界という名の転換期
5 現代社会人の指南書
3 10年前に書かれたということが驚き