Blood Sugar Sex Magik('91)
The Power Of Equality/If You Have To Ask/Breaking The Girl/Funky Monks/Suck My Kiss/I Could Have Lied/Mellowship Slinky In B Major/The Righteous & The Wicked/Give It Away/Blood Sugar Sex Magik/Under The Bridge/Naked In The Rain/Apache Rose Peacock/The Greeting Song/My Lovely Man/Sir Psycho Sexy/They're Red Hot最初に断言しておくが、これがRHCPの最高傑作であり、90年代初頭のロックシーンにおいて、もっとも重要なアルバムの内の1枚だ。ロックバンドがその歴史の中で、気力、体力ともに充実して「ノッている」時期に、1枚だけ最高のアルバムを作れるとしたら、まさにこのアルバムがそれだ。
現時点(「Californication」まで)では、まだバンドはバリバリ現役でがんばってるわけだから、「次のアルバムがそうなるかもしれない」と思われる方もいるだろう。しかし、バンドはこれ以上の作品を作らないだろう。「作れない」のではなく、「作らない」のだ。「Californication」を聴いての印象だが、たとえ次のアルバムの出来が恐ろしくよかったとしても、この「Blood Sugar Sex Magik」とは違うフェイズで語られるべきものになるだろう、そんな気がする。
前作とバンドメンバーは変わらないが、プロデューサーにDefJamのリック・ルービンを迎え、レコード会社もEMIからワーナーに移籍してリリースしたのが、通算5作目になるこのアルバムだ。
前作までの全速力で突っ走る感じから、重心を低く構え、のしのしとがぶりよる感じの印象へと変化している。まずジョンのギターだが、前作での、エフェクトを効かせた金属的なそれとは違って、ほとんどシールドを直接アンプにぶち込んだかのような、生音に近いギターの音が全編に渡って展開されている。またフリーのベースプレイの代名詞ともいえるスラップ(チョッパー)ベースは、本作では影をひそめ、ハイパー・テクニックを見せつける、前作までの印象とは明らかに変化している。
アンソニーの書く詩も深みを増している。アメリカ社会の不正に真っ向切って異議申し立てをしている「The Power Of Equality」や「The Righteous & The Wicked」などには心を動かされるし、動物への愛(「Naked In The Rain」)を歌うロックバンドは、そうそういるものではない。特にすばらしいのは、「Breaking The Girl」の詩で、抽象的で浮遊感のある詩とメロディーが合わさって、独特の世界観を体現することに成功している。
このアルバムでの特徴のひとつは、アンソニーが「サラダ」と呼んだ、いわば「ベタ」なバラード、すなわち「I Could Have Lied」「Under The Bridge」といった曲群が初めて収録されたことだ。普通ハードな曲を売り物にしていたロックバンドがバラードをやろうとするとき、往々にしてその出来はよくないことが多い。しかし、これらの曲は、その圧倒的に美しいメロディーと、確かなアンソニーの歌唱力で、駄作になることを免れている。本作リリース後初のツアーであるNewYorkでのライヴをブートレグで見たのだが、「サラダ」の演奏時には予想通りブーイングが飛んでいた。「やめてくれ、あのチリペッパーズがバラードだって?」。しかし、バンドが成長していく過程で、音楽性が変化していくのは当然のことだし、あえてバンドがライヴでもバラードをやろうと決めた姿勢は支持したい。なにより、バラードの出来はすばらしいのだから。
本作は、L.A.の「幽霊屋敷」と呼ばれる大邸宅を借り切って録音された。その結果、スタジオで録られたものとは違い、音に広がりが生まれ、空間を感じさせる音の仕上がりとなっている。メンバーは(怖くて泊まれなかったチャドを除いて)全員が屋敷に住み込み、レコーディングの間中濃厚なリレーションシップを結べていたようだ。その様子は、ヴィデオ「Funky Monks」に詳しい。
聴いた当時から思っていたのだが、これは「ロック」アルバムだ。本作がリリースされてしばらくの頃、音楽誌がこぞって、バンドを「ミクスチャー・ロック」陣の筆頭、という扱いで何度も取り上げていたのにはすごく違和感を感じた。だいたい「ミクスチャー・ロック」自体意味のない言葉に思えるし(そもそもロック自体成り立ちは「ミクスチャー」じゃないの?)、前作までと比して、バンドはこのアルバムで恐ろしいほど大きく成長を遂げたのだ。「おバカ」な側面をゴソッと捨て去るのと引き替えに、彼らはロック本来のカッコよさに満ちあふれた真剣なアルバムを作り上げた。ただの「ロック」でいいじゃねえか。ぼくは、このサウンドこそが、90年代初頭の「正統派ロック」サウンドなんだ、と思っていた(異論はあるだろうが)。前作までならまだしも、「BSSM」聴いてなお「ミクスチャー」なんて言ってるヤツの気が知れない。
ぼくはこのアルバムをレッド・ツェッペリンのサード・アルバムと似ている、と感じる。もちろん、音楽性はまったく違うが、なんとなく「手触り」が似ているのだ。メロトロンの使用やそのシンプルなサウンドを聴いても分かるように、60〜70年代黄金期ロックをファンキーに再現する、という企てがプロデューサー、バンドメンバーの頭にあったことは、おそらく間違いないと思う。リリース当時のロック界でのRHCPのスタンス、そして特に「Give It Away」で見られるような思想は、多分に60〜70年代文化、はっきり言うと「ウッドストック」あたりを指向していたように見受けられる。
売り上げ面でも「Give It Away」「Under The Bridge」のスマッシュヒットで、一気にRHCP自身を高いステージに登り詰めさせる結果になった。1993年のグラミー賞では、「Give It Away」が「ベストハードロック賞」(なんで「ハードロック」なんだよ)を受賞し、バンドはP-Funkオールスターズとともにパフォーマンスを行った(この時点ではジョンは脱退していたが)。
このアルバムを初めて聴いた夜のことははっきりと覚えている。眠ってしまった恋人をそのままにして、その日買っておいたCDをおもむろにトレイに入れ、ヘッドフォンで聴いた。誰だってお気に入りのバンドのCDを買ってきた日はそうだと思うが、一日中気になって気になってしょうがなかったのだ。最初にCDプレイヤーの「スタート」ボタンを押してから、コンポがプレイをやめるまでの間、ぼくは(くさい言い方で申し訳ないが)深い感動に包まれていた。ロックを聴いて「感動する」ことはそれほどないのだが、この時ほど感動したことはない。なぜかというと、ひとつにはずっと追いかけ続けてきたバンドが、ついに正真正銘本物のロックバンドであることをはっきりと証明したからであり(正直これほどすごいアルバムを作るとは思っていなかったのだ)、もうひとつは個人的なことなのだが、本作でのアンソニーの詩にとても感銘を受けたからだ。
前作までは、深い考察力に裏打ちされた詩も多く見受けられたが、反面、当時の一般的なバンドへのイメージと同じく「オレ達がナンバーワンだぜ」といったような、いわば示威的な詩や、ありがちな「不良」イメージの詩も多かったと思う。しかし、本作でアンソニーはグッとシリアスになり、はっきりとしたメッセージをストレートに表現するようになった。先に述べたが、特にアメリカ社会や現代の価値観に対して意義を申し立てる「The Power Of Equality」「The Righteous & The Wicked」や「Give It Away」、動物への愛を歌う「Naked In The Rain」などには感動した。なにか、ぼくが子供の頃から密かに暖めてきた想いを、アンソニーに肯定されたようにさえ感じたのだ。もちろんそれは思いこみなのかもしれない。しかし、ロックミュージックを聴いてこんな想いをかき立てられた、というのはそれまでになかった体験だし、それだけでぼくにとっては重要だった。あの時点で、まさにぼくが切実に必要としていた音だったのだ。
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