Stadium Arcadium('06)

Jupiter
Dani California/Snow (Hey Oh)/Charlie/Stadium Arcadium/Hump De Bump/She's Only 18/Slow Cheetah/Torture Me/Strip My Mind/Especially In Michigan/Warlocks/C'mon Girl/Wet Sand/Hey
Mars
Desecration Smil/Tell Me Baby/Hard to Concentrate/21st Century/She Looks To Me/Readymade/If/Make You Feel Better/Animal Bar/So Much I/Storm In A Teacup/We Believe/Turn It Again/Death of a Martian

総覧

レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、9作目のオリジナルアルバム。前作「By The Way」から4年を経てリリースされた。当初、メンバーは10曲くらいのシンプルなアルバムを作ろうと決めてスタジオ入りしたらしい。しかし次から次へと曲が出来てしまい、けっきょくこのセッションでは38もの大量の曲をレコーディングするに至り、レコーディング期間も一年以上に及んだという。一時は3枚に分けて6ヶ月間隔でリリースする案なども出たようだが、けっきょく収録曲を28曲に削り、バンド初の2枚組作品として世に出された。2枚組のうち片方は「Jupiter」(木星)、もう片方は「Mars」(火星)と名付けられている。

激しいメンバー変動を経験した過去とは縁を切り、フリー、アンソニー、ジョン、チャドという4人の安定したメンバーでじっくり時間をかけて制作された感のある作品。ちなみに、RHCPの歴史上同一メンバーが連続して3枚アルバムを作ったのは今回が初めてである。プロデューサーのリック・ルービンとも、15年以上の長きにわたる強力なタッグだと言える。「Blood Sugar Sex Magik」と同じ、L.A.のローレル・キャニオンという地区にある邸宅で録音された。DVD作品「ファンキー・モンクス」 でおなじみだろう。

ギタリスト、ジョン・フルシャンテはこの作品に先立って、2004年2月の「Shadows Collide With People」に始まり、「The Will to Death」(2004/06)、フガジのジョー・ラリーと、盟友ジョシュ・クリングホッファーとのプロジェクトAtaxia名義の「Automatic Writing」(2004/08)、「DC EP」(2004/10)、「Inside of Emptiness」(2004/10)、ジョシュとの共同名義で発表された「A Sphere in the Heart of Silence」(2004/11)に至るまで、まさに怒濤のごとくソロプロジェクトの作品をリリースしてきた。そこで示された多様な音楽性、実験性といった要素が、本作に結実しているであろう事、またソロ・ワークを通じてジョンがミキシングなどのスタジオ・ワークのノウハウを学んだ事は、おそらく疑う余地はないだろう。

ソロ・アルバムを何枚も作っただろ?その時に経験したことのお陰で、スタジオをクリエイティヴに使うために、以前よりいいアイディアが浮かぶようになったんだ。僕のソロ・アルバムはチリ・ペッパーズと同じエンジニアやミキサーと一緒に制作したんだけど、ソロの時はものすごく時間をかけて試行錯誤していたんだ。だけどその時学んだ経験のお陰で、今回のアルバムは1枚あたり5日のペースで録り終えることができた。
(「Player」2006年6月号より)

フリーの「宣言」

2006年2月時点でのニュースソース。

mine-D's SPICE! The Red Hot Chili Peppers Fansite News: フリーの最高傑作宣言/ロラパルーザ参戦か

この中で、フリーは

If you don't like this, you don't like the Red Hot Chili Peppers. Period.
このアルバムが好きじゃないなら、レッド・ホット・チリ・ペッパーズが好きじゃないってことだ。以上。

と言い切った。だからぼくは今作を聴く時に、それなりの覚悟をして聴いた。フリーがそこまで言う作品をぼくが気に入らなければ、残念な事だがRHCPのバンドとしてのあり方と、ぼくがRHCPにバンドとして求めるものが乖離してしまったという事になる。フリーがそこまで言う作品が、ぼくにとって「そこそこ」の価値しか持たないようなら、それ以上ファンをやる意味はないと思うし、その時はこのサイトもたたんでファンをやめよう…そう思っていた。そして、今作がリリースされる前、全曲試聴できるサイトで一通り聴いた時のぼくの印象はまったく芳しくなかった。はっきり言って不安な感情が頭の中をぐるぐると渦巻いていたのだ。この作品を、フリーは本当に「これを嫌いならファンじゃない」と言い切ったのか?

発売日。Amazonから届いたパッケージを開封し、部屋で一人、じっくり28曲と向き合って聴いた。もう一回聴いた。さらにもう一回聴いた。止まらなくなった。貪るように毎日繰り返し繰り返し聴いた。今これを書いている間も、まだ聴いている。結果。ぼくには答えが見えた。はっきりと言えることは、RHCPはこの作品で確実に進化し、新たなステージに上がったという事だ。また、このStarium Arcadiumという作品を、過去のどの作品と比べることもあまり意味がないし、よくされるような「ファンキーかメロディか」といった比較も、もはやまったく意味を失ってしまったように思う。すべての曲がファンキーで、かつメロディアスだからだ。

印象

この作品では、バンドははっきりと分かりやすいような音楽的チャレンジは、特にしていないと言える。過去の2作品、CalifornicationとBy The Wayを最初に聴いた時のような「お、こんな事にもチャレンジするのか」という意外さは、今作では感じられない。ここ最近のレッド・ホット・チリ・ペッパーズのバンド・サウンドから大幅に逸脱するような曲調のものは見られない。特に前作(BTW)以降、グレイテスト・ヒッツに収録された「Save The Population」、さらにはシングル「Fortune Faded」のカップリングの「Eskimo」といった曲をフォローしてきてきたファンならおおまかに掴んでいたような流れから、大きく外れるものではない。ファンにとってはおなじみの「RHCP節」が展開されている作品だと言える。そのため、さっと流して聴いただけでは、「なんだか全部同じように聞こえる」「地味」といった印象を持ってしまう人が多いだろうし、ぼくが最初ネットで試聴した時にイマイチだと感じたのもそのせいだと言える。

色彩学で「トーン」と言えば明度と彩度の組み合わせで決まる、ある一定の色群だ。よく知られるトーンに「パステルトーン」がある。配色をする際、トーンを統一する手法を「ドミナントトーン配色」と言う。今作でのバンドサウンドは、この「ドミナントトーン配色」に近いと言える。とりわけ飛び抜けて主張する曲があるのではなく、全体を通して調和感、統一感があるのだ。

サウンド的には振幅が狭まったという事は、バンドとしての音がようやく確立されてきた、という事をも意味する。じっくり腰を据えて聴いたファンなら分かる通り、一見狭い範囲に限定されているように見える音楽性の幅の中に、実はおそろしいほど多様でバラエティに富んだ世界が展開されているのだ。それは、自然と「見える」「分かる」類の感覚であって、簡単に説明できるようなものではないと言えるだろう。いずれにせよ、さっと流し聴きしただけで判断してしまうのはあまりに早計だ。

ジョンのギタープレイ

ジョンのプレイは大幅に変化している。前作以前と比べても、ギター・ソロの配分は大幅に増え、プレイ自体もCALの頃のような「シンプル・イズ・ベスト」的アプローチではなく、早弾きの多さも含めてまさに「弾きまくっている」状態だ。

例えば「カリフォルニケイション」での俺のプレイのアプローチはシンプルに徹してて、ストレートでありながら、「一音残らず、完璧にハマるべき場所にハマるように」ってことを最も重視してたんだ。でも今回のアルバムではどの場所に音を置くかなんてことには拘らなかった。
(「クロスビート」2006年6月号)
僕は今でもランディ・ローズやエディ・ヴァン・ヘイレン、スティーヴ・ヴァイといった人たちの大ファンだけど、彼らの影響が僕のプレイにあまり反映されてないように思えてきた。でも僕は、彼らが活躍していた時代以降、誰もが彼らに逆行してひたすらシンプルに弾くようになってきた傾向を憂いて(原文ママ)いるんだ。
(「プレイヤー」2006年6月号)

その「プレイヤー」のインタビューで、ジョンは今回のレコーディングで「モジュラー・シンセサイザー」というエフェクターを活用している事(「スタジオではギターの音をテープに録って、それをモジュラー・シンセサイザーに送って、そこで加工した音をまたテープに戻す」という凝ったことをしているらしい)や、それ以外にも様々なイクイップメントを多用した試みを行った事を明らかにしている。また、今回はキーボードをほとんど使用せず、一見キーボードのように聞こえる音も、実はギターの音なのだとも話している。

こうした新しい試みの結果、ジョンによる様々なエフェクトを多用したギター・プレイは、今作全般を通して、不思議でスペイシーな手触りを与えている。まさに自由自在、持てる知識とテクニックを総動員して作り上げたというところだろう。

フリーのベース

フリーは長く使用していた「モデュラス」というベースから、今作ではジャズベースと呼ばれるにモデルに変更したようである。

SAの音色の特徴として、ベースの音がガラッと変わったこと。 これは、今回のレコにフリーが使用したベースがFenderジャズベース(61年製のオールド物。最近のライブで使っている味味のアイボリー色のベース)という点が非常に大きい。ジャズベースといっても、ジャズ用のベースということではないのであしからず。ミッドが豊かに出るオールマイティーなベースで、とても弾きやすいベースなんです!
Red Hot Chili Peppers Fan - THE ADMINS☆ -  モジュラスベース復活!?
また、音色だけではなく、テクニック、プレイヤーとしてのマインドも今作において向上しているようである。
とにかくフリーの成長がスゴいです。脂ののったDVD(Slane Castle)の勢いがスタジオにも持ち込まれた感じ。 ノリ、音色、小技、和音、フィル、裏メロ。ある意味でエレクトリックベースの限界に近いです。
「Stadium Arcadium感想掲示板」への「mmm」さんの書き込みより)

アンソニーの歌唱表現力

アンソニーのヴォーカリストとしての成長は著しい。今作の手触りを決定的に左右しているのは、まぎれもなくアンソニーである。また、作り出す歌メロの独自さという点も勘案すると、現在のバンドサウンドそのものを中心的に引っ張っているのがアンソニーだと言えると思う。

バンドを結成して最初の頃は、はっきり言ってまともに歌えるとは言い難いシンガーだったのに、今のあいつは本当に素晴らしいシンガーに成長したもんな。凄くエモーショナルで、美しくて、テンションの高いヴォーカルを聴かせることができるようになったし、あいつ自身の湧き上がる感情や心に合わせてメロディを自由自在に歌いこなすようになった。/フリー
(「クロスビート」2006年6月号)

歌詞について

いくつかのインタビューで語られているように、「Dani California」の主人公ダニーはCalifornication〜By The Wayを通して語られてきたキャラクタである。アンソニーはこの曲で初めてこの連続性を認識したと語っているが、具体的には Californicationの歌詞「Teenage girl with the baby inside getting high on information」という部分が該当する。ライヴDVD「Off The Map」を見たファンは分かると思うが、10代で妊娠しているという女の子が楽屋を訪ねてきている場面がある。アンソニーのこの時の体験はかなり強烈だったようで、例えばBTWの「オン・マーキュリー」でも「Like a girl who only knew her child was due」という歌詞が出てくる。

この「Dani California」ではダニーは最終的に死んでしまう。サビの歌詞は「カリフォルニアよ、安らかに眠れ」だが、これはもちろんダニーとカリフォルニア=L.A.を重ね合わせていて、ずっと続いているアンソニーの愛憎伴ったカリフォルニア観が垣間見れる。同曲中でダニーはミシシッピ州で生まれてカリフォルニアへ出てくるのだが、アメリカ中部の州からカリフォルニアへ出てくるというストーリーはアンソニー自身と重なる部分がある(アンソニーはミシガン州の出身で、1973年にカリフォルニアへ引っ越している)。

詩作のクォリティ向上も、めざましいものがある。「ライム重視で抽象的」というアンソニーの詩作スタイルの枠はそのまま、ともすれば過去の詩作がまとまりがなく散漫な印象を与えていたのに比べ、非常に洗練された印象の詩作へと変化している。抽象的な言葉選びがぴたりとはまった例として、Stadium Arcadium、Strip My Mind、Wet Sand、Turn It Againあたりが挙げられるだろう。また、理由は定かではないが本作で特徴的なのは、地名や都市名、個人名などの固有名詞が頻出していることが挙げられる。すなわちルイジアナ、インディアナ、ノース・ダコタ、スプリングスティーン、ブラジル、エル・ドラド、リトアニア、インド、アーサー・J、ホー・チ・ミン、ヴァチカン、ブリジット・バルドー、チャイナ・チョー、ジャングル・ブラザーズ、アリゾナ、ノーマン・メイラー、カレドニア、KLM(オランダ航空)、MGM、ディセンデンツ、キューバ、アルーバ、ドミニカ…。

詩作のクォリティが向上している反面、そこで語られる心的内面は驚くほど内向的で、孤独を感じさせるものになっている。これは、今までのどのアルバムの詩作と比べても、もっとも激しい。以下、目についた箇所を抜き出してみる。

僕が狂うチャンスはあった
降りしきる雨から逃れて精神病院へ
僕が壊れるチャンスはあった

僕を苦しめて、僕を苦しめて
僕は強いられてる、だから苦しめて
魔術で僕を拷問にかけて

僕を精神病院に投げ入れて
じっとたえられるから

誰だって殺しなんてしたくない
でもそれがこれから僕がやること

恐怖の鳥がセレナードを歌う
「ちょっとアンソニー、大丈夫か?」と思わず問いかけたくなるほど、今作の詩は病んでいて絶望的なものが多いように思う。音楽的な高まり、成長具合とはまったく裏腹に、アンソニーの内面では、心理的な崩壊が修復不可能なまでに進んでしまっているのではないか。

しかしそれと同時に、今までの詩作ではほとんど認められなかった要素が今作では大きくフィーチャーされてくる。それは一言で言うと「神」の存在だ。

Anthony talks to KERRANG! - onehotglobe: News

'I played the songs to someone the other day that said 'This is your gospel record' and that had never crossed my mind, but he seemd to think that there were a lot of gospel references in the lyrics. i'm far from an expert on the bible, but it was interesting that he got that from listening to the songs.'

この間、ある人の前でアルバムをかけたんだけど、その人が言うには「これは君にとってのゴスペル・レコードじゃないの」って。(制作中)そういう考えは思い浮かびもしなかったんだけど、彼が言うには歌詞の中に様々なゴスペルへの言及がある、と。おれは聖書にはまったく詳しくないんだけど、彼がそんな風にこのアルバムの曲を聴いたのは、興味深いよね。

アンソニーが認めるとおり、今作には宗教的な単語が散見され、それが今までの作品と今作をかなり明確に分け隔てる要素になっている。この手の単語はざっと見渡しただけでもTheWill of God(神の意志)、revelation(啓示)、resurrect(復活)など、いくつか見つかる。また「デセクレイション・スマイル」のDesecrationというのは「神聖をけがす」という意味だが、アンソニーは「神聖なものを汚す僕の笑顔」と歌う。以下は私見だが、さきほど述べたような、今作の詩作に見られる病的なまでの孤独感、絶望感は、激しい自己罰の意識の意識につながり(Torture Me)、神を指向する段階に達したのではないか(キリスト教はある意味罰の物語だと捉えることができる。イエス・キリストは全人類の罪を背負って、父である神から十字架で処刑されるという罰を受けた)。

また、Marsに収録されている「If」の持つ神々しさが、このアルバムを決定的に今までとは違ったものにしているように思う。18年前からこのバンドとつきあってきた僕としては、「ああ、バンドはこの曲を作れるところまで来たんだな…」と思うと感極まってしまい、ポロポロと涙が流れてしまった。僕にとっては、この曲こそが「ゴスペル」なのだと思っている。

フリーとジョンの対立を超えて

各雑誌の記事で報じられている通り、フリーは今作のプロモーション・インタヴューの中で、前作「By The Way」制作中ジョンとの間にクリエイティヴな面での軋轢があり、「自分らしくいられない」居心地の悪さを感じていた事をもらしている。本気で脱退を考えていたという。実際、ジョンは本作の制作過程について

(前略)次はミキシングの段階に入ったらまた大変だろうなって思ってたんだけど……きっと大モメにモメるんだろうなとか、意見が衝突して口論になるんだろうなとか思ってたのに(後略)
と述べていて、前回のレコーディング時に相当口論があったことを伺わせる。

ちょっと信じられない事実なのだが、こうした事から、バンドの人間関係のむつかしさを垣間見た気がする。この4人はもう長くバンドとして活動しているし、われわれファンから見ると固い絆で結ばれていて、音楽性も理解しあって、お互いのことは何も言わなくても理解できて…という理想像を勝手に描いてしまいがちだ。しかし、言うまでもなく彼らだって人間なのだし、ぼくやあなたとと同じように、身近な人と感情的なぶつかり合いをしてしまうことがあるのだろう。特に、「単なるロック・バンドのメンバー同士」という枠を超えて、まさに「魂(ソウル)」の交わりを音楽的に昇華していこうとするような、このバンドのメンバーであればなおさらの事だろう。

ここで重要なのはバンドメンバーが、お互い成長し、軋轢を乗り越えていこうとする意志を共有することであると思うし、メンバーが繰り返し強調しているのもその事だと思う。フリーとジョン対立の逸話でも、本当に重要なのは二人がその対立を乗り越えた、それを、フリーがインタヴューで話せるようになったという事実の方なのだ。

レコード芸術として

本作のクレジットには、かなり大きなスペースを割いて、ミックス・エンジニアの名前が記されている。Ryan HewittとAndrew Schepsの二人がそうなのだが、通常なら単なる名前のみのクレジットにとどまるところを、それぞれ担当した曲を詳細に記すなど、普通のレコーディング・エンジニアとは扱いが違う印象だ。

こういった事からもうかがい知れる通り、本作は単にバンドの音をかっこよく録音してレコードにするような安直なアプローチではなく、それ自体で完結するような「レコード芸術」としての完成度が、非常に高いという点も大きな特徴だ。僕の知り合いのファンの一人が「(iPodに入れるため)mp3に落としてしまうのがもったいない」と嘆いていたほど、そのクォリティは高い。じっくり聞けば聞くほど、丁寧に丁寧に作り込まれたサウンドである事が分かる。サウンドプロダクション面にはジョン以外のメンバーはあまり深く関わっておらず、主にジョンとリック・ルービン、エンジニア達の活躍によるものだ。

今作を受け入れられないファンについて

今作がどうしても受け入れられないファンもいると聞く。僕が今作を聴き始めたばかりの頃、そのすごさが理解できてくるのにつれて、ある種の葛藤が心に生じることになった。この作品は確実にファンを二分してしまう性質のもので、そこにはっきり線引きをしなければならないと分かったからだ。「分かる人だけ分かればいい」というのは嫌だが、おそらく分からない人はずっと分からないままだろう。ファンの間に広がる「格差」を、僕がさらに助長するような真似をしていいのだろうか…。しかし、この作品を好きじゃないというファンを前にして「まあ、それぞれ好みはあるから」「次の作品は気に入るかもしれませんね」といった当たり障りのない言葉をかける事はできない。それは自分に嘘をついていることになるからだ。

この作品は、今のバンドのあるがままの姿を、そのまま突き詰めて突き詰めて、本当に深いコアな部分で進化した、類い希なる作品だと僕は思う。これが今のRHCPのエッセンスであり、本当にやりたいことなのだ。CAL、BTWと来て、今作でそれが決定的に明らかになった。「RHCPがこういう音楽をやる必要を感じない」という意見を聞くが、まったくそんなことはなくて、まさにこれがRHCPが本当にやりたい音楽なのだ。これだけの作品を手にして、それを読みとれないのは不幸な事だと思う。このアルバムを否定することは、RHCPの存在そのものを否定していることになる。今作が好きになれなかったら、これ以降の作品もおそらく好きにはなれないだろう。

決定的な発言をしているのにもかかわらず、ロッキング・オン6月号のフリーのインタビュー記事では、「このアルバムが気に入らなければ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズも気に入らないってことだよ」の一文はリード文になって大きなゴシック文字で印刷されたりしない。なぜかというともちろん、購読者を敵に回したくないからだ。けれども、このサイトはそんなことを気にしない。フリー自身が、ファンが離れてしまう危険を冒してまでそう発言しているのだ。僕は、本当の事ははっきり言う、そんなフリーの姿勢に感銘を受けてこのサイトをやっている。その僕が自粛してどうするというのか。だから何度でも言う。この作品を理解できないなら、RHCPのファンはやめた方がいい。それくらい決定的な作品だと、僕は思っている。

アンソニーは「ロッキング・オン」2006年6月号において、以下のように発言している。

(前略)僕らはようやく始まった、って気がしてるんだ。そう、このアルバムは、だから集大成というよりは、僕らの始まりなんだ。
20年以上もキャリアのあるバンドのフロントマンがこんな事を言うのは別に謙遜している訳ではなく、本当にそうなのだと思う。この作品で示されたのが、あり得ない集中力で次元を突破した末に見いだしたRHCPの新たな地平であり、この作品に収録された楽曲が新たなエッセンス、いわゆる「おいしいところ」すべてなのである。まさに「Another Perfect Wonder」(Snow)を見いだしたのだ、彼らは。今のバンドにこれ以外のいったい何を求めるのか、少なくともぼくには理解できない。

音楽の可能性

この作品に触れることができて、ぼくはレッド・ホット・チリ・ペッパーズがどうというよりも、ロック・ミュージックがどうというよりも、ただ純粋に音楽の持つ可能性、すばらしさに敬意を表したいと思う。そして、全身全霊を込めてその音楽に向かい合い、意義のある音楽を作り出していく事にその身を捧げている、レッド・ホット・チリ・ペッパーズというバンドに敬意を表したいと思う。そして、同時代にファンでいられることを、本当に幸せだと思っている。。

個別リンク:http://www.mine-d.com/reviews/SA.html|