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ジュリアン・シュナーベルについて
アスミック・エースの「夜になるまえに」(2000年。シュナーベルの監督作品)公式サイトにおける紹介文を引用する。「51年ニューヨーク市ブルックリン生まれ。65年にテキサス州のブラウンズヴィルに移り、69〜73年までテキサス州ヒューストン大学に学び、美術の学士号を取る。1972年2月にニューヨークのメアリー・ブーン・ギャラリーで初の絵画個展を開催、ニューヨーク美術界に彗星のごとく現れる。皿、陶器の破片をキャンバスに貼りつけ、暴力、死などを表現、たちまち物議をかもす存在となる。ニュー・ペインティング、もしくはネオ・エクスプレッショニズムと称される80年代の新しい絵画の流れの重要人物。96年、ニューヨークで活躍したアーティスト、ジャン=ミシェル・バスキアを描いた『バスキア』で脚本・監督を務め、映画界にも旋風を起こす」。 アーティストとしての彼の作品は、「Julian Schnabel on the Internet」からのリンクを通して、いくつかを見ることができる。 RHCPがなぜ彼にアートワークを依頼したのか…その辺りの経緯については不詳だが、ジュリアンの娘=ステラとジョン・フルシャンテが付き合っているという噂がある。例えばZac Posenというデザイナーのショウにおいて、二人(ステラとジョン)が共同で仕事 したという記事などもありシュナーベル父娘とバンド(特にジョン)の関係は、公私に渡って親密なものがあるのではないかと思わされる。ちなみに、BTWジャケットアートのモデルはステラだと言われている。 「Rockin' On」2002年7月号のインタヴューにおいて、アンソニーの次のような発言があった。「ジョンは今(mine-D注:5月初頭だと思われる)恋に落ちていて、ステラっていうすごくきれいで、ソウルフルな若い女の子なんだけど、すごく面白い子でさ」。 「FRAGILE GUITARIST」のB坊さんにシュナーベル一家とRHCP(特にジョンだが)との相関図を作っていただいたので、ぜひそちらも見てほしい。→「シュナーベル&ジョン相関図」 |