Silverboy:で、今日は対談ということで。
mine-D:以前に別の掲示板で少し盛り上がりかけたんだけど、UK VS USロックという話題でやってみたら面白いんじゃないかと思ったんだよね。というのも、おれはほとんどUKは…まあ、最近では聴かないし、Silverboyも逆に、USはまず聴かないよね。
Silverboy:まず、聴かないね、USものは。CDラックに入ってる中でもトム・ウェイツとかトーキング・ヘッズくらいじゃないかな。
mine-D:あと、ソニック・ユースは?レビューに書いてたじゃない。
Silverboy:そうそう。ソニック・ユースは一応聴く。でも9割以上はUKだね。
mine-D:おれはまあ、最近はほとんど「隠居生活」なんだけど、以前はけっこう聴いたけどなあ。90年代前半くらいの話だけど、ジーザス・ジョーンズとか、ワンダースタッフとか、Silverboyに教えてもらったマイ・ブラディ・バレンタインとか…。プライマル・スクリームもライブ行ったけど。
Silverboy:うんうん。僕も最初は特に意識してた訳じゃなかったんだけど、知らないうちにUKに偏ってきて、で、あるときやっぱオレに合うのはUKだという自覚ができたという感じ。やっぱりUKものとUSものと違いあるよね。
mine-D:うん。あるね。あまり一般の雑誌でそういうことは取り上げられないけど、かなり前から感じてたな、それは。ところで、こないだWOWOWで去年のレディングフェスの映像を見たんだけど、なんか最近のUK勢って、こういっちゃアレだけど、同じようなバンドばっかなんじゃないの?って感じは受けたんだけど。みんな同じようなギターポップで、あと重要じゃないけど衣装もTシャツにGパンで、みんながみんな親しみやすい「近所のお兄ちゃん」って感じ。
Silverboy:なるほど。UKの中ではそのギターポップの中における差異が重要だったりするんだけど、外から見ると結構そう見えちゃう訳だ。でもさ、僕から見るとUSはみんなヘヴィ・ロックとでもいうか、そういうふうに聞こえちゃったり(と言ってもあんまり聴いてないが)するんだよね。
mine-D:おれ達がおやじの演歌を「皆同じ」と感じるのと同じなのかもしれないね。でもさ、昔のUKってビートルズ、ツェッペリン、グラムロック、あとパンクとか、バラエティに富んでたじゃない。最近って、なんか狭い世界に入り込んでるって事はない?
Silverboy:外から見れば同じようなことの細部を競い合ってる、みたいな? 確かにそれはあるかもしれないな。何かムーヴメントというような盛り上がりがある訳でもないしね。ま、聴き方によってはベルセバからケミカルまでバラエティに富んでるという言い方もできる訳だが。
mine-D:UK、USロックの違いを、メロディーに対するこだわりや、ヒップホップに対する姿勢の違いで分析できないかな、と思うんだけど。
Silverboy:思うに、UKの方が湿度が高いというか、屈折が入ってるね。それに、一時期ブルー・アイド・ソウルが流行ったこともあったけど、コンテンポラリーな黒人音楽(含むヒップ・ホップ)を積極的に受容しているUKバンドは少ないように思うね。
mine-D:ふむ。ストレートには受容しないって感じかな。ヒップホップについてなんだけど、ロンドンパンクがロックの息の根を止めたっていう点では、二人とも同意見だと思うんだけど、その後80年代に入ってヒップホップが台頭してきたってのは象徴的だと思うんだよね。もはやロックは新しいものをなにも生み出さない。アーティストができることは、既存のロックの「パーツ」を、どう組み合わせて表現するかっていうセンスの問題になってしまった。これは、既存のロックをいったんバラバラに壊して、色んなパーツを組み合わせて再構築していくっていうヒップホップの方法論に通じるところがあると思うんだけど。
Silverboy:なるほどね。それは結局パンクがロックの伝統的な階層構造というかヒエラルキーを破壊した後に何を見出すかということなのかもしれないね。大層で大仰なロックを、日常の地平、僕たちの毎日の生活と地続きの場所にひきずりおろしたのがパンクなんだよ。その、日常と地続きということをどう考えるかということで、人種問題を抱えてギリギリのストリート・ライフを生きるUSと、閉塞性の高い階級社会で鬱屈するUKとでは、そのリアルさがおのずから違ってくるのかもしれないな。
mine-D:うんうん、そうか。その辺がUK、USロックの音楽性の違いに現れてきているように感じるね。あとメロディーに対する執着、という点でもその違いは現れてるんじゃないかと。USロック―まあ、おれのいう「USロック」はナイン・インチ・ネイルズやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなんかのいわゆる「オルタナ」系や「ミクスチャー」系が主に頭にあるわけだけれども―の場合、ヒップホップなんかも含めて、メロディーに対する執着がなくて、それよりもカッコいいリフやヘヴィーさで勝負、みたいなところがあるんだよね。「もうメロディーがなくてもいいや!」みたいな(笑)。UKの場合は逆に、あくまでメロディー指向というか、ハードな表現をとっていても、最終的には「ポップチューン」としての体裁にこだわっているように感じるね。
Silverboy:確かに、UKでは最終的に「うた」として成立するべきだという考え方が背景にあるかもしれない。オアシスなんか見てもそれは明白だからね。
ところで、今のUSにとってニルヴァーナというのはいろんな意味で避けて通れない存在だと思うんだけど、彼らが持ち込んだもの、あるいは明らかにしたものというのは、今のUSロックとどう関係するんだろう。
mine-D:ニルヴァーナか…。むつかしいな。正直それほど入れ込んで聴いていたわけではないから「おれなんかが語っちゃっていいの?」ってところもあるし(笑)。でも確実にUSロックシーンは「ニルヴァーナ以前/以後」で様相が変わったってのは思うね。
「Never Mind」が発表されたのは91年だったと思うけど、それまでアンダーグラウンドでくすぶってた「オルタナティブ」な音楽が初めてメジャーシーンに躍り出た瞬間だったんだよね。あのアルバムがあれだけ売れた理由は分からないし、カート・コベインにだって分からなかっただろう。でも、クソみたいな80年代ロックシーンに対する反動がその理由のひとつだったことは確実だと思う。
シアトルとかグランジとか、ムーブメントとしてとらえる向きにはまったく賛同しかねていて、早い話、あれは90年代アメリカ的解釈のパンクだったんだと思う。サウンド、アティテュード、両方の意味で。サウンド的にはプロデューサーのブッチ・ヴィグだっけ、初期のスマッシング・パンプキンズなんかも手がけてる…あの人の功績が大きいと思うんだけど、グルーヴ感のある新たなヘヴィネスを醸し出すことに成功してるね。あのサウンドは、以降のヘヴィ・ロックの連中に決定的な影響を与えてると言っていいと思う。アティテュードの面でも、アメリカ人の「ああ、おれなんか最低だよ。お前も最低だ。だからどうしたって言うんだ。みんなファックだ」みたいな(笑)、「中指立てた」アティテュードを体現している感じがあるね。いや、あんまり知らないから、間違ってるかもしれないけど。
でもニルヴァーナはほんとに色んな要素を含んでるよね。それまでUKのハードコアパンク一辺倒だったのに、ニルヴァーナを聴いて初めてこの手の「オルタナティブ」な
ロックを聴いてみようという気になった人も知ってるよ。
Silverboy:なるほど。ということは、mine-Dがここで言ってるようなUSロックというのは、何らかの意味でニルヴァーナから影響というか相互作用を受けていると考えていいのかな。
それにしてもあのヘヴィネスは確実に何かを変えたよね。
mine-D:確かに。意識的にせよ、無意識的にせよ、なんらかの形でニルヴァーナから影響を受けてるバンドは多いと思う。あとマーケットを切り開いたという意味でも評価できる。
ところで話は変わるけど、おれは「サージャント・ペパーズ…」以降のビートルズが大好きなんだけど、ああいう「ねじくれたポップ感覚」みたいなものは、今のUKロックの連中になんらかの形で引き継がれていると考えていいのかな?全然聴いてないんで分からないけど、最近Silverboyが高く評価してるベル&セバスチャンだっけ、あれなんかはどうなんだろう?
Silverboy:中期から後期ビートルズという意味では、そうだなあ、一時期のブラーとか。あとはXTC、スクィーズとか。ま、ある種のエッセンスそのものは引き継がれてるんだろうけど、あからさまな形でというのはどうかなあ。オアシスはビートルズだと言われてて、実際その通りなんだけど、それはまたちょっと意味合いが違うような…。
ベルセバは音楽的にはもっとミニマルでもっと静謐な、アコースティックなもの。ただ、彼らの場合は、ロックの特権性をすべて取り払った最終戦争後の焼け野原のような場所でそういう「美しい」音楽をやっているところが今日的なんだと思うな。
だからさ、やっぱり焼け野原という認識は、UKでもUSでも、優れたミュージシャンは持ってるハズなんだと思うんだよ。違いはそこから「もはや悠長に『歌』を歌っている場合ではないのだ」という方向に発想するのか、「すべてが死に絶えた焼け野原にこそ響く『歌』があるはず」と考えるかなんじゃないかな。もちろんどっちが正しいとかいう問題じゃなくて。
mine-D:ふんふん、すごく的確な捉え方だと思うね、それ。問題は、なぜそういう違いが現れてくるか、だよね。アメリカの場合は…まあ、社会的背景なんかを細かく分析するつもりはないけど、圧倒的にフラストレーションがたまっていることは間違いない、と。慢性的に不満を抱えてるから、なにかきっかけがあると、すぐに「暴動」という形で噴出する。ロドニー・キングしかり、ウッドストック99しかり、レイカーズ優勝騒ぎしかり、でね。直情的で、やたら自己の権利意識が肥大化してる国民性も関係あるかな、とは思うんだけど、なんであいつらすぐに暴動ってなっちゃうんだろう。店のものを強奪するとかさ、やめてくれよ。バカじゃねえの。
まあ、とにかくそういう現実にロックが対抗しようと思ったら、もはやヘヴィなものしか有効に作用しないだろうってのは思うけどね。ウッドストック99で印象に残ったライブはコーンとリンプ・ビズキットだったんだけど、アメリカン・ロックがああいうヘヴィネスに行き着くってのは自然な流れのような気がしたけどね。
Silverboy:その点、UKのフラストレーションというのはもうちょっと混み入った、鬱屈したものだと思うんだよね。まあ、確かにサッカーの試合で暴れるフーリガンみたいなのもあるけど、それよりは、すごくはっきりした階級社会の中で、生まれたときから人生が結構見えてて、失業手当で食いつなぎながらバンドでもやるかという閉塞のしかたはやっぱUSの切羽詰まり方とはちょっと違うんじゃないかな。だから普段着の兄ちゃんがとにかくギターを抱えて、ってところから始まるような気がするね。
僕は自分自身アメリカは国を挙げて発狂してると思ってるから、発狂した国にああいうヘヴィネスが必要なのはある意味よく理解できるんだけど、僕自身の苛立ちはむしろ穏やかで平和に見える日常にこびりついたどうしようもない「行き詰まり」に近い訳で、そういう意味でUKにひかれて行くんじゃないかと。
いやあ、でもまあアメリカには住みたくないね。
mine-D:それはおれも同感だな(笑)。ま、場所にもよるだろうけど。しかし、そういう「苛立ちの質」はUKと日本では近いものがあるのかも知れないね。だいたいアメリカの場合は、あからさますぎるんだよな。
「国を挙げて発狂してる」ってのは面白いね。おれがなぜUSロックにひかれるかってことでは…これはサイトにも書いた、映画産業的な「西海岸文化」の話と関係してくるんだけど、おれ、映画もハリウッドものばかり見てるんだよね。で、ほとんどは分かりやすい、クソみたいな作品ばかりなんだけど、たまに、そうした醜悪さの極みのど真ん中から立ち上がってくる「美しさ」みたいなものを感じ取れるような気がするんだよね。下世話で単純で馬鹿馬鹿しくておおざっぱなんだけど、反面すごく繊細で、ある種の「優しさ」を秘めているような。映画で言えば「フォレスト・ガンプ」とか、ロックだと、かなり感じは違うけどスマッシング・パンプキンズなんかは、USからしか生まれなかったんだろうな、というのは思う。今のアメリカはまさに発狂しているんだろう。アメリカがこれからどこへ行こうとしているのかなんて知らないし、知りたいとも思わない。だけど、おれとしては、耳を覆いたくなるような劣悪なノイズの裏側に、かすかに見て取ることができる美しさ、みたいなものを追求していきたいと思ってるんだよね。今のアメリカが、まさにそんな世界を体現しているんじゃないかと。ま、単純にヘヴィなものが好き、ということもあるんだけど。
Silverboy:なるほどな。ヘヴィで極端な振幅の中から奇跡みたいに見えてくる美しさというか「光」みたいなものかな。僕はカート・コベインにはそれが見えてたのかもしれないと思うな。
繰り返しになるけど、僕はやっぱりUKの退屈でクソッタレな日常を歩き続ける中でこそ切実に求めずにはいられない光と言うかな、そっちの方に決定的にひかれる訳だけど、その「光」の実体そのものは、結局同じものなのかなという気もする。
ところで、そろそろまとめに入りたいんだけど、ふだんUKばっかり聴いててUSを毛嫌いしているリスナーに、ともかく黙ってこれを聴いてみてくれ、というアルバムってある? 1枚でも2枚でも、最近のでも、昔のでも何でもいいんだけど。
mine-D:これまた難しいなあ。うーん、しかしあえて選ぶとすれば、さっき名前の出たスマッシング・パンプキンズかな。アルバムは…やっぱり「メロンコリーそして終わりのない悲しみ」でしょうか。「ヘヴィネス」と「美しいメロディー」のバランス加減がすごくいいんだよね。「USだからどうこう」っていうんじゃなくて、スマパンは独自の世界観を持ったすばらしいバンドなので、未体験の方はぜひ聴いてみて下さい。解散しちゃうのが残念だね。
じゃあ、逆にSilverboyの方からも「これを聴け」というお勧めの盤を。
Silverboy:そうだね、自分で振っておきながら言うのもなんだけど、難しいね。
ありきたりになるけど、やっぱりUKロックの今を考える意味では、ベル&セバスチャンの新譜を一度聴いて欲しいね。これが今何より先鋭なロックとして成立することの情況的な意味合いをUKもUSも問い直すべきだと思う。ある意味でシーンの急所を突く存在なんじゃないかな。
あと、古いけどアズテック・カメラの「ハイ・ランド、ハード・レイン」、それからティーンエイジ・ファンクラブの「バンドワゴネスク」。反則もありならマイ・ブラディ・バレンタインの「ラブレス」も。
mine-D:マイ・ブラは反則なの(笑)?好きだなあ、マイ・ブラ。ノイズの質が濃厚というか、USの乾いたノイズとは全然違うんだよね。
今回、「UK対US」という立場で色々話してきたわけなんだけれども、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのアンソニー・キーディスが最近のインタビューで、「昔は毛嫌いしていた『ザ・スミス』なんかの音を、最近はいいと思うようになってきた」なんていう発言をしているのを読んで、けっこう感慨深いものがあったんだよね。ライブでもエコバニの曲をやったりしてるらしくて。やっぱり基本的にはUK、USに関わらず「いいものはいい」と感じ取れるような感性を保っていたいと思うね。もちろん、無理に趣向を曲げるつもりはないけど。
Silverboy:そうだね。USとかUKというカテゴリー自体がそれほど自明なものでもない訳だし。
ただ、僕がここで強調しておきたいのは、僕たちは音楽評論家でもレコード会社の社員でもない、ロックの「エンド・ユーザー」だということなんだ。それはつまり、僕たちには自分の好きな音楽を聴く自由があるということ、言い換えれば、好きでもない音楽を我慢して聴く必要なんて何にもないってこと。だって僕たちは自分でカネを払ってCDを買っている訳だから。
結局、US、UKというより、自分の好きな音楽を自分でしっかり見つけるしかないってことかな。それが結果としてUSやUKに収束することはあるとしてもね。
や、まあ、今回はどうもありがとう。面白かったし、最初に考えていた以上のことが見えたような気がする。また、別のテーマでやりたいね。
mine-D:こちらこそ、ありがとう。なかなか面白かったね。
「聴く自由」ということで、少し付け加えるなら、ロック雑誌にライターが書いてることなんかも、あんまり真に受けない方がいいかもね。「これはすごい。絶対聴け」とか書いてあって、実際聴いてみると「どこが」って思うときもあったしね。自分の趣向にあったバンド/アーティストを探り当てられる「嗅覚」みたいなものを身につける必要があるだろうし、そのためには、今言ったような「失敗」の経験も、逆に必要なのかもしれないけどね。
ただ、メディアや他人の意見に左右されるんじゃなく、「自分が本当に何を聴きたいのか」という部分を掘り下げていった方がいいとは思うな。
では、お疲れさん。次はどんなテーマで行きますかね。
|