CSL_Logo

#2 ロックオヤジに明日はあるのか

Silverboy:第2回ということで、「ロックオヤジに明日はあるのか」というタイトルで始めたいんだけど。

mine-D:わはははは。すごいタイトルだね。どんなテーマについて話すの?

Silverboy:僕はもともとロックはガキのための音楽だというのが持論なんだけど、その本質的にティーンエイジ・ミュージックであるロックを、僕たちみたいな30過ぎのオヤジが聞くことの意味は何なんだろう、あるいはティーンエイジ以外のリスナーに向けたロックというようなものが果たして存在し得るのか、といった辺りについて話したいと思うんだ。

mine-D:なるほど。おれたちが佐野元春なんかを聴いて、いわゆる「ロックの洗礼」を受けてから、もうずいぶん年月が経っちゃったわけだ。お互いすっかりオヤジだもんね。やっぱりロックを聴いている層ってのは、10代から20代がほとんどだろうし、これを読んでくれてる人もだいたいそうだろうね。35でロックなんて聴いてるのは、ちょっとおかしいヤツだけかもね(笑)。

Silverboy:そうなんだよな。みんな結構簡単に「卒業」しちゃうだろ。あれが僕的には信じられない訳だよ。その辺の「落とし前」はどうなってんだ、みたいなさ。

mine-D:そうそう。1969年に18,19くらいだった人って、今…50くらい?そういう年齢の人が今ロック聴いてるって話、ほとんど聞かないもんね。ビートルズやらウッドストックやら、ロックの黄金期だったわけじゃない。多感な時期にそういうの経験しといて、のめりこんどいてだよ、歳いったから「もうロックは卒業」はないよな。まあ、ビートルズにしたって、ほとんどの日本人にとっては単なる「ブーム」でしかなかったんだろうけど。

Silverboy:そうなんだよ、簡単に卒業してしまえる人っていうのは、きっとパンクの切実さとかも分からない人なんじゃないかと思うね。どうだろう、その辺から始めない?

mine-D:うん、いいよ。今回も「パンク」というタームが出てきたね。

Silverboy:うん。やっぱりパンクが何に対して唾を吐いたのかということと、それが今35歳になった僕たちとどう関わってるかということなんだと思うんだよね。

mine-D:なるほど。具体的にパンクが何に対して唾を吐いたのかは分からないけど、カッコじゃなく、「アティテュードとして」のパンクはずっと自分の中にあるんじゃないかと思ってる。仕事帰りに飲み屋でグチこぼしてさ、帰ってきたらプロ野球観て「また阪神負けた」とかぼやいてみたり、同僚との世間話では昨日のニュースでキャスターが言ってた意見をそのまま言う、みたいなさ、ありがちなオヤジにだけは意地でもなるか!みたいな気持ちはあるよね。なろうと思ってもなれないし。ロック聴いたり、本読んだり、サイト作りに没頭したりするのは、そういう意味での「反抗」だろうな、とは思うけど。

Silverboy:やっぱりそういう「収まるべきところに収まる」人生に決定的な違和感があるよね。そんなに簡単に過不足なく収まってたまるかって感じ。別の言い方をすれば日常に対して何か余計な感じとか、あるいは何か足りない感じとか。そういう「過剰」や「欠損」が10代を決定づけてると思うんだけど、パンクが唾を吐いたのは、そんな過剰や欠損を許さない、「過不足のない世間」だったんじゃないかと思うんだよ。

mine-D:ふむ。10代ってのは基本的にみんなそういう「過剰」や「欠損」でいっぱいなんだろうね。逆になんの不満もいらだちもなく過してる10代がいたとしたら、相当異常なことだと思うし。成長していく過程の中で、そういう「はみだした部分」や「足りない部分」が削り取られ、埋められていって、みんな「つまらない大人」になっていくわけだと思うんだけど(笑)、オヤジになってもこういった過剰や欠損をそのまま抱えて生きる意味、意義はなんなのかって事だね。

Silverboy:そう。僕的に言えば、そういう過剰や欠損こそが人間なんだということに尽きると思うんだよ。人間はだれでも多かれ少なかれ、本質的に過剰や欠損を抱えてるし、その過剰や欠損のあり方がいわば「個性」なんじゃないかと。だから、そういうものを簡単に削ったり埋めたりできちゃう人の方が不思議に見える。

mine-D:そうだね。…どうだろう、Silverboyはさ、有名国立大を出て、大手銀行に勤め、海外勤務っていう、いわば「エリートコース」を進んでるわけじゃない。いや、こういう言い方はすごくイヤだろうけどさ(笑)。外面的には、そうやって確実で安定した生活を築いていってる自分がいて、一方ではロックなしでは生きられないロックジャンキーの自分、というのもいるわけじゃない。その辺のギャップというか、二面性みたいな部分を、自分ではどうとらえてる?

Silverboy:ま、僕が「エリート・コース」かどうかは別として…(笑)。

そうだな、就職するときにはさほど深い考えもなく「大学に5年もいたんだからそろそろ就職でもしないとな」って感じだったんだけど、会社に入ってみるとやっぱり体質に合わないことがいろいろある訳ですよ、それはもう。でも、そこはやっぱり意地とか負けん気もあるし、新しい仕事を探すコストやリスクの問題もあるし、それにこの会社でダメなものはどこに行ったって程度の差こそあれ結局同じなんだろうなという考えもあったから、何とかそこで踏ん張ってがんばろうとする訳で。

そういう葛藤の中でやはりロックにすがってた部分はあると思う。「あっち」に行きっぱなしになれない中途半端な自分を「こっち」で肯定するというかさ。逆に言えば、「確実で安定した生活」に踏みとどまるためにこそロックが必要だったってことかもしれないね。

今は同じ会社に10年以上いて慣れた部分もあるから、それほどシリアスな葛藤はないけど、それでも「あっち」になじめない部分はいくらもある訳で、ロックはその違和感に対応しているんじゃないかな。その辺が僕自身の過剰と欠損の一局面だという気はするね。

mine-D:「確実で安定した生活」に踏みとどまるためにロックが必要だったってのは興味深いね。

おれの場合は、まあここ何年か仕事でも家庭でもまったくダメな状態が続いてて、もう「どこにも居場所がない」って感じだったんだけど、ネットに親しむにつれて少しずつ自分自身が「回復」していってるような気がするんだよね。あるいは自分を「再構築」しているというか…。そんな中で、ずっと聴いてなかったロックも「やっぱり好きなんだ、それでいいじゃねえか」って開き直ったような所はあるね。おおげさだけど、ロックを聴くことは、ダメな部分も含めた自分自身を肯定する行為なんじゃないかって気がしてる。

Silverboy:なるほど、「ダメな部分も含めた自分自身を肯定する行為」か…。確かに自分の過不足を見つめ直す契機というか、心の凸凹を確認して受け入れる過程というか、そういう感じなのかもしれないね。

mine-Dは、自分のサイトでも書いてたと思うんだけど、買い集めたレコードやCDを全部売り払ってしまったことがあったんだよね。その時の心の動きというか、「ロック」というものに対する感情みたいなものはどうだったのかな。やはり自分の成長の「きしみ」と関連することだったんだろうか。

mine-D:ああ。そうだなあ、あの時期は状況的にけっこうややこしくて、かなりのうつ状態にあったのと、仏教にはまってたりもして。酒もタバコもやめちゃったしね。

ロック聴くのをやめたのは、ひとつにはロックを隠れ蓑みたいにして、それに「逃げ込んでた」自分がすごくイヤだったのもあったし、もうひとつにはロックに異常にのめり込み過ぎてたってのがあると思う。「ロックを聴いてる間はいい。でもロックを取ったら、おれに何が残るんだろう」って考えたらすごく怖くなってね。だから、荒療治的に一度全部絶ってしまおうと。ジャンキーが施設に入ってクスリを絶つのと一緒かもしれない(笑)。

今考えると「そんなに突き詰めて考えなくても…」って思うんだけど、やっぱりああいう時期も通過しなくちゃならなかったのかもしれない、不可避的に。今は売ったCDを買い直したり、とアホなことをやってるんだけどね。

Silverboy:ふむふむ。僕が社会生活に適応しようとするとき、その反作用としてロックを手放せなかったこととの対照を考えると興味深いね。ただ、mine-Dがいったんロックを「絶たねば」と思うほどロックと深くつきあったのに比べると、僕の依存はまだ中途半端なものなのかもしれない。そこを通り抜けた後で、「好きなものは好きでいいじゃん」と再確認したmine-Dのロック認識はある意味で穏やかだけど「強い」ものだと思うな。CD代は2倍かかるかもしれないけどさ(笑)。

ただ、そういうふうに、ロックをBGMとして聞き流すことができないというか、それよりは自分の「あり方」に深く関わる何かだという認識を持っていることは僕たちに共通する点のように思うね。

いずれにせよ、僕たちがそれぞれの道を経てロックオヤジになったということを前提にした上で、じゃ、僕たちが今、聴くべきロックは何か、「オヤジ向けのロック」みたいなものはあり得るのかというのはどうかな。

mine-D:さっき「ロックはガキのための音楽」って話が出ていたけど、アーティストも基本的には若くないとダメだと思ってるんだよね、ロックの場合。若いやつだけが持つ感性や、あと体力的な問題とか、見た目もそうなんだけど、ある種特権的な音楽だと思うわけで。

でも、歳くってもカッコいい、むしろ歳を重ねるごとにいいものを作っていくアーティストもいるよね。ディラン、クラプトン、ストーンズや、ルー・リードとかもそうだし…。みんな現役でがんばってる。

もちろん、見る人によっては「あんなやつ、もう終わってる」ってなるかもしれないけど、そういうオヤジロックのカッコよさみたいなものを、分かるようになっていくのかもしれない。RHCPもそうだけど、こっちがオヤジになるにつれ、向こうも歳とっていくわけでさ、音楽性やスタイルもどんどん変っていくわけじゃない。そういうのを、リアルタイムに追っかけていく楽しみみたいなものを、今は感じているけどね。

Silverboy:カッコいいオヤジといって思い浮かぶのは、僕もディランとルー・リードかなあ。たださ、そうすると、ガキの聴くべきロックと、オヤジの聴くべきロックというのは別のものなんだろうか。

mine-D:うーん、どうなんだろう。明確に「ガキ向けロック」と「オヤジ向けロック」が区別されてるわけじゃないと思うけど、やっぱり歳食うにつれて「耳が年寄り臭くなる」ってことはあるかもしれないし…。むつかしいね。Silverboyはどう思う?

Silverboy:やっぱりこれがいちばん難しいところだし、今回の対談のポイントでもあると思うんだけどさ。

僕もこれについてはまだ結論を出せずにいるんだよね。ただ、基本的な考え方としては、ロックが対応するべき過剰とか欠損というのは、本来、人間存在に不可避的に内在する根源的かつ普遍的なもののはずだと思う訳。だから、本当に優れたロックというのは年齢に関わらずそうした過剰や欠損を抱えたすべての人をビートするはずだと思うし、そういう意味では「ガキ向けロック」や「オヤジ向けロック」があってはならないと。

でも一方ではこっちの体力的な問題とか、「耳慣れ」の問題とかもあって、世代毎に好まれる音楽が違うということも自然な現象として納得はできる訳なんだよね。

mine-D:うんうん。そうだね、世代ごとの好みの差はあっても、本当にいいロックは年齢を問わないよね、きっと。RHCPのファンにしても、ま、おれより上の人は知らないけど、下の世代だと日本でも12歳のファンとかいるからね。考えてみりゃすごいことだ。

あと逆にオヤジ的立場から、若いやつが喜んで聴いてる音楽に対して、よく聴かずに先入観だけでけなしたりとか、そういうのはやめたいね。だんだんそういう傾向が出てくるのかもしれないけど。

Silverboy:確かにロックにつきあうにはある種の「体力」がいるから、ハードコア・パンクだとかヘビメタみたいなものがだんだんしんどくなってくるということは否定できないよね、ま、ヘビメタは今でもしんどいけどさ。そういう現実論と、「優れたロックは世代を越えて本質的な過剰や欠損をビートするはずだ」というテーゼとの関係が僕自身よく見えないということなんだ。

mine-D:うーん、どうなんだろうね。おれなんか、わりとガキの好きそうなやかましい音がいまだに好きなんだけど、それでもたまに新手のヘヴィ指向のバンドなんか試聴すると、「しんどい」よね。

ただ、理解しがたいようなガキ向けの音の中にも、それが本当に優れたロックなら、世代の差なんか簡単に凌駕して、オヤジの耳にもグッと迫ってくるような普遍的なよさがある…そう信じたい気はするね。

Silverboy:そうだね、まさに信じるということなのかもしれないね。というか、そもそも年を食ってもロックにかかわり、こだわり続けたいと思うのなら、やはりそれは信じ続けるしかないんだろうなという気はする。

ただ、ここんところの結論は僕はいまだに出せないね。もうしばらくはテーマとして抱えていたいと思ってる。ロックと成長の関係について考えるということは、結局自分自身の成長と向かい合うということだと思うし、ロックと成熟、ロックと死についてもやがて考えなければならなくなるはず。それはやはり自分の成熟、自分の死を視野に入れるということなんだろうね。

mine-D:…深いね。そうやってロックに自分の成長を重ね合わせていくことは、しんどいことでもあるけど、楽しみでもある気がする。で、最終的になんらかの「答え」を見つけられるといいけどね。

Silverboy:自分のことを考えてみても、成長するのにつれて変わって行く部分と、それにも関わらず残って行くコアの部分とがあると思うんだけど、聴くべきロックも実際にはそんな感じかのかもしれないね。「成長」という物語に明らかな形で「答え」が出ることはないというのが僕の持論だけど、それにも関わらずその「答え」のありかに目を凝らし続けることは必要だと思うんだ。

mine-D:Keep On Searchin'。見つかるかどうかはさておき、そうやって「答え」を探し求めていく姿勢そのものが大事なのかもしれないね。

うーん、今まであまり深く考えたことはなかったんだけど、「ロックを聴く」ってことはなんかすごいことなんだな、と思った。

Silverboy:まあ、我々がいかにもすごいことのようにしゃべってる、ということももちろんあるんだけど(笑)。

mine-D:あははは。でもさ、やっぱりすごいことなんだと思うよ、実際。

最初に「ウッドストック世代」のことを話したけど、その世代で今もロックを聴いてるオヤジ―というか、もはやジジイなのかもしれないけど―は、いると思うんだよね、どこかに。そんな人に、色々話を聞いてみたい気もするね。というのも、おれはもはや、これからどれだけ歳をとっても、「ロックを好きな自分」っていうのは、自分の生き方の中から排除できないと思うんだけど、かといって、やかましくてバカげた音楽を70になってもリアルに聴けるとも思わない…。その辺の落とし所っていうか、あの世代でロックを聴き続けている人にとっての「リアル」とはどんなものなのか、聞いてみたい気がするんだよね。

まあ、そういう人って欧米にはけっこういそうなんだけど、日本じゃなかなか見つからないかなあ…。

Silverboy:たださ、例えばクラプトンやストーンズのライブに集まってくるオヤジたちというのはどうなんだろう。いや、クラプトンもストーンズも悪くないんだけど、そのライブに集まってくる人たちの雰囲気が、何と言うか、予定調和的というかディナーショー的というか同窓会的というか、「オレたちの若かった頃は…」の世界に入ってるんじゃないかという気がするんだけど、それってどうかな。

いや、オレもストーンズのライブに行った訳じゃないからイメージ論なんだけどさ。

mine-D:ディナーショウ的…それは鋭いかもしれない。以前クラプトンのライヴに行ったので、その時の話をすると、そうだなあ…確かにライヴ自体も曲もよかったし、十分楽しめたんだけど、なんというか来ている客の雰囲気は、もはや「ロック」ではないという気はしたね。いや、そういう人に限って「ロック、ロック」と口にするんだけど、おれから見たら、少なくとも見に来ている客に対しては「ロック」を感じなかった。

スノッブというか、スクエアというか、カップルで来てる客が多かったんだけど、なんかライヴ終わったら二人で小洒落たバーにでもしけこもうか…みたいな、いや、よく分からないけど、そういう「オシャレ化してしまったロック」みたいな雰囲気があったんだよね。まあ、それはそれで認めるけど、少なくとも60年代にクリームを聞き狂っていたヤツの「リアル」は、あのコンサート会場にはなかっただろうと思うんだよね。

まあ、ドラッグとか色んな経験を経た上で、ああいう「枯れた」ライヴをやり、十分エンターテインしてしまうクラプトン本人はカッコいいと思うけどね。同じ事は、ストーンズなんかにも言えるんじゃないかな。

Silverboy:初めの方で「過剰と欠損」ということを言った訳だけど、別の言葉でいえばロックにはやっぱり何か「やむにやまれないもの」、「切実さ」というモメントが不可欠だと思うし、ロックがティーンエイジ・ミュージックだと言われる理由もそこにあると思うんだよね。ただ、そうした切実さは、確かにティーンエイジに典型的なものかもしれないけど、我々だってどこかに、何かの形で持っているはずだし、それがロックオヤジというテーマの基本的な問題意識だと思う。

ところが、何の驚きもない、予定調和的でディナーショー的なメンタリティ、熟達した「芸」を愛でる伝統芸能の夕べは、そうした「ロック」とは違うもの、いや、対極にあるものだとさえ言えるような気がするんだよな。

mine-D:なるほどなあ。確かにそういった「切実さ」がなければ、おれだってロックなんて聴いてないだろうな。

あ、あとさ、よく昔活躍したバンドの再結成ってあるじゃない。あれはダメだと思うな。こないだディープ・パープルが再結成するっていうんで日本公演の告知をテレビで流してたんだけど、そこにうつってたメンバーの姿は見るに耐えないというか、もうギャグでしかないんだよね。腹の出たオヤジがよたよた「ハイウェイ・スター」演奏するのを見て、なにが「ロック」なんだか。やる方もやる方だけど、見に行く方も見に行く方だよ。再結成なんて、ノスタルジー以外の何ものでもないじゃない。ビートルズにしても、例えジョンが生きていても絶対に再結成話に乗ったりはしなかったと思うね。

Silverboy:ま、再結成って、「切実さ」という意味からすれば、やる方は経済的に切実なのかもしれないけどね(笑)。腹の出たオヤジがやっても滑稽なだけの再結成と、逆にすごみの出る再結成とがあると思うんだけど、ほとんどの場合はやっぱりディナーショー的メンタリティしか感じられないね。同窓会って建設的じゃないでしょ、もともと。

僕は基本的に今の自分を更新して行くことで手がいっぱいだから、何かを懐かしんだり変化を嘆いたりする余裕はどこにもないし、そういう意味では同窓会にはあまり興味がもてない。要は今の自分を更新することをあきらめた瞬間から人はディナーショー的になるのかもしれないね。

ただ、再結成の話をすれば、ピストルズの再結成、あれはある意味で「あっぱれ」だったと思うんだけど。

mine-D:WOWOWで見たけど、あれはすごかった。あの公演は、やる側、見る側双方が「これは単なる金儲けのためのクソだ」ということをきちんと認識して、その上で行われていたという点で、「正しい」ものだったと思う。あれはジョン・ライドンにしかできないんだよ。

Silverboy:うんうん。あれは「パンク」として実に正しかった。あれによってジョン・ライドンは「パンクという幻想」に落とし前をつけたんだと思うな。パンクはクソだった、所詮は金儲けだった、でも、絶対に必要なものだった、ということのね。シド・ビシャスは浮かばれないかもしれないけど。

mine-D:確かに。まあ、シドは最初から何も考えてなかったろうけど(笑)。いやー、なんか最後もパンクの話題になってきたね。

Silverboy:やっぱりパンクはロックというものの本質的な何かをよく体現していたということなんだろうね。

mine-D:うん。「パンクがロックを殺した」ってことをずっと言い続けてるわけだけど、今の世の中においてもロックに何らかの存在意義を持たせているという意味で、パンクがロックに及ぼした影響ってのはすごく大きいと思うし、逆にロックはパンクによって一度殺される必要があったんじゃないか、とさえ思えてきたなあ。あ、ちょっと主題からは外れちゃったけど。

Silverboy:そのパンクが再結成によってさらに殺された訳だけど、もちろんパンク自身もそういう意味では殺されるべき存在であったと。まあ、ジョン・ライドンの手で殺されたんならパンクも本望だろう。

や、で、オヤジとロックという話に戻るんだけど、やっぱり、結論としては自分の成長を自分で引き受けながら、その時々の自分に響いてくるロックを聴き続けるしかないのかなという当たり前の話になっちゃうんだけどさ。

何度も「ディナーショー」という言葉を使って話してきたけど、そういう「予定調和」にしか心が動かなくなったら、やはり「ロック者」の看板は下ろすべきなんだろうね。

mine-D:そうなんだよ。若い世代でも「予定調和」的世界に落ち着いちゃうヤツはいるだろうし、逆に歳とっても、自分の中にずっと違和感を抱き続けてもがいてるヤツはロックだと思うんだよね。その辺が、「ロック」オヤジであり続けることができるかどうかの、決定的な違いだと思うわけで。ま、別にロックしていたくないって人がほとんどでしょうけど。

Silverboy:確かに、ロック者であり続けたいという方が奇特なんだろうね。

という訳で今回は「ロックオヤジに明日はあるのか」と題して、ま、よくいえば「ロックと成長」、「ロックと成熟」ということについて考えてきた訳なんだけど、吉例により(笑)、最後にオヤジとして聴くべきロック・アルバムをそれぞれリコメンドしてみない?

mine-D:えー、吉例になっちゃってたの(笑)?うーん、弱ったなあ…えーと、うん。さっき言った「アーティストと一緒に歳をとる」っていうことを考えると…これは完全に反則なんだけど、やっぱりレッド・ホット・チリ・ペッパーズの「Californication」を挙げたいな。ほんとは次のアルバムにしたいんだけど、まだ制作に入ってもいないから(笑)。

彼らはもう十分オヤジなわけで、このアルバムの音も昔に比べると大人しくなっているけど、まったくロックすることをやめようとしてないのがいいし、枯れた味わいの「大人のロック」に落ち着いたりするんじゃなく、ムチャクチャでクレイジーなままジジイになっていってくれるんじゃないかと、今後にすごく期待してるんだよね。だいたい30代後半になってモヒカンにするヤツはそうそういないよ(笑)。

Silverboy:僕としては最近ではルー・リードの「エクスタシー」かな。ここでのオヤジは結構テンパってますよ。あのオヤジは昔から逸脱してるし、そういう意味でロックの本質的なモメントのひとつである「死」に対しても常に自覚的だよね。それが自分が歳を重ねることで、さらに先鋭化して出てきている感じ。スタイルはオーソドックスになりながら、スピリットはさらに前衛化している、ある種、ロックオヤジの見本のようなものじゃないかと思うね。

mine-D:ルー・リードか…。聴かないとなあ。今Silverboyが言ったように、ロックオヤジにとって「死」に対して自覚的であるという姿勢は、すごく重要なのかもしれないと思った。自分自身、これからますますそのテーマに直面していくんだろうし。まあ、歳とれば誰でもそうなんだけど、ロック者なりの死生観みたいなものを追求していきたいと思うね。

うーん、今回もなかなか面白い話ができたね。

Silverboy:まあ、僕の場合はあちこちでおんなじことを繰り返し書いたり言ったりしてるだけのような気も最近してるんだけども(笑)。

ともかく、今回もどうもありがとう。きちんとした文章を書こうとするのも大事なんだけど、こうやってともかく未整理なままでも断片的でも考えを吐き出してみるのも面白い。またやりたいね。

mine-D:いや、こちらこそありがとう。そうだね、おれの場合意見を出し合うことで自分の意外な一面が発見できたり、力以上のものが出せたりしてるような気がするね。ま、相手がSilverboyだから、いつも相当背伸びしてるんだけど(笑)。

では、お疲れ様。次だけど、もう一回くらいロックの話題で行ってみましょうか。

Silverboy:そうだね、いいと思う。僕としては商売としてのロック、つまり「売る」「売れる」ということを音楽としてのロックの本質との関わりでどう考えるかというようなことをやってみたいなと思うんだけど。ま、その辺はあらためて打ち合わせましょう。

今日はどうもありがとう。

mine-D:次も面白そうだね。それじゃ、ありがとう。

Go To Index

Copyright Reserved 2000 Silverboy / mine-D