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mine-D:さて、第3回目の対談を始めますか。今回のテーマは「ロックとコマーシャリズム」のような感じでよかったのかな。
Silverboy:うん、そうだね。
ロックというのはポップ・アートだから、大衆にどうアピールするかということがその表現の本質にもともと含まれている訳なんだけど、それはつまり「売れてなんぼ」ということでもあるよね。
ところが一方では、売れるか売れないかというのは音楽の本質とは関係がない、売れようが売れまいがいいものはいいんだ、という考え方もある。アーティストは売上のことなんか考えるべきじゃないんだ、とかさ。
この辺を踏まえて、ロックとコマーシャリズム、つまり、ロックは「売る」、「売れる」ということとどう関わるべきか、ということを考えたいというのが今回の趣旨なんだけど、どうかな。いや、どうかな、と言われても困ると思うけど(笑)。
mine-D:困るね、確かに(笑)。
そうだね、一方ではすごくいい音楽を何年も作り続けてるのにまったく売れないアーティストがいて、もう一方では浜○あ○みみたいなカスがバカ売れしている、という状況も…これはもう、ずっと昔からあるわけだよね。
そういう状況はロックに限らずどの分野でもあるだろうけど、特にロックというのは「売る」「売れる」ということと「純粋な表現活動」とのせめぎ合いというか、その辺がすごくスリリング。そんな印象があるよね。
Silverboy:「カス」がね(笑)。じゃ、まず最初に、音楽の良し悪しと売れる売れないとの間には何らかの関係があるんだろうか。「いい音楽を作っていればいつか必ず売れる」とか、逆に「売れてる音楽なんてみんなクソだ」とか、いろんな言い方があるし、いろんな考え方が可能だと思うんだけど。
mine-D:うん。さっき言ったみたいな、いい音楽なのに売れてない、逆にクソなのに売れるっていう状況は、やっぱり受け手側の意識の問題が絡んでくると思うんだよね。
もちろん、クソであってもなんでも、その人にとって切実なら他人がどうこう言うようなことじゃないし、ひとつの物差しでもって色んな音楽を測れるわけじゃない。「なにがクソか」というのもむつかしい問題だしね。ただ、それでもあえて言わせてもらうならば、「カスが売れる」構造を支えてるのは、多くの、音楽に対して意識的ではない買い手だと思うんだよね、はっきりいって。
Silverboy:ただ、売れてる音楽がみんなカスかというとそうでもない訳だよね。あるいはモーニング娘。なんてある意味ではカスの最たるものだけど、あれはやはり「売れる」ということと音楽のクォリティの問題に自覚的に取り組んでるし、それはパフィなんかもそうだと思うんだ。つまり、「売れてるからいい音楽だ」という命題が成り立たないのと同じ意味で、「売れてないからいい音楽なんだ」とか「売れてないからこそ素晴らしい」なんていう言い方も無効なんだよね。
「売れる音楽/売れない音楽」、「いい音楽/カス」という二つの価値軸があるとした場合、その価値軸はどこでどんなふうに交わっているのか、あるいは交わっていないのか…。
mine-D:たとえば「売れる」ための要素としては、「いい音楽かどうか」以外にもルックスとか、宣伝の仕方とか、話題性とか、年齢とか、個性とか、タイミングとか、もう色々あると思うし、一口に音楽と言ってもそれはもう様々なジャンルがあるわけだから、なかなか「こうだ!」という具合には言い切れないと思うけど、ぼくらが聴いてるような「ロック」に限定して言った場合、わりと初期の段階では二つの価値軸が重なってると思うんだよね。ただ…これは想像なんだけど、どんどん売れていってある地点を過ぎてしまうと、あとはもう「売れてるから売れる」という状況になってきてしまうと。こうなるともう、その音楽がいいか悪いかなんてのは問題じゃなくなって、ただただ無批判に受容されるって図ができあがってしまうと思うんだ。
だから売れてる数の1割を意識的で審美眼のあるファン層が支えてるとしたら、あとの9割の実態は「何も考えずにCDを買ってるヤツ」なんじゃないか。そう考えると、売れること=そういうバカにCDを買ってもらうってことなのかな、と。そう考えると「なんなんだろう」って思うけどね。
Silverboy:なるほど、あるポイントを過ぎると「売れてるから売れる」というのはなかなか鋭い指摘かもしれないな。ただ、ロックンロールというのは所詮モンキービジネスだから、バカに売ってなんぼという部分もある訳で。ビートルズだってストーンズだって、U2だってREMだってオアシスだってバカに売ってこそスタジアムが満員になる訳だよね。
mine-D:確かに。でもさ、ロックがただのモンキービジネスなら、わざわざこうやって二人であれこれ論議したりしてないだろ?ロックが面白いのは、さっきSilverboyが言った「売れる/売れない」「いい/悪い」の二軸が複雑に交差しあうからなんじゃないかと思うんだよね。
ロックにとって「売れる」ってことの利点を考えてみると…確かに「売れる」ことの凄みってのがバンドなりアーティストの創造性にいい具合に影響するってこともあるだろうし、あるいは売れて金を儲けないと、自分の納得のいくCDなりクリップなりを作れないってこともあると思う。必ずしも悪い面ばかりではないよね。
Silverboy:うん。売れるというのは悪いことじゃないね、必ずしも。それに、僕が思うのは、例えば「売れる」ということをまったく無視して純粋に作った音楽、ま、そんなものがあり得るとしてだけど、そんなものが果たして面白いのか、あるいはロックという名に値するのか、と。それはファインアートであってもはやロックじゃないんじゃないかと思うんだよね。
mine-D:そうだね…。ただ、良質なロックの場合アーティストの「やむにやまれぬ」切実な表現として出てくることがあるよね?そうやって曲が産み落とされた瞬間に限って言えば、「売る」って意識が介在してくる余地ってのは、かなり少ないんじゃないかって思ったりするんだけど。まあ、表現者にもよるだろうけどね。
Silverboy:ふむふむ。確かにわき上がる表現衝動というものはあるはずだね。まあ、少なくとも「売る」ためだけに作られた音楽の大半がくだらないものだということはまず間違いのないところだと思う。その割り切り方が例外的な「突破」につながるような場合を除いてはね。
ただ、そうやってわき上がった衝動を、ロックというある意味保守的なフォーマットを借りながら、どうやって「聴くに値するもの」、「売るに値するもの」に仕上げて行くかというところにロックの醍醐味もあるんじゃないかな。
mine-D:そうだよねえ。空き地に転がったデカい石にサインして、「これが作品だ!これが表現だ!これがおれの言いたいことだ!」と叫ぶようなアートは別にして(笑)、ロックの場合はアーティストが意識している、していないに関わらず、「聴くに値するもの」「売るに値するもの」に仕上げようという意志が作用しているような気がするね。そういう力は、なんというか「ポップ」と呼ばれるような性質のものじゃないかって気がするけどね。
Silverboy:うんうん、ロックとポップというのも面白い話ではあるけどね、確かに。一方では「聴くに値する」、「売るに値する」というモメントを無視できないけど、それだけを考えて作られたものは確実にカスだ。そこが面白いとこなんだよねえ。
mine-D:そうそう。ロックも「商品」ではあるけれど、たとえば普通の工業製品なんかはマーケティングだとかの結果を見て、販売戦略を立てて、いかに「売れる」商品を作り出すか、という事だけを考えていればいいし、商品の価値ってのは「売れたか/売れなかったか」だけで測られると思うんだけど、ロックの場合それだけではダメなわけで。
Silverboy:そうだね。じゃ、ロックにとって、最も幸福な商業主義との関わり方というのはどんなもんなんだろうか。
mine-D:これは、さっき言った「売れる/売れない」「いい/悪い」の二軸が完全に一致した時だろうね。「クォリティの高い楽曲を作りながらバカ売れした」アーティストとなると、これはもう、なんといってもビートルズに言及しないわけにはいかないだろうけど。
Silverboy:そうだね、ビートルズは作品のクォリティと売り上げがマッチした幸福な例かもしれないね。
ただ、ここで見逃せないのが、ビートルズは売るための努力をかなり一所懸命やっていたという事実なんだ。例えば初期のアレンジ、今聞いてもこれ以上ないってくらいキャッチーなポップ・ソングの数々は商業プロデューサーであるジョージ・マーチンの才覚に負うところが大きいし、それ以外にも例えば映画に出たりテレビに出たり、ほとんどアイドル並みの「営業」をこなしてる訳だよね。決して「孤高のアーティスト」なんかじゃなかった訳だ。
中期から後期にかけても、質の高い作品を作る傍らで、「マジカル・ミステリー・ツアー」みたいな企画ものや「イエロー・サブマリン」もあり、ルーフ・トップもあって、ま、あれは売るためにやったんじゃないかもしれないけど、ビートルズというのは「売ること」にもすごく積極的にコミットし続けたバンドだと思う訳。
もちろん、彼らの場合は、それに売るべきものとしての実体がきちんと伴っていたところが幸福だったところなんだろうけどね。
mine-D:…おれ思うんだけどさ、彼らがそういう「営業活動」的なことを全然やらなかったら、あれほど魅力的なグループじゃなかったような気がするんだよね。もちろん純粋な創作活動を続けていただけだったとしても、すごいバンドだったことに変わりないし、当然金銭的にも企画物をやる必要は全然なかったんだろうけど、ああいう事をやって「ポップ」な存在でもい続けたからこそ、ビートルズはとてつもなく魅力的なバンドであり得たように思うんだ。
Silverboy:そう。だから、僕にとってはロック表現と商業主義を、まあ、いわば対置して、商業主義をあたかもロックの敵であるかのように言い募る言い方には賛成できないし、そういう構造の下で主張されがちなロック表現の「純粋性」というか「純粋なロック」って何ですか、という気がする訳。というよりそんなもの、純粋なロックなんてものがそもそもあるのかな、という。
mine-D:うーん、心情的には「純粋なロック」に期待したい気持ちがあるし、ロックの中にそういった純粋性がまったくなかったら聴かないと思うんだ。ただ、ロックってのは本来的に商業主義的な「商品」でもある、という所はきっちり押さえておかないといけないと思うし、今Silverboyが言ったような、思いっきり商業主義のメソッドに乗っかっていながら商業主義なんて知りませんとでもいいたげな顔をしてる「ロック」に対しては、はっきりその点を指摘してやりたいと思うね。それは、こうしてWeb上で表現しているぼくらの仕事なんじゃないかと思ったりもするけど。
Silverboy:確かに、商業主義に乗せられてるバンドほど商業主義に対してイノセントなふりをしようとするような傾向はあるかもしれないね。僕の見たところ、まともなバンドほど実際のところ商業主義というか「売れる」ということに対してとても自覚的に取り組んでるよね。例えばナップスターの問題だって、肯定するにせよ、否定するにせよ、きちんと態度を明らかにしてコミットしているのはそれなりにまともなバンドばっかりだし、ライブ・アルバムを何十枚もリリースしちゃったパール・ジャムとか。要はロックというものは本質的に商業主義と不可分なんだから、いいにせよ悪いにせよ、その関わりは自分でしっかりコントロールしなくちゃならないという自覚があるような気がするんだよね、彼らの場合。
mine-D:なるほどね…。前に佐野元春がなにかのインタヴューで、彼がWebに積極的にコミットしてる理由について「今はレコード会社所属の1アーティストだけど、将来はレコード会社との関係もどうなるか分からない。その時のために受け手と直につながるための『チャンネル』を確立したかった」という旨の発言をしてたじゃない。ああいう考え方も、純粋な「表現者」としての立場とはまた別に、自らの楽曲を商品として取り扱うような…なんというかビジネスマン的な意識が確実にあるわけじゃない。そういうことかな?
Silverboy:そうだな、どんなに深刻な顔をして精神の危機を歌っても、結局それはパッケージされて商品になる訳で、カネを取って売るというモメントがポップ・ミュージックでは不可避的に入り込まざるを得ないんだよね。そうであればアーティストもそれに対して「知らん顔」をすることはむしろ「不誠実」な気がするんだよ。
mine-D:なるほど。「不誠実」ね。前にも言ったと思うんだけど、「こんなのはモンキービジネスだ。見に来るヤツはアホだ」と言いつつ再結成ライヴをやるジョン・ライドンは、すごく「誠実」だと思うんだよね、対照的に。またパンクの話になってきましたが(笑)。
Silverboy:
モンキービジネスから自由なロックなんて語義矛盾臭いからね、確かに。一般論は好きじゃないけど、そこに実際に存在するものに気づかないのは怠慢だし、気づかないふりをするのは不誠実だ、というのが僕の基本的な考えなんだよね。そういう意味じゃジョン・ライドンは疑いもなく正しいし、そういう構造を逆にパンクの本質に引きつけているところがエラい。
mine-D:
「ロックとコマーシャリズム」というテーマからちょっと踏み込んで…これは普段から感じる事の多い、いわゆる「ロック雑誌」というメディアについても論じてみたいんだけど…。
というか、まあ…いちゃもんつけたいんだけど(笑)。
Silverboy:
ロック雑誌も商業主義とは切っても切れないからね。
mine-D:
一時ロックに心底入れ込んでた時期は、もう、この手のロック雑誌を、それこそ隅から隅まで読んでたし、書き手の意見も、そのまま受容してたように思うんだ。
でも、今はもうそういった雑誌も買わなくなって、かなり距離を置いた立場で見てると、若いときは見えてなかったウソ臭さ、いいかげんさというものが目についてしょうがない、と感じるようになってきたんだよね。…言ってみれば、ロック雑誌も「『商業主義』なんて関係ない」って態度を取りたがるメディアだよね、典型的に。
Silverboy:
だって音楽雑誌ってメーカーの広告でもってるんだもんな。大物のインタビューやらせる代わりに新人にも見開きよこせとかさ。無縁ではあり得ないよね。
mine-D:
おれたちがやってるようなロックサイトなら、それこそ好きなことを好きなだけかけるんだけど、そういう背景があると、そういう雑誌に書いてる人って、絶対に「書きたい事をそのまま書く」ってワケにはいかないよね。
結果、どうにもつまらない文章…やたらほめまくるだけの提灯記事やら、煽り記事やら…ばかりになってしまっている気がする。
Silverboy:
確かに新譜情報とかインタビューとか、情報として価値のあるものはないではないけど、批評、評論として読む価値のあるものは少ないね。まあ、「クロスビート」なんかは初めから「情報」を買う気で読んでるんだけどね。
そういう意味で読み方の難しいのはむしろ「ロッキング・オン」かもしれない。
mine-D:
ふむ。ロックサイトをやっていて、色んな人とコミュニケートしてるとさ、ちょっと偉そうなんだけど、ああいうメジャーな雑誌メディアへの、対抗心なんかも感じちゃったりしてるワケなのよ。情報って話だと、むしろネットの方が迅速かつ「生の」情報が得られるっていう点で、アドヴァンテイジがあるような気もするんだよね。ああいう雑誌の強みって、けっきょく、輸入インタヴューと写真だけ…って気がしないでもない。それがなくてもみんな買うのか?みたいな、さ。
「ロッキング・オン」は…その成り立ちとか、独特のロック世界観なんかが特徴的だと思うんだけど、たとえ創刊時は、ある種イノセントで、熱情的な「意志」のみによって成立していたんだとしても、今やコマーシャリズムの大きなシステムの中にどっぷり浸かり込んでる状態だよね。もちろん、鋭い批評がしっかり載ってる事も多いし、単に「お金儲け」だけの雑誌でないことは明白なんだけど、それでも「ロック経済システム」の一部であることは間違いない、と。おれが思うには、そういう自分たちの立ち位置を客観的に見て、批評的にとらえる視点があってもいいんじゃないか、と思うんだよね。ことに「ロッキング・オン」には、期待したい。「クロス・ビート」には、最初から期待する事自体ムリだろうけど(笑)。
Silverboy:
まあ、心あるロックファンは、そういう雑誌の限界みたいなものも一応理解した上でつきあっていると思うので、それはそれでいいんだけど。
「ロッキング・オン」は僕は結構好きなんだけど、そこら辺の、自分自身の場所を対象化して見るというモメントは確かにもうちょっとあってもいいような気がする。「純粋ロック批評」だけに依拠してる訳じゃないし、コマーシャリズムとのつきあい方という意味でも自覚的ではあると思うけど、確かにmine-Dの言うとおり、それが雑誌づくりそのものの批評性とどうリンクするのかは明らかに示されてはないという気がするね。
mine-D:
Webのロックサイトという、コマーシャリズムとはまったく無縁の地平から批評を行うメディアに日々触れていると(って、自分自身がそうなんだけど)、旧来雑誌メディアの、そういう「曖昧さ」がことさら際だって来ているように感じるんだよね。
まあ、まだ圧倒的にWebの方が規模が小さいし、質的な問題もあるんだけどね。あと、あくまで「片手間」だしね。でも、雑誌メディアで文章書いてる人って、うちらみたいな「ロック評論サイト」の事、どう思ってるんだろうね?実際のところ。一度意見を聞いてみたい気もするけど。
Silverboy:
ただ僕が思うのは、僕たちがやっていることは、無料だからこその気楽さというか、自由さはあると思うんだよね。それがいいときにはしがらみのない鋭い批評になるんだけど、ひとつ間違えると無責任にもなる。まあ、その無責任さも大切なんだけど。
一方でカネを取って売っている雑誌には、少なくともそれに見合う内容を提供する責任があるし、逆にそれができなければ読者にそっぽを向かれてつぶれるリスクもある、そういう意味での緊張感みたいなものはあるよね。
個人サイトなら適当なことを書いても急にヤめても趣味でやってんだからオレの勝手じゃと開き直る余地があるけど、商業誌にはそういう逃げが許されないということ。雑誌の読者は要望を出す権利があるけど、サイトで得た情報を信じるかどうかは個人の判断であり責任。そういう部分で商業誌とウェブはかなり性質が違うし、だから同じ土俵で競争してる訳じゃなくて、別のものって感じじゃないかな。カネが介在するからこその責任とでもいうかさ。
mine-D:
なるほどね。なにしろ読者は金払って買ってるんだしね…。
でもさ…こないだ、レコード屋で「ミュージック・マガジン」をたまたま見てびっくりしたんだけど、おれが読んでた時には版型も小さくて、すげー辛口の批評を載せる雑誌だったのに、いまやでっかいアーティスト写真をバンバン載せて…っていう、まるっきり「ロッキング・オン」や「クロス・ビート」と同じような本になってるんだよね。そういうのを見ていると、けっきょくどこまでいっても「売り上げ至上主義」からは自由になれない…どの雑誌も「ロック界の『明星』」みたいにならざるを得ない状況に対して、作り手自身がどう感じているかっていう、本音を聞きたいって思ったんだよね。「おれがホントに書きたいと思ってるのは、こんな事じゃないんだー!」みたいなのはないのか、とかね(笑)。
これはさっき出た「売れる/売れない」「いい/悪い」の話ともつながってくると思うんだけど、雑誌メディア…これはロックだけに限らずね…にしても、「質のいいもの」と「売れるもの」との兼ね合いをどうとっていくかってのは、すごく難しい問題なんだろうな、と。せっかくいい雑誌を作っても売れなきゃ休刊、廃刊って事になっちゃうワケだし。
Silverboy:
そこんところは僕は結構楽観的に考えてるんだよね。本当のビッグ・ビジネス、モンキー・ビジネスになるとどうか分からないけど、いいものをきちんと作った上で、それをきちんとマーケティングして「売る」ということは絶対できるはずなんだと。
だから僕は「売れる/売れない」と「いい/悪い」はトレード・オフじゃなくてむしろ一定の正の相関にあるんじゃないかと思う訳だよ。まあ、もちろんそこにはいくつかの前提とか条件みたいなものがあって、いいものがオートマチックに売れるとは絶対思わないけど。そこには「売る」努力みたいなものは必要。でも、「売る」努力が正当になされれば「いい」ものほど「売れる」はずだとは思う。
mine-D:
そうかぁ。あるいはその辺が、おれとSilverboyの考え方の相違点なのかもしれないね。おれの場合、どうしてもペシミスティックになってしまうというか、悪いところばかりが目についちゃうからなぁ。
でもまあ、ある程度限定された範囲ではあっても、「いい」ものが「売れて」くれなきゃ、やってられるか、この野郎!って叫びたくもなるもんね。
Silverboy:
そう。まあ、確かに僕はこの点ちょっと楽観的に過ぎるのかもしれないけど。
mine-D:
や、だけど、おれだってかなりオプティミスティックだと言えなくもないし、人間って楽観的でいられるからこそ、色んなものを創造したり、建設的なものの考え方をしたりできるんだろうし。ペシミストだらけの世の中なんてイヤだし。
Silverboy:
そりゃまあそうだけどね。
結局、僕が思うのは、売るための労力をかけてもらえない「いいもの」とガンガン宣伝している「くだらないもの」とでは、「くだらないもの」の方が売れちゃうかもしれない。だけど、「いいもの」と「くだらないもの」の両方を同じようにプロモートすれば、必ず「いいもの」の方が売れるはずだと。だから、「いいもの」であればこそ売るための努力はきちんとするべきだし、そのためにはどうすればいいかということに自覚的であるべきだ、ということかな。
mine-D:
なるほど。まとまったね。
ところで、今回はいつもの「吉例」、やる?一応今回は思いついたんだけど…。
Silverboy:
今回のお勧めというのはどういう基準で選ぶのかな。「売れたけど中身もいい1枚」みたいな?
mine-D:
や、ごめん、ちょっと反則なんだけど、ひとつのバンドの、2枚のアルバムを比較して、「売れること」と「いいものを作る」事の関係性について考えてみたいな、と。じゃ、先やっちゃっていいかな?
1枚目は云わずと知れたニルヴァーナの「Nevermind」ね。爆発的に売れた事はみなさんご存知の通り。おれもよく聴いたし、気に入ってる1枚。 ニルヴァーナに関してはインディーズ時代の「Bleach」も聴いたんだけど、それ以外は聴いてなかった。だから、おれにとってニルヴァーナ=Nevermindだったんだよね、ほとんど。
ところが、ある人からその後に出た「In Utero」ってアルバムの方がいいと思うんだけど…って意見を聞いて、試しに借りてきて聴いてみたのよ。そしたらこれがもう、すごい出来なの。スティーヴ・アルビニっていう、ずっとアングラ畑でやってた人がプロデュースしてるんだけど、音のキレ、狂気の表現の仕方、ついでにユーモア感覚までが絶妙なバランスでまとめられている。これ聴いてNevermind聴くと、あのサウンドでさえお子様向けにさえ思えてくる…。いや、もちろんNevermind自体はいい作品だと思うんだけど、メンバーが本当にやりたかった音は、このIn Uteroでの音だったと思うんだ。
売り上げとしては当然Nevermindの方がすごいんだろうけど、二番煎じを避け、あえて自分たちの作りたい音にこだわって作ったIn Uteroこそが、ニルヴァーナの本当の意味での「代表作」だと思うんだよね。もちろん、音的に好みはあるだろうけど、少なくともこの2枚はセットで聴いた方がいいと思う。
Silverboy:
ふむ。じゃ、僕はトラヴィスのデビューアルバム「GOOD FEELING」とセカンド「The Man Who」かな。デビューアルバムは確かにUKのギターバンドとして元気のいいところを見せてて悪くないんだけど、まあ、これだけを聴いてればこのバンドがそれほどビッグになるとは思わないね。まあ、よさそうな新人が出てきた、くらいの印象しかないと思うし、実際セールス的にもパッとしなかった訳だよね。
ところがセカンドを聴くと明らかに一つ一つの曲のテンションが違います、これは。いったいこの間に何があったんだと思っちゃうくらい作品の完成度が違う。で、このアルバムは音楽的に高い評価を受け、しかもUKではバカ売れしたんだよね。有り体に言えば、バンドが成長を遂げ、レベルの高い作品を作ったことをメーカーもプレスもリスナーもきちんと理解してそれが商業的な成功にもきちんと結びついた、と。
そういう中身とセールスの順接的関係もあるんだということだね。
ま、僕がトラヴィスのファーストの存在を知ったのはついこないだだから偉そうなことを言うと怒られちゃいそうだけどね。
mine-D:
トラヴィスね。うちのサイトの企画(「Dr.K's UK Rock Clinic」)でも取り上げたんだよね。 Dr.Kは、あえてファーストを紹介してたんだけど、セカンドも聴いてみようかな。まだ聴いてないんで…。あ、あとついでに言うと「In Utero」についてサジェストしてくれたのもDr.K なんだけどね。
うーん、けっこうしゃべったね。今回もなかなか濃い内容の話ができたんじゃないかな?
Silverboy:
いやあ、面白かったね。対談だと常に自分の考え方を相対化しながら進めて行けるのがいいね。
mine-D:
うん。自分一人で文章書くのとは明らかに違うよね。いつも思うんだけど、この対談って将棋指すのに似ているような気がするんだよね。「うーん…そう来たか。ならば…」とか「おっと、そんなところから攻めてくるとは…」なんて感じで(笑)。まあ、実際この対談を進めてる現場を見てもらうと、おれの言ってる意味をさらに分かってもらえると思うんだけど:-p。
Silverboy:
確かに、思い通りに展開しないところが面白い。
ともかく、今回も面白い話ができたと思う。また次やりましょう。や、どうもありがとう。
mine-D:
こちらこそ、ありがとう。じゃ、また次回ね。お疲れー。
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